【主な登場人物】
わし 幼なじみ一同その他
【事の成り行き】
からだ全体を使って気持ちを伝えるボディ・ランゲージとか、目で気持ち
を伝えるアイ・コンタクトなど、これは人に限らず動物すべて自己表現、意
思伝達の手段として用います。犬や猫が喜んでるか怒ってるかぐらい分かり
ますよね皆さん。
喜怒哀楽ほどのことなら目で語ることも可能でしょうけど、複雑な人間社
会のなかで人が人に正確に心の状況を伝えるには、普通言葉のやりとりで対
話します。その言葉には話し言葉と書き言葉があり、話し言葉のやりとりは
会話、対談。書き言葉のやりとりは書簡とか、ネット掲示板への書き込みと
かになります。
この言葉というもの、何気に双方意思が通じて理解できているようでいて
案外と落とし穴ぼこがたくさんあります「あなたっていいひとね」が「良い
ひと」なのか「どうでもいいひと」なのか……、のたとえを持ち出すまでも
なく、言葉の真の意味を定義するには裏の裏のまた裏を推量しなければなら
ない苦労がともなうのです。
いわゆる「空気を読む」という技術を身につけなければ、人が話す本当の
言葉は理解できないってことでしょうか。うまく読めればよろしいのですが
読めなかったときには言葉の行き違いが生じます。シリアスな場面での行き
違いは人の血圧を上げ、へたをすれば流血の事件へと発展するかもしれませ
ん。
言葉を発し理解してもらうということはむつかしいものです。落語のなか
にそのむつかしい言葉のやりとりを聞き、それを手本に空気を読む勉強でも
しましょう。といって本気になって落語を勉強する人はやっぱり空気が読め
てないのかも(2003/07/20)。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
え〜、例によってしばらくのあいだお付き合いを願うのでございます。
もぉ若い者が何でございますね、七、八人も寄りますといぅと、ワァワァ
よも山の話というよぉなところぉでございまして……
■何じゃで、珍しぃことやないかいな●何がいな？■「何がいな」てせやな
いかいな、友達どぉしがやで二人三人と寄ることはあっても、こぉして今日
は小(ち)さい時分に遊んだ友達仲間がみな全員揃て寄るやなんて、珍しぃこ
とやないか●珍しぃことかなぁ？■「珍しぃことかなぁ」てせやないか……、
おいおい辰っつぁんに米やん、そっちで勝手にものしゃべりないな、こっち
の言ぅこと聞きぃな、どんならんでホンマにざわざわと。
■ほいでまぁ何じゃい、こぉしてみな一人残らず揃ろたのをひとつの何とし
てやで、何ぞこぉ、したいと思うねんけれどもなぁ●はぁはぁ「何ぞしたい
と思う」といぅことはどぉいぅことですか？■「どぉいぅことですか」て、
何ぞこぉピャッとね、何ぞしたいなぁっとね、せっかく寄ったんやさかいね。
●はぁ、みなの銅像を立てるとか■いや、あのね、何もそないたいそぉなこ
とせぇでもえぇねん●みなが女の格好(かっこ)してそこら歩くとか■いや、
そんなことせぇでもえぇねん。どっちみち若いもんのこっちゃ、我々のこっ
ちゃさかい、一杯呑もかといぅよぉなことになるとは思うねんけれどもやで、
ただただ呑んでもオモロないやないか、そぉやろ。
■また「俺が出したんや、俺がおごったんや」では友達仲間として傷ついた
りつかれたりするよって、そら面白ないよってね俺はちょっとこぉ考えてる
ねん。趣向で何でもかめへん……、ちょっと待ちぃな米やんに辰っつぁん、
そっちで話せんとこっちの話聞きっちゅうねん、俺が話してんねよって。
■ほんで何じゃで、何なと趣向でひと品ずつみなが持ち寄ってやで、それを
肴に一杯呑むっちゅうことになったらやで「あいつがこんなもん持って来よっ
たんやで」ちゅなことで、酒の肴をまた肴に一杯呑むちゅうことになるよっ
て、こんなこと面白いと思うねんけど、どぉ思うな？
●なるほど、そら良かろぉ■あっそぉか、お前は？▲あのぉ賛成です■賛成
か、そっちは？★同意ですね■同意ねぇ、おいおい辰っつぁんに米やん話せ
んと聞きぃな、何してんねんお前ら、指相撲して遊びなっちゅうねん。どん
ならんこっちゃで、ホンマにもぉ。ひとの話聞ぃたんか？ 分かったんか？
よっしゃ、ほんならそんなことで何でもかめへん趣向でひと品ずつ段取りし
て、それ持ち寄って今日は一杯呑むと、そんなことにしょ〜。
■ちょっと待ったまった、米やんヨネやん●何やねん？■お前だけちょっと
こっちにおってもぉて、わいひとりでは心細いよって。みなが持って来るも
ん段取りつけるっちゅうことで、こっち残っといてもらいたいねん。ほなひ
とつみな頼むで。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
■今日は何じゃオモロイやないか、みなどんなもん持って来るかと思て楽し
みやないか●さぁさ楽しみやけれどもねぇ、よぉお前こんなこと考えたねぇ
■「考えたねぇ」たかて、別にどぉっちゅうことないけども、寄合酒といぅ
こと、持ち寄りで呑もといぅこと、持ち寄り散財ちゅうことはちょいちょい
昔からあるこっちゃ●あることかい？■あることでもオモロイ、みなどんな
もん持って来るかと思て、おら楽しみにしてんねんで。
■あッ来よった来よった、のっけから来よったやないか……。どぉしたんや？
◆おい酒、これ一升二、三合あると思うねん、これちょっとそっち何しとい
て■おっ何じゃい、酒持って来てくれたんかい嬉しぃやないか。
■酒だけはみなに何してなかったんで、うちにまぁ一升五合(ごんごぉ)ほど
あんので七、八人ならあと一升やそこら俺が何とか段取りつけないかんなぁ
と思てたんやけれども、お前が酒段取りしてくれるとはまことにありがたい
こっちゃ。
■それは結構やけれど、何やこれ、何で酒をば桶に入れてこんならんねん？
何じゃいこれ、桶酒て何やねんこれ、どぉいぅことなったぁんねん？◆そや
ねん、桶に入れてこないかんといぅことがあんねん■何で？
◆「何で」たかて、おらいま家帰ってね、ほんで何ぞ趣向せないかんなぁ思
て縁の下見たら、昔の一升徳利、タヌキがぶら下げてるよぉな一升徳利があっ
たんで綺麗ぇに洗ろてね、何ぞ趣向せないかんわい思て底をコンコンと金槌
で穴開けて、ほんでこの桶ん中へコポッと入れて、角の酒屋へ行ってん。
■角の酒屋て伊丹屋かい？◆伊丹屋伊丹屋、向こぉのオッサンちょっと目ぇ
近いやろ「オッサンちょっと酒計ってんか、一升ほど」ちゅうたら「おぉ何
じゃいな、一升徳利やなんてえらい珍しぃもんおましたなぁ」ちゅうて「こっ
ちかしなはれ」言ぅて樽の下持って行ってジョ〜ゴあてごぉてキュッと呑み
口何しよって、酒トットットット……
◆「おいオッサン、計らいでもえぇのんか？」「何言ぅてなはんねんアホら
しもない、そんなシミッタレたこと言ぃなはんな。一升徳利には一升しか入
りまへんわい」言ぅて計りもせんとトットットット……、いまも言ぅたよぉ
に徳利の下、穴開けたぁるやないか、徳利通過して酒は下の桶のほぉへ桶の
ほぉへまわるやないか。
◆えらいもんやねぇ、ものの一升一合、二合も入ったかなぁと思う頃、やっ
ぱり一升超えたところで商売屋は商売屋、ピンと来るんやねぇ「おぉ？ こ
の一升徳利えらいぎょ〜さん入りまんなぁ」言ぅてね、バレたらいかん思て
「あぁオッサン、もぉ結構けっこぉ」キュキュッと口何して「おっきありが
とぉ」言ぅて。
◆「そぉそぉ、米屋へさして用事があんねん」言ぅてね「帰りにまた寄って
これもぉて銭もまた払うよって、とりあえずこの徳利預かっといてくれるか」
言ぅて、空の徳利ソ〜ッと上げて向こぉへ預けてやで、酒の入った桶こぉし
て持って来たよぉなこっちゃけど、みなで呑もか？
■えらいことしてきよったなぁ、米やんちょっと聞ぃた●聞ぃた聞ぃた、え
らいことしてきよった■えらいことしてきよった。徳利ジョ〜ゴにして酒一
升計ってきよったんや、オモロイやっちゃないかい。こぉいぅ趣向がオモロ
イやないかい。米やん、そっち何しとき……。次、ほぉらまた嬉しそぉな顔
して入って来よった。何やおい？
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
▲ちょっとこの鯛一枚あんねん、そっちやっといてんか！ 鯛一枚そっちやっ
といてんか、鯛一枚そっちやっといてんか！■大きな声出さいでもえぇやな
いか、大きな声……、おっ嬉しぃやないかい。酒のあとへさして、鯛が来る
やみな嬉しぃやないかい。どぉしたんや、どぉいぅことになったぁんねん？
▲どやこれ、どやこれ！■大きな声出さいでもえぇねん、お前の声の大きぃ
のんは分かったぁんねん、どしたんや？▲どやこれ、いま何じゃい、おら何
なと段取りせないかんわい、思て帰りかけて辻曲がりかけたら、そこの辻さ
して魚屋の魚喜が飯台(はんだい)降ろして荷ぃ降ろして料理しとんねん、一
生懸命商売しとんねん。飯台の中見たらこのテ〜が一枚あったんや■え？
▲テ〜が一枚■「テ〜が一枚」はおかしぃが▲テ〜が、鯛がね、わたしゃ鯛
でございますちゅな顔して■当たり前やないか、鯛が鯛でございますてな顔
せな、鯛が鰯でございますてな顔でけへん▲でけへんけれども、鯛でござい
ますてな顔してこいつ、顔覗かしとんねん飯台のところから。
▲みなが一杯呑もちゅうとんのに、こんな鯛が一枚あったらいかほどありが
たいことかいなぁ思て、おら何とか手に入らんかいなぁ思て胸算段してたら
やで、俺の胸算段も何も知らんとやで、あの横町(よこまち)の金もん屋の赤
犬や、横手からピャ〜ッと出て来よって、この鯛くわえてピャ〜ッと走りよっ
てん。
▲「何をすんねん」ちゅうやっちゃ、俺の胸算段どぉしてくれるねんちゅう
てね、ほんであと付けて行ったったら路地(ろぉじ)入りよって。向こぉ行き
止まりになって抜けることでけへんねん。えらいもんやねぇ、犬でもやっぱ
り悪いことしたとは少しぐらい思てるらしぃねぇ。
▲向こぉへ抜けよと思て抜けられへんもんやよって、クルッとこっち見よっ
て、わいの顔見てうらめしそぉ〜な顔して、すまなさそぉ〜な顔して「悪い
ことしちゃったなぁ」ちゅな顔して、ジィ〜ッとこぉして見よって……
▲「ははぁん弱気になっとるなぁ」おら思たんでね、履いてた下駄脱いで、
あの赤犬の頭コンといたってん。コンといたったら、この赤犬がまた洒落た
犬やで「クワン」っちゅうてね「クワン」ちゅうてこの鯛放しよったんでね、
それでまぁこぉして持って来たよぉなこっちゃねんけど。
▲金もん屋の赤犬が「食わん」ちゅうた鯛みなで食おかいなぁ……■ちょっ
と米やん聞ぃた？ 無茶してきよった、犬の上前はねてきよる、どんならん
やないかホンマにもぉ。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
★うぉ〜〜ぃ、このボォララですけどね、そっちちょっとやっといてもらい
まひょか■え？★ボォララれすけろ、そっちちょっとやっといてもらいまひょ
か■ちょっと聞ぃた？「ボォララ」や言ぅとる、もぉちょっとハキハキもの
言え、ボォダラや立派なボォダラや、どぉしてん？★このボォララれすけろ
ね■「ボォララ」やない「ボォダラ」★ボォララれすけろね■ボォダラ★ボォ
ララ……、ゆえた■ゆえてへんやないか……、ボォダラどぉしてん？
★家帰る道にね、向こぉの乾物屋の表通ったら親っさん、新聞好きの親っさ
んで新聞一生懸命読んどぉねん。ほんでひょっと前見たら、このボォララが
ミルに……■ハキハキもの言え「ボォララがミルに」て何のこっちゃ？★ボォ
ララがミルに漬けたぁったんでね、大っきそぉなやつ先、ちょっとこっちの
肩へ担いでね、少ぉし小ぶりなやつこっちの手ぇでこぉ持ってね……
★「親っさん、これ何ぼですかいな？」言ぅて聞ぃたったん。ほたら、あの
親っさん不精なずぼらな横着な親っさんや、新聞から目ぇも上げもせんとね
「そこに書いたぁるでしょ」言ぃよったんで「あぁなるほど、この値ぇかい
な」言ぅてね「ハハぁン、こらいかんわい。この値ぇでこんな小さいボォラ
ラちゅな、こらいかんわい。これとおんなじ値ぇで向こぉの店ではこんな大
きなボォララがあったよ」言ぅて……
★「おんなじ値ぇでこんな大きさが違うねんやったら、もぉいっぺん向こぉ
行って買ぉて来たほぉがよかろかなぁ」言ぅてね、小さいほぉ置いて大きぃ
ほぉ担げて帰って来てん、ボォララ■何を言ぅとんねん、舌も回らんのにボォ
ダラ一本担げて来よった無茶しよるで。
◆おい、このねあのね何やで数の子ね、これちょっと二、三合あると思うね
んけど、これちょっと取っといてんか■こらまた数の子やなんか洒落たぁる
やないか、どぉしたんや？◆「どぉした」言ぅことないんやけどね、いま何
じゃい、この男が乾物屋でボォララうまいことやっとぉるやろ、うまいこと
やりよったなぁ、わいも何ぞせなあかんなぁ思て。
■べつにせぇでもえぇやないかい◆せぇでもえぇねんけどね、ちょ〜ど風呂
敷持ってたんや、おらどこ行くにも風呂敷持ってんねんけどね、ちょ〜ど風
呂敷持ってたんで、数の子山のよぉに積み上げたぁる上にピャ〜ッと風呂敷
広げてね「親っさん、えらいすまんけどここへ小豆一升ほど計ってもらいた
いなぁ」言ぅたらね、親っさん「何言ぅてなはんねん、あんた慌てもんだん
なぁ。うち乾物屋でっせ、乾物屋に小豆やみなおますかいな」言ぅてね。
◆「おぉすまんすまん、おら二、三日前からお通じがのぉて、頭モヤモヤッ
としてんねん、こらうかっとしてるわい、そんなもん乾物屋行って小豆くれ
てな、そんなこと言ぅたらいかんわい」言ぅて「ごめん、ごめん」言ぅて、
頭コンコンコンコンと自分でとりあえず叩くよぉな真似してね。
◆「すまんすまん、また何ぞ今度もらうわいな」言ぅて、ほんで風呂敷グ〜ッ
と掴んだら、不思議やねぇ、数の子が付いて来たけどねぇ■付いて来るかい
な、掴んで来よったんや。無茶したらどんならんで。
▲おい、ちょっとね、誰も後ろから追いかけてけぇへんか？■おぉ、大胆な
ことすなお前、何したんや？▲ちょっと、この鰹節(かっつぉぶし)二本そっ
ちやっといてぇな誰も追いかけてけぇへんか？ 鰹節そっち……■こぉ〜ら
大きな鰹節二本も持って来たわ、どないしてん？
▲さぁこれやけどね、わいも何なと段取りせないかんわい思てね、わい広っ
ぱのとこまで行たんや、家帰る道にね。ほんだら子どもが隠れんぼしたり、
缶蹴りしたり、砂遊びしたり、土いじりしたり色々遊んどぉるねんね。わぁ
みな遊んどぉるなぁ思て見てたらね、鰹節(かつぶし)屋の子ぉだけがひとり
ボ〜ッと立っとんねん。
▲あいつだいたいよぉ知ってんねん、あいつもわいのこと知っててくれてん
ねんけどね。あいつだいたい泣き味噌やさかい人がなかなか遊んでくれへん
のでね、仲間はずれにされとんねん「ぼん、オッチャンと遊びまひょか、遊
んだげまひょか」言ぅたら「オッチャン、遊んどくなはれ」言ぅてね「何し
まひょ？ 鬼ごっこしたらどぉです、鬼ごっこどぉです」言ぅたったら「オッ
チャン、鬼ごっこ面白ぉございますねぇ」言ぃよんねん。
▲「よし、ほんだらオッチャン鬼なったげまっさかい、鬼には角要りまっさ
かいね、ボンボン帰って鰹節の大きそぉなやつ二本持っといなはれ」言ぅたっ
たんだ。ほんだら子ども無邪気なもんやねぇ「オッチャン、分かりました」
言ぅてね、家帰ってこの大ぉきな鰹節二本持って来よってね。
▲これをこぉ頭に当ててね「ボンボン、オッチャンの顔よぉ見なはれや。オッ
チャン鬼でっせ、鬼に角おまっしゃろ、恐ぉおまっしゃろ」言ぅて「ボンボ
ン噛もかぁ〜」言ぅたったら「オッチャン、恐い〜」言ぅとんねん。
▲「ボンボン噛もかぁ〜」言ぅたら「オッチャン、恐い〜」言ぅて。これ三
べん言ぅといて、しまいに大きな声で「ボンボン、噛もかぁ〜！」「オッチャ
ン恐い〜ッ！」慌てて逃げて帰りよってね。その間にそぉ〜ッと懐に入れて
持って来てんけど、みんなで噛もか？■アホ、子ども脅かしてきよった、無
茶しよったらどんならん。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
★うお〜い、ダイコンやらキュウリやらゴンボやらヤマノイモやらね、なん
やかんやぎょ〜さん荷車にいっぱいあんねんけどねぇ■どぉしたんや？★あ
のね、八百屋の前に落ちてたよってにね……■落ちたぁるかい、置いたぁん
ねやがな。無茶しよんでホンマにもぉ。まぁ何でもえぇ、そっち置いとき。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
■こんだけ何じゃかんじゃあったら面白かろ。えぇか、今日は女手がひとり
もおらん、無いねん。我々が何して我々が食ぅと、それも趣向オモロイやな
いかいな。いっぺん綺麗ぇにしょ〜か、いっぺんザァ〜っと掃こか、ザァ〜ッ
と掃き出して、ほんでみな寄って雑巾(ぞっきん)で綺麗ぇに拭き掃除してな、
天井裏上がってもらおか。
●え？■ほんで、表の溝バ〜ッと掃除してな、表ザ〜ッと掃いて、で畳上げ
て石灰撒いて●おい、大掃除するんか？■綺麗ぇにしたらえぇっちゅうこと
言ぅてるんやがな、適当にザッとやってんか……
■まぁこれだけありゃえぇわい、鯛は三枚に下ろして何したらえぇし、ヤマ
ノイモは何じゃおろしてトロロにして、鰹節(かつぶし)でダシ出しゃえぇし、
大根は炊いてもえぇしおろしにしてもえぇわい、ゴンボはササガキにしても
キンピラにしても……、数の子は塩でもんで、これだけあったら何なと……
■何？ 掃除できた？ ほな、ここにあるやつ、これならいけるっちゅうや
つみな持って行ってそれぞれ料理してもらいたい。おら一応見回ってるよっ
てに、分からんことがあったら俺に聞ぃてくれたらえぇよってに、みな持っ
て行き。
■おい、こぼしなこぼしな、落ちて砂付いたら洗いぃな汚いやないかいその
ままでわ。手んでに何してな、分からんことがあったらとりあえず俺に聞ぃ
てや、おらこぉしてあっちこっち見回ってるよってな。
●あのぉ、ちょっと聞きます■聞ぃてくれ、どぉしたんや？●わたしねぇ、
こぉして鯛の料理さしてもぉてるんです。わたしもね自分でいままでやった
ことないんですけど、魚屋がやってますのんちょいちょい見てますので、だ
いたい鯛の料理ならできますと思いますので、わたし鯛の料理やらしてもら
おと思いますので、よろしお頼の申します。
■あぁ、鯛の料理してくれたらえぇ●どぅゆぅよぉにさしてもろたらよろしぃ
です？■大丈夫かいなお前「だいたい見て分かってる」ちゅうたんと違うん
か？●詳しぃこと分からんです。だいたい、どぉさしてもろたらよろしぃで
す？■だいたい分かったぁるがな、三枚に下ろして片身は造り、片身は焼き
もんにして、骨はこなして汁にしたらえぇやないか。ほんで何じゃで、とり
あえずのとこ、まず鱗よぉふいといてや。
●どぅゆぅふぅにするんですか？■鱗、よぉふいといてちゅうねん。心地が
悪い残ってたら。鱗、綺麗ぇにふいといてや●鱗、拭くんですか？ 雑巾で
ゴシゴシと■お前大丈夫か？ 誰ぞ代わってもぉたほぉがえぇんとちゃうか。
雑巾で鱗拭くやつがあるかい、起こすねん起こすねん、鱗をば●あぁ、鱗を
起こすんですか？ ハキハキと言ぅてもらわなあかん……、え〜っ、鱗さん
起きなさい■誰れか代わったれこいつ。お前冗談ゆいなや、出刃でバリバリっ
と起こすねやないかい。
●あぁやっぱり■「やっぱり」やあるか人なぶっとんねんどんならん、しっ
かり頼むで、おら向こぉへ何してるよってに用事があったら呼んでんか、ど
んならんでホンマにもぉ。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
●ちょっと冗談も入れんことにはオモロないやないかい、こぉして男ばっか
りが何してんのに……。ベリバリボリバリ、ベリバリボリバリ、ベリバリボ
リバリ、ベリバリボリ（♪買い物ブギ）■何節付けてんねん？ お前●ベリ
バリボリバリ、ベリバリボリバリ、ベリバリボリバリ、バリバリバリ■ホン
マにやってるのんか？●やってる。ベリバリボリバリ、ベリバリボリバリ、
ベリバリボリバリ、ベリバリボリ……
●ちゃいッ！ 恐わぁ〜、ちゃいッ、あっち行けッ。あ、恐わぁ〜、金もん
屋の赤犬やなぁ……。ちょっと尋んねますけど■何やねんうるさい、どぉし
たんや？●いやあのね、金もん屋の赤犬が来て、わたしのほぉ向いてグゥグゥ
言ぅてるんですけど、わたしさっきチラッと聞ぃたんですけど、何やこの鯛
ねぇ、いわく因縁のある鯛やいぅこと聞ぃて、だいたいこの犬の鯛とちゃい
ますか？
■アホなこと言ぅてんねやない。追い追い追い、まず追い●ちゃいッ！ 恐
わぁ〜、ちゃいッ、ちゃいッ……、向こぉ行きませんけどねぇ■どんならん
なぁ、犬の一匹やそこら始末よぉせんて。そんなもん何じゃい、言ぅこと聞
かなんだらバ〜ンといけ●何ですか？■バ〜ンとくらわせちゅうてんねん、
そんな犬の一つや二つ。
●バ〜ンと食らわしますか？ どこ食らわしますか？■どこでもかめへん、
頭でも尻尾でも、バ〜ンといけ●尻尾ですか、尻尾ぐらいならえぇやろけど
（ポンッ……）ベリバリボリバリ、ベリバリボリバリ、ベリバリボリバリ、
ベリバリボリバリ……、犬てこんなん食ぅのん早いなぁ。恐わぁ〜まだグ〜ッ
ちゅうてますけどねぇ。
■くらわしたんかい？●食らわしました。尾をね■アホ、尾ぉみたいなもん
くらわしたかって、こたえるかいフラフラフラフラしてんのに。ドタマ(頭)
バ〜ンといけドタマ●ドタマ食らわしていぃですか？ もったいないと思う
ねぇ、目玉やみなうまいねんけどねぇ（ポンッ）それッ。
●ベリバリボリバリ、ベリバリボリバリ、ベリバリボリバリ、ベリバリボリ
バリ……、シッポよりか時間かかったけど、もぉ食いよった早いやっちゃ。
うぉ〜いッ■うるさいなぁお前わ、こっち用あるっちゅうてんねん、どやっ
ちゅうねん？●あのねぇ、まだ向こぉ行きませんけどね■くらわしたんか？
●尾ぉも頭も食らわしましたけどねぇ■こたえん犬やなぁ、しつこい犬や。
胴なか二つ三ついてまえ●胴なかもいくんですか？ （ポン、ポン、ポン）
ゆっくり食お思て向こぉくわえて行きよんねぇ、行儀のえぇ犬や……、どぉ
ぞごゆっくり。おい、犬向こぉ行たで■良かった、良かった、鯛、料理しぃ。
●鯛、そちらにありますか？■お前がいま料理してた鯛どぉしたんや？◆あ
れみな犬に食らわしましたけどねぇ、お前「尾ぉ食らわせ」言ぅんで尾ぉな
らえぇやろ思て尾ぉ食らわしたら「尾ぉなんかこたえるかいドタマ食らわせ」
ちゅうからドタマ食らわしたら「胴なか二つ三つバンバ〜ンといけ」バンバ〜
ンといて、もぉ綺麗ぇにおしまい、ばんざ〜〜い。
■誰ぞ代わったりぃな、どんならん……
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
■ちょっと待ちぃなそっち、最前から一生懸命カンテキ煽(あお)いでんねん
けど、まだ火ぃ熾(いこ)りまへんのんか？ 向こぉではもぉ火ぃ何して釜の
湯ぅドンドン沸いたぁるよぉなけど、こっちでまた焼きもんでもしょ〜思て
そぉしてカンテキあおいでんのん分かってますけども、まだ火ぃがいこりま
へんのんか？
◆そぉですねん、最前からわたいね一生懸命カンテキあおがしてもぉてまん
ねんけどね、なかなか火ぃといぅもんはいこらんもんですねぇ■あのねぇ言ぅ
ときますけどね、炭だけではあきまへんで、火が着きにくおまっせ。殻消(か
らけし)入れとかなあきまへんで。
◆わたしもそぉ思いまして殻消もたくさん入れたんですけどね、なかなか火
がいこらんですねぇ■新聞紙やみな下に何せんことには、殻消かてなかなか
いち時には着きまへんで◆そぉ思て新聞もちゃんと入れたんですけどね、な
かなか火ぃといぅもんはいこらんもんですねぇ。
■カンテキの口が向こぉ側向いてるのんとちゃいますか？◆カンテキの口も
ちゃんとこっち向いて、風をば正確に送り込んでんのんですけどね、なかな
か火がいこりませんねん■なぜいこらん？◆なぜいこらんのですけどね、な
かなか火ぃていこらんもんですねぇ。
■間違いないと思いますけど、火の種は入ってまっしゃろね？◆何ですか？
■火の種、向こぉからもろて来て入れましたやろねぇ？◆はぁ、そぉいぅも
のが要りますか？■よぅそんなアホなこと言ぅてまんなぁ……、あんたまた
そばに立ってずっと見てたのをわたし見てましたで、何とか言ぅてやったら
どぉですねん。
▲さぁそれでんねん、わたいもねぇ何か言おかいなぁと思いましてね、炭入
れはったん見てましてん。ほんで殻消入れはったんも見てましてん。新聞紙
も入れはったんでんねん……、どぉも火の種入れはったよぉにないんですけ
ど、一生懸命あおいではんのんおかしぃなぁ思てね。けどこの人ちょいちょ
い面白いことしてアッと言わせる人でしょ、今日もこれ火の種なしに火ぃい
こしてみなをアッと言わそといぅ……
■よぉそんな頼んないこと言ぅてなはんなぁ、あんじょ〜火の種もぉて来て
火ぃいこしなはれ。どんなりまへんでホンマにもぉ……、あの、ヤマノイモ
どぉなってます？★あれもぉ、ちゃんとしてますので、どぉぞご安心を。
■「ちゃんとしてます」て何です、どぉしてまんねん？★あんじょ〜してま
す、どぉぞご安心を。ヤマノイモはわたしにお任せを■「お任せ」よろしぃ
けど、トロロか何かに？★いえいえ、皮剥きまして薄ぅに切りましてね、ほ
んで何です、塩して上から重しかけてますので、もぉあんじょ〜なると思い
ます。
■ヤマノイモの漬けもんこしらえてんのんか……？ よぉそんな大胆なこと、
カブラか何かと間違ごぉとんねん、そんなもん食えるかいなヤマノイモの漬
けもん。食たことあるか？★べったらヤマノイモ■アホ、そんなもんあるか。
何がべったらヤマノイモや……。おい、プ〜ンと臭いやないかい、何焼いて
んねん、何？
■「数の子焼いてます」どこぞの世界に数の子焼く人あるか？ え、焼き数
の子？ そんなもんどこにあんねん。何、数の子だけと違います。ダイコン
も焼いてます？ ダイコン焼いてどぉすんねん……、キュウリも焼いてます？
焼きキュウリ、アホ。
■そんなもんどこにあんねん。けどナスビは焼きます？ アホ、ナスビとキュ
ウリと一緒になれへんやないか、どんならんでホンマにもぉ、これでは何も
かもが……
■ヤマノイモ、トロロがでけんので鰹のダシやみなもぉえぇで、鰹節やダシや
取らいでえぇで●ダシだけはもぉできてますんで、ダシだけできましたんでダ
シ■この人だけや間に合ぉてんのん。あんた間に合ぉたかてダシだけ吸ぅわけ
にいけへんねん。トロロにもでけへんしダイコン焼いてしもておツユもこしら
えられへんやないか。
■しかしまぁ、できたもんならできたもんで、また何なと工夫がありますわ
い。早いこと持っといなはれダシ。できたもんなら●ダシ持って来てますけ
ど、ダシ。どぉぞ使ことくなはれ、どぉぞダシです■これ？ こらダシがら
やダシがら●それ、ダシでしょ■いやいや、これダシがら。これをグラグラっ
といわした汁はどぉなりました？
●あんな湯ぅ、要るんですか？■「湯ぅ〜〜」あれがダシやないかい●あれ
ダシ？ そら言ぅといてもらわんといかんわ。鰹節二本かいてでっせ■二本
もかいた？ うちウドン屋すんねやあれへんがな●それ、グラグラっと沸か
して持って来たんですけど。あの湯ぅが要るなら要ると最初から……
■何が「最初から」や、どぉしたんや？●あないよぉ沸いた湯ぅ、ほかすの
んもったいないなぁ言ぅたらみな「よぉ沸いてまんなぁグラグラグラいぅて
まっせ」言ぅてね「こら放るのんもったいないで、とりあえずみな手ぇ洗い
まひょ」言ぅて、みな洗ろてタライにあけたら、そこへあの源さん来はって
「フンドシがちょっと汚れてるさかい漬けさしてんか」言ぅてフンドシ漬け
はって「ちょっとこないだから痔ぃで困ってんねん、お尻漬けさしてもらい
たい」ちゅうて、いま漬けはったとこです。
■トホホホ……、どこぞの世界にお前、鰹節のダシでフンドシ洗ろたり痔ぃ
温(ぬく)める人がおます◆どぉしても要るよぉでしたら、いま漬けたとこで
すから持って来ましょか？
【さげ】
おなじみの「寄合酒」といぅばかばかしぃお笑いでございました。
【プロパティ】
〜いな＝強調するための接尾語。
どんならん＝仕方がない。どうにもならない。しょうがない。どうしよう
もない。どうにもならぬ。ドウモナラヌ→ドモナラン→ドムナラン→
ドンナラン。
ホンマ＝本真と当てる。本当。真実。まこと。略してホンともいうが、こ
れはホン軽い意味の場合に用いる。
のっけ＝初め。最初。初手。江戸弁で言う、てんづけ、つっかけ。
桶＝米淅(か)し桶のこと：米を研ぐ桶。大阪では米を「研(と)ぐ」とはい
わず「淅(か)す」と言った。
伊丹屋酒店＝伊丹の鴻池村に山中新六が住みつき酒作りを始めた。濁り酒
を造っていたが1600(慶長５)年、双白澄酒(もろはくすみざけ＝清酒)
の醸造に成功、伊丹の酒の隆盛に繋がる。後に山中新六は鴻池村にち
なんで鴻池姓を名乗り、大坂に出て鴻池家の始祖となった。というこ
とから「伊丹屋」の屋号は酒屋の定番。
樽の呑み口＝注ぎ口と栓。材質はエゴノキで作られることが多い。樽酒を
注文するときには鏡開きするのか、呑み口を付けるか指定する。
アホらしもない＝アホらしいことが無い、のではなく「ない」は切ない、
せわしないなどと同様、甚だしい意。
シミッタレ＝意気地なし・ケチ。タレは糞タレなどと同類の軽蔑の意を含
んだ接尾語。しみたれ。
ぎょ〜さん＝たくさん・はなはだ・たいへん。大言海には「希有さに」の
転とある。「仰々しい」のギョウか？「よぉけ→よぉ〜さん」たくさ
ん、の訛りかも？
えらい＝偉い：たいへん。おおいに。ひどく。同じ意味で「いかい」とい
う言葉があるが、これは京言葉。「でっかい」は「どいかい」「どえ
らい」などからの派生らしい。
飯台(はんだい)＝１）寿司桶のようなスタイルの桶。２）ちゃぶ台、大勢
が並んで食事をする台。
何じゃかんじゃ＝何じゃ彼じゃ：何やかや。何たら彼たらも同じ。
こなす＝大きな物を砕いたりして細かくする。
鱗をふく＝『日葡辞書』の動詞フクの記述に「魚または鱗をふく＝魚の鱗
を落とす。上(上方)では鱗をふくと言う」がみられる。
なぶる＝さわる・いじる・もてあそぶ・おもちゃにする。さらに、からか
う・嘲弄する。
買い物ブギ＝昭和25年(1950年)笠置シズ子の唄った流行歌「わてホンマに
よぉ言わんわ」のリフレインで有名。服部良一作曲、村雨まさを（服
部良一）作詞。
ドタマ＝頭にドを付けて、罵言に用いる。『東海道中膝栗毛』に「ヤイ細
事(こまごと)ぬかすない。どたまに(煮)やしてこまそかい」
カンテキ＝七輪：土製のこんろ。ものを煮るのに炭の価が七厘ですむ、と
いう意によるという。七厘。コンロ。転じてよく怒る人のこともカン
テキという。
殻消(からけし)＝木っ端を燃やし、火のついたまま火消し壷の中に入れる
と、ちょうど柔らかい炭のようなものができる。新たに火をいこす時、
これをつかうと早くいこせる。
あんじょう＝うまい具合に。味よく→アジヨォ→アンジョ〜。
べったら＝「べったら漬け」の略。大根を薄塩と米麹で漬けたもの。浅漬
け。主に関東の食品。
〜へん＝否定を表わす助詞。イカヘン・イケヘンのヘンであって、イキワ
セヌ→イキワセン→イキャーセン→イカセン→イカヘン→イケヘンと
変化したもの。アレヘン・アラヘン・セェヘンなど。
いわす＝やる・やっつける。また、言わせる。
ほかす＝捨てる。放下す、であろうか？ ホルともいう。
田楽喰い＝この「寄合酒」のあとに「田楽喰い」が続く。
音源：桂枝雀 1985/01/15 枝雀寄席(ABC)
【作成メモ】
●参 照 演 者：main＝桂枝雀 sub＝桂九雀
●main高座記録日：1985/01/15 ●番 組 名：枝雀寄席(ABC)
●ファイル公開日：1997/07/06 ●江戸落語相当：＊
●更 新 日：2017/03/12 ●リクエスト数：
●注 意 事 項：内容を削除、追加、改訂している部分があります。
記録日のmain演者によるさげを採用しました。
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