【主な登場人物】
わし お前 徳さん 鰻屋の親っさんほか
【事の成り行き】
柳吉はうまい物に掛けると眼がなくて、「うまいもん屋」へ屡々(しばしば)
蝶子を連れて行った。彼に言わせると、北にはうまいもんを食わせる店がな
く、うまいもんは何といっても南に限るそうで、それも一流の店は駄目や、
汚いことを言うようだが銭を捨てるだけの話、本真(ほんま)にうまいもんを
食いたかったら…… これは織田作之助「夫婦善哉」の一節です。この後、
戎橋筋そごう横「しる市」のどじょう汁と皮鯨(ころ)汁、道頓堀相合橋東
詰「出雲屋」のまむし、日本橋「たこ梅」のたこ、法善寺境内「正弁丹吾亭」
の関東煮、千日前常盤座横「寿司拾」の鉄火巻と鯛の皮の酢味噌、その向か
い「だるまや」のかやく飯と粕じるなどで…… と続き、中程には、楽天地
横の「自由軒」の卵入りのライスカレーとコーヒーが出てきます。
別に深い意味はありません、この落語聞いてて思い出しました。なお、文
中の『道頓堀相合橋(あいおいばし)東詰「出雲屋」のまむし』ですが、道頓
堀は東西に流れ、橋は南北に掛かっているので北詰・南詰はあっても東詰は
変ですね。正解は『道頓堀相合橋(あいおいばし)南詰、東側「出雲屋」のま
むし』です(1997/03/02)。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
え〜、ちょっとマジな話（前コーナーの対談）でございまして、これから
まことにアホゲな話を聴ぃていただくのでございます。もぉ冗談事でござい
まして、しばらくのあいだお付き合いを願うのでございます。
なんでございますねぇ、この頃交通機関といぅよぉなものがまことに発達
をいたしまして、それだけやないんですけど、何となくこの、全体のテンポ
がね、生活の、速くなっているよぉでございますねぇ。
これが今の話（対談の）にもありましたが、段々と自然と離れていくよぉ
なところぉもあるんでしょ〜かねぇ。とにかく、科学かがくで何となくテン
ポが速くなっている。
今も申しましたよぉに交通機関一つとりましても、わたくし今朝、東京か
ら帰って来たんですけど、これはまぁ夜行でございますから「銀河」でござ
いますね「銀河」ちゅうのが向こぉ十時四十五分に出まして、こっち八時に
着きますので、こらまぁゆっくり走ってんですけども。
行きは新幹線でございまして、こらもぉ三時間十分でございます。速いも
んでございますねぇ。もっと速いのんが飛行機でございます。これ速いので
ございますよ、一時間ほどで行くんです。五十分です、本当はね。
ビャ〜〜ッ、飛ぶんですけどね、やっぱり速いだけに少ぉ〜し不安なとこ
ろも無いことありませんね。何か足が地に付いてないよぉな気がするのでご
ざいますね。
でも速いことは速いですが、多少運転手さん、あのつまり運転する方にね、
操縦する方に上手・下手ございますねぇ。昇りはあんまり上手・下手ござい
ません。空が広ろございますから、とりあえず空へ昇ればいいのでございま
す。
ワァ〜〜ッと昇ればいいんです、かなり差がありますからな、これでもえ
えわけですし、これでもええわけです（上昇角度）から、かなりありますか
らあんまり上手・下手ありませんが、あの何ですね、降りるときに上手・下
手ございますねぇ。
ちょいちょい言ぅことですけど、上手な人と下手な人違いますねぇ。上手
な人はまぁだいたいもぉ乗せてもろてると分かりますがね、降りる十分も前
から分かりますよ。今日の人は上手だな思いますとね、飛び方が違いますか
ら“じょ〜ずだぁ〜”いぅよぉなね、安定感がございます。
こらもぉ車の運転手さんでもそぉですがね、車でも“ゴンゴンゴンゴン”
いぅ人と「本当にこれ、車に乗っているのかな？ 静かだなぁ、霊柩車じゃ
ないのかな？」てね、上手・下手あるのですが、飛行機でもあるのでござい
ます。
上手な人は別に着陸のときやのぉても、ホント飛んでるときから、飛んで
るときなんかどぉ飛んでもおんなじよぉなもんですけど、やっぱりこちらに
安心感を与える方と、何かただただ飛んでるのに“ギク・ギク”となる方と
ありますわねぇ。
上手な人「今日は上手だな」と思っていると確かに上手ですね、降りる前
から分かります。よく飛んでいるぞ、上手く飛んでいるぞ……『まもなく降
ります』ちゅなこと言ぃますわねぇ。降りるぞぉ、降りるぞぉ……、降りる、
降りる、降りる……、あ、降りたぁ〜……、もぉホンマにいつ降りたんや分
からんぐらい、手ぇ叩きたくなる人あります。
下手は下手ですねぇ、こないだ徳島からの帰りですわ、大阪空港で“ドン・
ベチャ・ギャギャ・ギョギョッ・ドテ〜ッ”もぉ……、さすが横にはなりま
せんでしたけどね、ホンマ下手でした。横になったんかいなと思わすぐらい
下手でしたね。いかに温厚なおとなしいわたしもね、棒持って行ってゴ〜ン
といたろか知らん思いましたね。
降りるときフッと見たら「初心者マーク」貼ってました、仕方がないので
ございますね。
まぁまぁ、そのよぉにしてテンポが速くなってまいりましたんでね、道で
こぉ二人の男が立って立ち話をしているといぅよぉな風景、これもホントに
見んよぉになりましたが、ひと昔前は結構こんな人あったもんですね。
■おい、何してんねん？●立ってんねんけどね■「立ってんねんけどね」て、
立ってどぉしてんねん？●立ってね、あのぉ……、立ってんねんけどね■お
かしぃ言ぃよぉ「立って立ってる」いぅ言ぃ方あるか。どや、ちょっと付き
合いぃな一杯呑ましたろ「一杯呑ましたろ」っちゅうねん、付き合いぃな。
●何やて？■「一杯呑ましたるよって付き合いしぃ」っちゅうねん●そらもぉ
えぇわ■何で？●「何で」て、わいもぉ、その「一杯呑ましたろか」ちゅう
のんに懲りてんねん、実わ■何やその「一杯呑ましたるに懲りてる」て「一
杯呑ましたろか」てありがたいこっちゃで●「ありがたい」ちゅうけど懲り
てんねん■どぉしたんや？
●実はこないだや、徳さんが十日ほど前や、わいがおんなじよぉにボ〜ッと
立ってたんや■お前よぉ立ってんねんなぁ●よぉ立ってんねん。ボ〜ッと立っ
てたら「おい何してんねん、付き合いしぃな」言ぅてね、そのときも「おい
何してんねん？」言ぅから「立ってんねん」言ぅたらね、徳さんも「立って
何してんねん？」言ぅさかい「立って立ってんねん」言ぅてね■おんなじよぉ
なこと言ぅてんねやあらへんがな。
●「ボヤ〜ッとしてんと付き合い、一杯呑ましたる」ちゅうてね、ありがた
いこっちゃなぁ思て「呑ましてくれるか？」ちゅうたら「呑ましたる、道頓
堀で呑ましたるわ」言ぃよってね「おおきありがとぉ」言ぅてね。徳さんが
「付いといで」言ぅさかい、ドンドンドンドン堺筋、南へ南へ歩き出したん
で後(あと)付いてったんや。
●ほたら、本町のとこまで来たら東折れよってね、東へドンドンドンドン歩
き出しよんねん。おかしぃなぁ、道頓堀で呑ましてくれるんちゃうんのかい
なぁ、思てね「おい徳さん、道頓堀で呑ましてくれるのんちゃうのんか？」
ちゅうたら「いやいや、いずれ道頓堀行くねんけれどもな、ちょっと玉造の
オッサンとこ用事があるのんで、そこへ先寄っといたほぉが気が楽なけれど
も、どや一緒に行てくれるか？」
●言ぃよんのんでね、道頓堀で呑ましたる言ぅてくれてんのにやで「道頓堀
で呑ましてもらうのは呑ましてもらうけど、オッサンとこの用事の付き合い
は止めさしてもらいたい」といぅよぉなことは人間として言ぃにくいでしょ
「まぁオッサンとこへ用事があるんなら、それ済ましといたほぉが気が楽に
なるやろかい」言ぅて「行きぃな」言ぅたら「すまないね」言ぅてね。
●玉造行ってオッサンの家らしぃ戸ぉガラガラッと開いたら、もぉ徳さんと
おんなじよぉな顔した男顔出しよって、あらオッサンやなぁ思たらオッサン
や。徳さんによぉ似た顔しとんねで、きっとほかのとこで会ぉても分かると
思うで。こらオッサンや、一族やっちゅうことすぐ分かるよぉな顔、こ〜ん
な顔したオッサン。
●二人でゴジャゴジャ話してたかと思うと「あぁそぉか、ほなまぁそんなこ
とで。おおきありがとぉ」言ぅて「お陰さんでオッサンとこの用済んだわい、
ありがとぉ」言ぅて、ドンドンドンドン西へ歩き出しよって、堺筋のとこま
で来てね、南へ折れよるかいなぁ思たら、折れよれへんねん。
●そのまま西へ西へドンドン歩きよるからおかしぃなぁ思て「おいおい徳さ
ん、道頓堀行くのんちゃうんのんか？」言ぅたら「いずれ道頓堀には行くね
んけどね、松島のオバハンとこにちょっと用事があって、そこへ行といたほぉ
が気が楽になんねんけどね、行てくれるか？」と、こぉ言ぃよったんでね、
オッサンとこ行てオバハンとこ行て、そぉそぉ付き合いせぇでもえぇ思たけ
どね、考えたらとりあえずオッサンとこいっぺん行てしもてるでしょ。
●オッサンとこ行てんのにオバハンとこ行けへんちゅうことになると、何じゃ
妙にオッサンに依怙贔屓してるよぉになってもいかんのでね、妙に痛とぉも
ない腹さぐられんのもけったくそ悪いよってね、オッサンと何ぞあるよぉに
思われるといかんのでね「オバハンとこ用あんねんやったら行きぃな」言ぅ
て「そぉか、すまないねぇ」言ぅてね松島行たがな。
●ガラガラッと開いたら女の人顔出した。これがまた徳さんとおんなじ顔や、
どっから見ても一族やなぁいぅて。ゴジャゴジャゴジャゴジャ話して「ほな
まぁそんなことに、おっきありがとぉ」言ぅて「すまなかったねぇ、おっき
ありがとぉ」言ぅて、ドンドンドンドン東へ歩いて、今度、堺筋を南へ折れ
よってん。
■よかったやないか●よかってん、いよいよ道頓堀やなぁ思て付いて歩いて
たらね、堺筋道頓堀まで来ても西へ折れんとそのままドンドンドンドン南へ
南へ行きよんねん「おい徳さん、道頓堀行くのんちゃうのんか？」言ぅたら
「いずれ道頓堀は行くねんけれども、実は萩の茶屋の弟んとこへも用事があっ
て、まぁそこへ行とくと今日一日(いちんち)でいろいろと用事が済んで、ま
ことにわたしはありがたいけど、どぉしてくれる？」と、こぉ言ぅんでね、
●わいそこで余程ムカムカッとしたよ、ムカムカッとしたけれどもね、ここ
で「弟はんとこ行くのん止めさしてもらいます」っちゅうたら「あぁそぉか、
ほな道頓堀はまた今度にしょ〜か」と言われる危険性もあるでしょ。腹の中
では余程ムカムカしててんけれども、顔ではニ〜コニコ笑ろてね「どぉぞ、
そのほぉがよかろぉ」言ぅてね、萩の茶屋へ行たがな。
●これこそ徳さんとおんなじ顔して、双子かいなぁいぅよぉな顔したん出て
来てゴジャゴジャゴジャゴジャ話して「ほなそんなことにしょ〜か、おおき
にありがとぉ」言ぅて「やぁ、今日は一日お陰さんでいろいろと用事が済ん
で、おきありがとぉさん。すまなかったねぇ」ちゅうて、ドンドンドンドン
北へ歩いて堺筋道頓堀からシュッと西へ入ったんや。
■いよいよや●いよいよやけれどもね、お日ぃさん高ぁいうちから出かけて
んのに、大阪の町ん中あっち行たり、こっち行たり、こっち行たり、こっち
行たり、もぉボチボチお日ぃさん西ぃ沈みかけてはんねんで。もぉ灯かり入
りかけたぁんねん、道頓堀両側ね。けどまぁ、灯かりの入った道頓堀で一杯
呑ましてくれんのか、ありがたいこっちゃなぁ思てね。
●はじめ「出雲屋」の前通ったんで、今日はウナギで一杯呑ましてくれよん
ねんやありがたいなぁ思てたら「出雲屋」の前知らぁん顔して通り過ぎよっ
て、おかしぃなぁ思たら今度「井筒」の前通り掛かったんで、イヨッ、今日
はうどんで一杯呑ましてくれる、うどんで一杯ちゅうのんも洒落たぁるわい
思てたらね「出雲屋」の前も知らぁん顔して通り過ぎよんねんで。いや「井
筒」の前やねぇ。
■慌てんとしゃべれ、慌てんと。これ立ち話やからね、別に誰も取らへんね
んさかいね、ゆっくりしゃべってや●ゆっくりしゃべるねんけれどもね……、
やかまし言ぃないな■……●とりあえずその「井筒」の前も通り過ぎたらね、
今度「柴藤(しばとぉ)」の前通り掛かったんで、イヨッ、上等のウナギ張り
込んでくれよるねん、ありがたいなぁ思てたらね、その「柴藤」の前も知らぁ
ん顔して通り過ぎよった。
●おかしぃなぁ〜「柴藤」でもないのんかいなぁ思てたら、今度「山陽亭」
の前通り掛かったんで、イヨッ、今日は西洋料理で一杯呑ましてくれよるん
や、ビヤでトンカツやありがたいなぁ思てたら「山陽亭」の前も知らぁん顔
して……、追い追いと両側にもぉ店屋ないよぉになってしまう。
●「おいおい、徳さん、道頓堀で呑ましてくれるのん違うのんかい、どこや
ねん？」ちゅうたら「まぁまぁ急(せ)きないな、もぉちょっと付いといでぇ
な」言ぅてね、新戎橋のとこまで行たらスルスル〜ッと下へ降りよったんで、
今日は「かき舟」で一杯呑ましてくれるんや、ありがたいなぁ思て小橋トン
トンと渡りかけたら「おいおい、そんな大胆なとこ行きないな、もっと下へ
降りぃな」言ぅて、トントンとんとんっと、まぁ降りるとこまで降りたんや。
■ほぉほぉ●「おっきにありがとぉ、お陰さんで今日はあっちこっちの用事
が済んで、まことにありがたいこっちゃ。いやぁ〜おっきありがとぉ、ご苦
労さんやった。まぁ、心いくまで飲んでもらいたい」と、こぉね■へ？●い
やいや「ありがとぉ」とね、礼は言ぃよったんや「今、心いくまで飲んでも
らいたい」と「道頓堀で飲ましてあげる」と「心いくまで飲んでもらいたい」
と。
■いや、その「かき舟」は……●そんな大胆なとこへは行てへんねん、トン
トントンっと降りられるとこまで降りてんねん■へっ？ 何を呑めっちぃよ
んねん？●ですから、辺り見ると何もない。ただあるのは目の前を流れてい
る、道頓堀の、水でございます……■よぉそんな気楽なこと言ぅてんなぁお
前「呑ましたる」ちゅうたんや？
●せや「道頓堀で呑ましたる」とは言ぃよったけどもね「酒」といぅよぉな
言葉は、そぉいぅと一度も使っていないよぉな……■頼んないこと言ぅてん
な。それでどぉしたんや？●せっかく言ぅてくれてんのに、皆目呑まんのも
いかんやろなぁ思てね、両の手ですくて、ゴボゴボごぼごぼ、ゴボゴボ〜ッ
と十八杯。
■アホや、アホやお前、何とか言ぅたれ●わいも何か言わなあかんなぁ思て
「呑ましてもらうのん呑ましてもろたけど、ちょっと名ぁの通ったもん呑ま
してもらいたいねぇ」言ぅたら「名ぁ通ったぁるがな、淀のひと筋や」言ぅ
て。なるほど淀のひと筋には違いないけど……■よぉそんな呑気なこと言ぅ
てるなぁ、何とか言ぅたれ。
●何とか言ぅたろと「呑ましてもらうのん呑ましてもろたけど、ちょっと肴
が欲しぃねぇ」と、ちょっと皮肉げに言ぅたったんや■えらいがな●えらい
ことないねがな「魚やら何ぼでも泳いでるやないかいな。網ですくぅなと手
でつかむなとして、まぁせんどお上がり」と、こぉ言ぃよった。
●いかに大人しぃわたしでもね、怒り心頭に達してね、ムカムカ〜ッときて、
よぉしこの上はナマズでも何でもえぇさかい、手づかみでガリガリガリッと
頭からかぶったろと思て、クルクルッと着物脱いで、ドボ〜ッと飛び込んで、
ふと気が付いたら、わたしよぉ泳がんねん。
■呑気なこと言ぅてるわ、それからどしたんや？●「助けてくれ〜ッ、ゴボ
ゴボゴボ、助けてくれ〜ッ、ゴボゴボゴボ」またぎょ〜さん水飲んで腹ダブ
ダブいぅたんねん■どぉしたんや？●徳さんが棒持って来て「この棒につか
まりぃな」言ぅてね。その棒につかまって助け上げてもぉたいぅよぉなこっ
ちゃねんけれどもね、それからもぉ徳さんえぇ人やなぁ思てね、ひょっと徳
さんいてはれへんかったら溺れてるとこやしね、何ぼいたはっても根性悪し
はってね、棒出してくれはらなんだらブクブクっといてるとこやし、あぁ命
の恩人は徳さんやなぁ思てね。それから朝晩拝み上げて……
■アホなこと言ぅてんのやあれへんがな、よぉそんな呑気なこと言ぅてんなぁ
●それでわい「一杯呑まそ」に懲りてんねん■わしが呑ましたろかいぅのは
そんなことやあれへんがな●ホンマの酒か？■「酒か」て、当り前やないか、
隣町(となりちょ〜)のウナギ屋、新店出しよったんや。出したんはえぇねん
けども、ここの親っさんが一本気な。大体、板場ちゅうのも一本気なもんや
わい、開店三日目にして板場、店飛んで出てしまいよってん。
■オッサン、代わりの板場雇とてきたらえぇよぉなもんやけど、そこがこの
親っさんの一本気な、変わっとぉるわい「ウナギの料理やみな、わぁ〜たく
しでも、でけますよ」言ぅて、自分が降りて来てウナギ料理しょ〜っちゅう
ねんけどもや、なかなかウナギ料理どころか掴むことがでけへんがな。
■ニュニュニュニュ、ニュニュニュニュして掴むことでけへんねんで。せや
よってに客が来たら「どぉぞお二階へ、どぉぞお二階へ」みな二階へ上げと
いてね、誰も見てへんなぁと思たらとりあえず両の手でウナギ掴んで糠箱へ
ビャ〜ッと放り込んでニュニュニュニュニュ〜ッとして、ヌルも何も取って
しもて金槌で頭ゴンゴンゴンゴンゴ〜〜ン……、グチャグチャこ〜んなん。
■こないだも二階で待ってたら、骨抜きもせんとバンバンバンバンバ〜ンと
一寸ぐらいにぶつ切りにしよって、これ天ぷらに上げて持って来よってん。
わし、この歳になるまでウナギの天ぷらて食たこと無いわ「親っさん、今日
のはだいぶに変わった料理ななぁ」ちゅうたら「今日のは西洋料理です」ちゅ
うて「ウナギのフライです」ちゅうて負けとれへんで。
■今日はそこ行て、もぉ二階へ上がらんと下で目の前で料理してくれっちゅ
うたら、親っさんウナギ掴まれへん、ニュニュニュニュ、ニュニュニュニュ
しとぉのんこっちで見ながらチビチビ呑もいぅのん、こんなんでや？●お、
お、お、お、お、お■どっか悪いのんか？●わいこんな人間やけどね、人が
難儀するのん見んの、ホン好き。
■付いといで、どんならんでホンマにもぉ。俺が呑ましたる言ぅたら、誰が
道頓堀の水呑ますかい……、この辻回ったとこや……、ここや●何や洒落た
店やないか■さぁ、店は洒落たぁるけど親っさんだいぶ変わったぁるわい、
付いといで……
■じゃあするで▲お越しやす、お越しやす。どぉぞお二階へ、どぉぞお二階
へ、どぉぞお二階へ■言ぅとぉるやろ「どぉぞお二階へ」……、下で呑まし
てもらお▲どぉぞお二階へ■いや、下でえぇ▲どぉぞお二階へ。お二階のほぉ
が景色がよろしゅございます。どぉぞお二階へお上がり。
■おら別にウナギ屋へ景色見に来てるわけやあらへんねん、下で呑ましても
らお▲下ですか？ どぉぞお二階へ■まだ言ぅとぉる……、下でえぇっちゅ
うねん、そこ掛けさしてもらお、小鉢もんと酒と持ってきてもらいたい……。
どや、これからウナギとニュロニュロしよるの見ながら一杯呑もいぅんや、
オモロイやないか……。おぉ、はばかりさん、ウナギはどこや？ どこにい
てんねん？
▲ウナギですかい？ どぉぞお二階へ……■「お二階へ」？ ウナギ二階に
おるのんかい？▲ウナギは下におるんですけど……、どぉぞ、この舟に入っ
てますんで、見とくなはれ■来いこい……、どや見てみぃ、ぎょ〜さんのウ
ナギやないか。こないぎょ〜さんのウナギ、いっぺんに見るのん初めてやな
いかい。舟に入れたぁるのん見してもらお。
■ほぉ〜オモロイもんやねぇ、ウナギっちゅうもんはそぉ活発に動き回らん
もんやねぇ。ニュニュニュニュ、ニュニュニュニュっとしてんねぇ。どや、
ぎょ〜さんのウナギやねぇ。しかし親っさん何やねぇ、こぉしてウナギいっ
ぺんに見たん初めてやけど、今までそんなこと気がつかなんだけど、やっぱ
りウナギっちゅうのんも一匹一匹どっか少しずつ違うねぇ。
▲えらいことおっしゃった、あ〜た通です。えらいことおっしゃった、そら
やっぱり、ウナギ一匹一匹違うんです。そらそぉです、みなそれぞれに個性
を持っています■新しぃ言葉使うねぇ▲そぉですよ、みな違います見てみな
はれ。こいつやみな見てみなはれ、これやみな胴太です。背中ちょっと青味
かかってます。こいつやみな立派です。青背(あおばえ)ちゅうんです。我々
の符丁で青背(あおべぇ)言ぅんです。ウナギも「べぇ」が付くよぉになれば
余程上等です。こいつこいつ、青べぇ〜っちゅうんです。背が青味がかって
ますでしょ、青べぇ〜っちゅうんです。
■えらい唾やなぁ、お前……「青べぇ〜」っちゅうのんか▲青べぇ〜っちゅ
うのんです■「青べぇ〜」っちゅうのんかい、何でや？▲背ぇにちょっと青
味かかってましょ「青べぇ〜」っちゅうんです▲ほぉ〜、で、何で違ごてく
んねん？▲それみな、やっぱり、ウナギの生まれたとこや育ったとこで少し
ずつ違ってくるんです■ほぉ〜、ほたらこの青背っちゅうやつどこで生まれ
てどこで育ったんや？
▲ですからまぁ、なんですわい。まぁわたしも、これの故郷尋ねたわけやお
まへんけど、まぁだいたいなれば、だいたい紺屋(こぉや)の浜でねぇ■へ？
▲紺屋の浜で、染めもん屋さんの浜で育ちましたよぉなことで、小さい時分
から藍やなんか呑んでる加減で、背ぇのほぉが青味……、ないですか■もっと
ハキハキもの言ぅたらどや。したらないかい、紺屋の浜で育って背ぇが青？
▲そぉいぅふぅに考えられますねぇ。
■ほぉ〜、ほんだら、こいつやみな背ぇが黒味がかったぁるやないか、ちょっ
と黒味がかったぁるやないか、こんなんやっぱり「黒べぇ〜」っちゅうのん
かい？▲な、何ですか？■せやから、こんなんみな「黒べぇ〜」っちゅうの
んかい？▲別に無理に「べぇ〜〜」付けはらいでもよろしぃけど、まぁゆや
そぉいぅもんです■やっぱりこんなん、炭屋の浜で生まれ育ったんやろねぇ
▲まぁ、そぉいぅもんですねぇ。
■ふぅ〜ん、ほな、この背ぇのちょっと赤味がかった奴、こんなんみな「紅
べぇ〜〜」ちゅうて、やっぱり紅屋の浜で生まれ育ったんやろねぇ▲まぁ、
そぉいぅふぅな……■ほな、こいつこいつ、こいつちょっと背の白味のかかっ
たやつ。こら「白べぇ〜、白べぇ〜」っちゅうて、やっぱり警察の浜で▲あ、
アホなこと、だいちどこぞの世界に背ぇに白味のかかったんておます？
■これこれ、見てみぃ▲それ、腹返してるんです、背中やないんです。三日
前から風邪引ぃて寝てるんです■これやっぱり何かい、オスメスあるかい？
▲えらいことおっしゃった、そらそぉです、オスメスあるです。あ〜た通で
す■どれメスや？▲もぉわたしは分かるんです、これです。最前言ぃました
青背のあとから寄り添うよぉにずっと泳いでいるのです。これです、ちょっ
と小振りのこれメスです。典型的なメスです。
■あぁこれ……、なるほどこらメスらしぃなぁ。えらいもんやねぇ、ヒレで
もちょっと内らにして泳いでる▲嘘つきなはれ……、どれやらしてもらいま
ひょ？■よぉ〜し、こいつやってもらお。この勢ょいのえぇ青背いぅのん、
親っさんがさっきえらい自慢してた青背ちゅうやつ、これでやってもらお。
この胴太のやつやってもらお▲どれやるんですか？■この「青べぇ」っちゅ
うのんやってもらお、この胴太のやつ▲これ？ これダメです■え？▲これ、
いけません■何で？▲これ、元気です。
■「元気です」て、元気なりゃこそ美味いねやろ？▲元気は美味いんですけ
ど、これちょっと元気過ぎます。これ、ここだけの話ですけど、開店からい
るんです。今やここの主のよぉになっているのです、主ですこれ。いえ、わ
たしも一度立ち向かったことは立ち向かったんです。ちょっとご覧なっとく
れやす、眉間のとこに傷がおましょ、あれわたしが負わしたんです。ポ〜ン
といくのはいたんですけど、ズルっと滑ったんです。それからどぉやらわた
しのことを恨みに思っているのです。ほれ、グルッ、グルッと回るときにこっ
ちをギロッ、ギロッと見るでしょ……。恐わいんです。
■アホ！ ウナギ屋の親っさんがウナギ恐がってどぉすんねん。やってくれ
▲どぉしてもやるんですか？ やらしてもらいます……。ニュル、ニュニュ
にゅにゅ。ニュニュ、フッフッふっふっ……、むっつかしぃな■何言ぅてん
ねん、遊んでんのんかいな親っさん？ あけへんあけへん、ウナギそんなこ
とで掴まれへん。おらぁウナギ屋と違うけど、あっちこっちウナギ食いに行っ
て、ウナギの捕まえ方分かったぁる、俺の言ぅことよぉ聞きや。
▲聞かしてもらいます■まず「あなずり掴み」っちゅうてね、ウナギを無理
から押え込もっちゅうそぉいぅ気持ちがいかんぞ。そぉ〜ッと撫ぜるよぉに
して、こぉいぅよぉにな……、ウナギの気持ちとしてどぉ思う？「お優しぃ
お方だわ。疲れているので、マッサージをしてくれてはんのんかな？」えぇ
か、押えるとこはひと所やで、首んとこやで。ここんとこをばグ〜ッと押え
込むとせんかい、ウナギの気としてどぉ思う？
■「全身マッサージから、局部的な按摩に変えてくれはったんかいなぁ」ちゅ
うよぉなもんや。そこを魚錐(うおぎり)をばポ〜ンとすると「あぁ、こらま
た鍼(はり)までしてくれはんねんな」そこをス〜ッと裂いてみぃ「何やら凉ぃ
なぁ」ちゅなもんや。そこを魚串をばダダッ、ブスッ「あっ、疲れ取りのビ
タミン注射やなぁ」カンテキの上乗せて下からバタバタバタバタッ〜と煽い
だときには「あぁ〜〜、蒲焼や」
▲あ、あ、アホな……、わたいやらしてもらいま。そっちから追ぉとくなは
れ。追ぉとくなはれ■トォ〜とぉとぉとぉ、コケッこぉ▲よっしゃ、両の手
で掴んだらこっちのもんだ。掴んだらこっちのもんです、どぉです見てみな
はれ、ドンドンドンドン上へ行きまっしゃないか、すんまへんけど、ちょっ
と梯子掛けてもらえまへんか？
▲下向け、下向け、ほら下向きましたおっきありがとぉ。下向いたらこっち
のもんです、下向きましたらドンドンドンドン、どぉです、見てみなはれあ
んた、えらいすんまへんけど、ちょっとスコップで穴掘ってもらえまへんか？
▲前向け、前向け、ほ〜ら向きましたおっきありがとぉ。えらいすんまへん、
ちょっと留守番頼んます■親っさん何言ぅとんねん。おぉ〜い、親っさん。
ウナギ掴んでどこ行くねん？
【さげ】
▲わたいには分かりまへんねん。前回って、ウナギに聞ぃとくなはれ。
【プロパティ】
現場略図
｜｜ ↑｜｜
｜｜ 船場 北｜｜
｜｜ 浜｜｜ ※距離はえぇかげん
＿＿＿＿｜｜＿＿＿＿＿＿＿＿｜｜＿＿＿＿
←松島 本町 玉造→
￣￣￣￣｜｜￣￣￣￣￣￣￣￣｜｜￣￣￣￣
｜｜ ｜｜ 北
■■■■心斎橋■■長堀■■■｜｜■■■■ ↑
｜｜心 ｜｜ 西←・→東
｜｜斎 ｜｜堺 ↓
｜｜橋 ｜｜筋 南
｜｜筋 宗右衛門町 ｜｜
■■■■戎橋■■■■■■■■｜｜■■■■
← ← ← ←道頓堀 ←
￣￣￣￣｜｜￣￣￣￣￣￣￣￣｜｜￣￣￣￣
｜｜戎 萩｜｜
｜｜橋 の｜｜
｜｜筋 茶｜｜
｜｜ 屋｜｜
｜｜ 千日前斎場 ↓｜｜
付き合いいな＝「いな」は強調の接尾語。
けったくそ悪い＝卦体糞悪い：不愉快な。いまいましい。癪にさわる。卦
体は気持ち、気色などの意。糞は増幅、悪態。
出雲屋＝鰻料理を提供する「出雲屋」は大阪じゅうに点在していたという。
蕎麦店の「更科」のように、鰻が出雲地方の郷土料理だったことによ
る。道頓堀の出雲屋は相合橋南詰と中座前に２軒あり、現在中座前の
「いづもや」が残っている。
柴藤(しばとう)＝三百年の歴史を持つ鰻料理の老舗。現在、大阪市中央区
高麗橋２丁目に店を構える。
かき舟＝店名ではなく、堂島川、土佐堀川、道頓堀川などに季節とともに
開設された臨時の牡蠣料理店のこと。広島で牡蠣が取れる季節になる
とやって来て、季節が終われば店をたたんで帰って行った。のちには
常設となり、牡蠣以外の川魚料理なども供した。
紺屋の浜＝『難波丸綱目』に「紺屋 上町所々、天満所々、其外船場西辺
多し」の記述がある。
炭屋の浜＝四ツ橋の東の橋が「炭屋橋」
あなずり＝あなずる：あなどる、の名詞形。
カンテキ＝七厘。コンロ。転じてよく怒る人のこともカンテキという。
ワンポイント＝両手でうなぎを掴む型(これであなたもうなぎ屋になれる)
１）親指を除く４本の指を山型に重ね合わせるようにする
２）片方の親指を下から出しもう片方の親指でつかむ(ギュッ)
３）親指をジワリとせり出し、素早く反対の親指とすりかえる(ニュル)
４）３の動作を繰り返す(ニュルニュル)
５）コツは、親指を出す時に、手全体を親指の向く方向に移動する
音源：桂枝雀 1983/08/21 枝雀寄席(ABC)
【作成メモ】
●参 照 演 者：main＝桂枝雀 sub＝＊
●main高座記録日：1983/08/21 ●番 組 名：枝雀寄席(ABC)
●ファイル公開日：1997/03/02 ●江戸落語相当：素人鰻
●更 新 日：2016/11/06 ●リクエスト数：
●注 意 事 項：内容を削除、追加、改訂している部分があります。
記録日のmain演者によるさげを採用しました。
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