【主な登場人物】
今日宿替えして来たばかりの男 その男の友人、米やん
【事の成り行き】
酒は呑めんより呑めるほうが何かと面白いようです。私なんか無理して呑
めんことはないんですが、呑みたいと思って呑んだことがありません。旧知
の友と気兼ねなく呑む時なんか、もうちょっとアルコールがいけたらなぁと
残念に思います。
呑みたくもない酒ですが、家に酒を欠かしたことはありません。煮もの、
焼きもの、炒めもの、汁ものに限らず、およそ料理と名の付くものにお酒を
使うと料理人の腕が数倍上がりますので、料理用に日本酒、ワイン、ブラン
デーを置いています。
お酒自体のうまみを活かすほか、アルコールには素材の臭みを飛ばし味を
しみこませる働きがあるそうで、炎を飛ばす派手なフランデは見た目の効果
だけではないのです。
にしても、人間にはこの効果は及ばないようですので、アルコール漬けに
はご用心(2002/09/08)。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
お酒のおうわさを聴ぃていただくのでございます。
結構なもんでございまして、わたくし一番初めにお酒いただきましたのが
十七のときやったと思います。県立伊丹高校といぅとことで、わたし給仕い
たしておりまして、市立伊丹高校の定時制に通っていたのでございます。
その時にね、二学期の終業式やったか三学期の終業式やったかと思うんで
すけどね、先生方が職員室でお呑みになるんで、みな生徒の帰ったあと簡単
にコップ酒でグ〜ッといきはるんです。で、用務員さんの部屋でもおんなじ
よぉなことちょっとあるですね。
で、わたし用務員さんの部屋おりましたんでね、定時制ですからそこ仕事
終わったあと、夜学校へ行こ思て行きかけたら「おい、前田、前田」わたし
本名、前田ちゅうんです「前田、呑んで行け」「わたし、学校ですから……」
「学校て、ここが学校やないかい」「そらそぉでんねんけど、勉強しに……」
「呑めのめ、終業式はめでたい」
何がめでたいか分からんけど、初めてですからな、もぉ味も何も分かりま
せんグ〜ッとコップで呑んだんです「なかなか呑み口えぇやないかい、呑め
るやないかい」呑めるも呑めんも分からず呑んでるのに「もぉ一杯呑め」ま
たグゥ〜ッ、ですからコップに二杯、正二合呑んだです。
で「もぉ行ってよろしぃか」「行け行けぇ〜ッ！」「よろしおます」言ぅ
て自転車乗ってビャ〜ッ、校門出るときもぉ嬉しくてね、いつもそぉでした
が、それまではいわばお仕事でしょ。
校門を自転車でビャ〜ッ出た途端から、いわば自由の身ですわねぇ、わた
しの身になって、それから学校へ行く自分の時間ですからな。人間拘束され
るっちゅうことはグッと締め付けられるもんですから、いっつもあの自転車、
校門をシュ〜ッ出るとき、何とも「これからオレの時間やッ！」
もぉシラフでもえぇあんばいやのに、ちょっとお酒入ってますからジンワ
リよけえぇあんばいですわねぇ。ジャ〜ン、ジャジャジャジャ……、ほで、
千僧(せんぞぉ)いぅとこあるんです、自衛隊のあるとこですけどね、そこま
で行ったら畑なんですね。
そこ通って市立伊丹高校行くわけですね、だいぶ離れてますねん。さぁ、
その辺まで来たら正二合呑んで、えぇあんばいで自転車こいでますから、う
わぁ〜ッ、おやぁ〜ッ、なんだろぉ？ おッ、こけるんじゃないかなぁ〜ッ、
しゅ〜ッ、でぇ〜んッ！
面白いもんですねぇ、皆さん方も一ぺんお試しになってみたら？ もぉ今、
ソコソコ呑んでしもたはるひとはなんですけど、これからお呑みになる人は
だいたい二合ぐらい呑んで、まぁ人にもよりまっしゃろけど、自転車で一ぺ
ん走ってみなはれ、えぇあんばいでっせ、こける時がね。
「あぁ〜、こけるんじゃないかなぁ？」で、こけても痛いことも何とも無
いですから「あぁ〜、こけたなぁ」そんときえぇお天気でして青い空でした
わ。ちょ〜ど日が暮れですからな、お日ぃさん沈みはる前、ひょっとしたら
沈みはったあとかも。
とにかくまだ青い「あぁ〜、青い空やなぁ」思てね、しばらくボ〜ッとし
てましたですね。しばらくすると「ボクはこれからどこへ行くんだろ？ 学
校へ行くのか？ 行ったって勉強できるわけやないし、帰ったほぉがいぃか
なぁ、けど、もぉしばらくこぉしていよぉかなぁ」
あれでまぁ、ホンマの時間にしたら何分ぐらいおったんか分かりませんが、
しばらくボヤ〜ッとして、よッコラしょと起き上がって、自転車押したか乗っ
たかして、その日はお家へ帰った気がしますね。
それがわたしの、お酒をいただきました一番初めの想い出でございます。
それからまぁ、ちょいちょい、と言ぃますのも定時制でね、学校で呑んでは
いけませんけど勉強やった帰りにね、ソコソコの歳ですから、呑んだりして
ね、だんだんと呑むよぉなったです。
うちの師匠んとこに内弟子におらしてもらうときも、もぉ呑むこと覚えて
ましたから、わたしだけ特別で師匠も堪忍してくれてね。師匠のとこにはえぇ
お酒があるわけです、特級が。
それをそのまま呑ましてもらうのはあんまり不謹慎やから「えらいすんま
せんけど、二級酒わたしに、別に買ぉてくれませんか？」わたしは謙って言ぅ
たつもりなんですよ「特級はもったいないから、二級を別にわたしに」言ぅ
たら「厚かましぃ子やなぁ」いぅてね「そんなもんわざわざ別に買えるかい
な」ちゅなもんでね。
けど、堪忍してくれはってね、わたし専用の二級酒ちゃんと、内弟子時代
から持っていたのはわたしだけやないかと思います「小米用」とレッテルに
ちゃんと書いてましたですね。
で、内弟子出ましてから嬉しぃもんですね、それこそ自由の身ですわな、
いわば。阪神電車上がって来るのと、国鉄（まま）こぉ降りてくるのと、地
下鉄こぉ行くのと、このへんにこぉあるでしょ。（ウメ地下・松葉あたり）
当時千日劇場へ出てまして、ですから難波から地下鉄乗って、阪急に乗り
換えるためにあそこ通らんならんのですね、ほたら何軒かあるんですよね。
もぉお金が無いもんですから鼻つまんでね、臭い嗅がんよぉにしてダ〜ッと
目ぇつぶって走るんですけど、ド〜ンと行き当たったりしましてね。
少しお金がありますときには、そんなとこ寄るですね。ほなえらいもんで
すね、初め空いてますからな、こぉ立ってまっしゃろ（カウンターと対面）、
だんだんそのうちに混んできますわねぇ、ほたら中の姐さんが「ダークダッ
クス、ダークダックス」言ぅですね。
はじめ何のこっちゃ分かりません。どぉするかっちゅうと、こぉ立ってまっ
しゃろ、ドンドン人が詰んできたら、片方だけカウンターに付けて斜めに、
ダークダックス。片方だけ肩入れて呑むことをダークダックス。
はじめ分からなんだけど何べんか行ってるうちに分かりまっしゃろ、ほな
向こぉが言わんうちに「ボチボチ、ダークダックスね」隣りのおっさんアホ
みたいにこぉしてるのを斜交いに見ながら「素人やなぁ……」
まぁまぁ、酒といぅものは面白いもんでございまして、個々人それぞれ酒
に関してはいろんなエピソードをお持ちやろぉと思いますが、今日はひとつ、
こんな酒もあるといぅお噺を聴ぃていただくのでございます。
■宿替えしてんてなぁ●おぉ、米やんかいなよぉ来てくれたなぁ、いぃえぇ
な、同町内やっちゅうこと聞ぃてたんでな、ひと段落したらおまはんとこ行
かしてもらわないかんと思てたんや。お前のほぉから来てくれるとは思わな
んだ、おっき、ありがと。何やて？「手っ伝(た)うことないか？」てか、ア
ホなこと言ぃな、何も手っ伝(と)ぉてもらうことない。
●荷物積むのは前の町内のもんがみな積んでくれよった。このとぉり、降ろ
すのは車屋が降ろしよった。えらいもんやなぁ、わい一人暮らしてんねん、
独り暮らし大した荷物無いと思たら、ぎょ〜さんの荷物や。いや、片付ける
のんは休み三日ほどもろたぁるねん、ボチボチ片付けんねんけれども……
●見てくれこの壁、無茶苦茶になったぁるやないか。あまりにも汚いのでな、
ちょっと壁紙を貼ってな、ごまかしを付けよかいなと思て、今こぉして貼っ
てるてなこっちゃ。よッとしょ……
●ちょっと待ってや、久し振りやないかい、まぁあとで一杯呑んで帰ってん
か。手っ伝うこと何にもあれへんわしがみなやる、呑んで帰ってもろたら結
構や。久し振りや、ちょっと一服して待ってて……、あぁ、座ってもらうと
こないねんなぁ。その風呂敷包み二つほど押し入れの中に放り込んどいてん
か。そぉそぉ、それ開けて、びゃ〜ッと放り込んどいてもろたら結構。
●そこへ空き地がでけたやろ、そこで座っといてもろたらえぇ。え？ 座布
団ないのんか？ どんならんなぁ、その風呂敷、座布団やったと思うで、わ
いにも一枚出しといて。その風呂敷包みまた何して、あの中へびゃ〜ッと放
り込んどいて……。何にも手っ伝ぉてもらうことない。
●よぉ〜ッとしょ、もぉあと二、三枚や、これだけ何しといたら終わりやか
ら一服してて。あぁ「一服してて」ちゅうて煙草吸ぅ火ぃもないねん。火ぃ
だけいこしといてもらおか、火ぃだけ。そこにカンテキあるやろ、新聞紙あ
るやろ、火消し壷に殻消(からけし)入ったぁる。
●炭？ 炭俵に半分よりぎょ〜さん入ったぁる。それ、とりあえず炭櫃（す
びつ）にあけて、あと上げ板何してびゃ〜ッと放り込んどいて。表でやって
や、表で、内らでやられると煙たいよってね。ダ〜ッとあおいで、頼むで表
でやってや煙たいよって、どんならんで。なぁ〜んもしてもらうことあらへ
ん、呑んで帰ってもらたらえぇねんで。
●えぇ何やて？「上にヤカン掛けとこか」て、結構けっこぉ、そぉしといて
もろたら火ぃがいこったら湯ぅも沸く勘定や、そぉしといてくれ……。え？
何やちゅうねん？「水壷の水が汚れてる」そらそや、前におったやつが今度
来るもんのために、わざわざ水仕替えとけへんわい。ほな、水だけ仕替えと
いて。そぉ〜ッと持って行きや、落としたらいかんで。井戸端へそぉ〜ッと
持って行って、中きれぇに洗ろといてや、わしカンショヤミやで。なぁんに
もしてもらうことあらへんねんで。
●よぉ〜ッとしょ、これさえ出来上がったら、きょうはお前と一緒に一杯呑
めるよってな、なんやかんや言ぅても久し振りやでホンマにもぉ、お前のほぉ
から来てくれるやなんてありがたいこっちゃで。えぇ、どぉした？ 水壺に
水入れてくれて、火がボチボチいこってきた？ 結構けっこぉ、そしたらそ
の火鉢の中へとりあえず、十能でこっちへ火ぃ移して、ほんでまた上にヤカ
ン掛けといてくれたら、茶ぁ飲んでもらうこともでけるし、どっちみち、あ
とでまた燗せんならんやろ。火ぃ落としなや火ぃ、火の用心が悪いで。なん
にもしてもらうことあらへん。
●あのなぁ、湯がびゃ〜ッと沸くまで、うどん屋でうどん言ぅてきてくれる
か。東京のほぉは引越し蕎麦とかいぅやろ、蕎麦あんまり好っきゃない、う
どんにしょ〜。鍋焼きうどん、これで一杯呑めるしまたあとで腹も大きなる
やないかい。
●どこでもかめへん、お前この近所知ってるやろ、どこでもかめへん、早い
とこ行ってきてんか、頼んだで……。今日はもぉ何ぁんにもしてもらうこと
はないねんで、呑んで帰ってもろたらえぇねやよってね。
●ん〜ん、いょ〜ッと、ん〜〜ん……、行てきてくれた、すぐ持ってくる？
おっきはばかりさん。きょうは何にもしてもらわんでもえぇから、一杯呑ん
で帰ってもろたらえぇねんやよって。
●いよ〜ッとしょっと、茶ぁ飲んでてや茶ぁ、え？ そこに湯飲みないかい
箱の中へ新聞紙包んで、あった？ 割ってなや揃ろたぁんねん、五つ揃いに
なたぁんねん、どんならんで、割ってなや、静かぁ〜にやってや。茶筒ある
か？ あったやろ。大体分かるやろ、どのへんに何があるかっちゅうよぉな
ことぐらいわ、気ぃ利かしや気ぃ。
●茶ぁ入れて飲んでてくれたらえぇわい、もぉ一枚だけやちょっと待ってや。
これだけ何したらもぉ終わりじゃ、一杯呑も一杯呑も、きょうは久し振りや。
いよ〜ッとしょ、いよぉ〜ッと……
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
●ひぇ〜〜……、何とかこれで終わった、おっきはばかりさん、やれやれ。
待たしてすまなんだ、お陰さんでこれで何とか片付いた、おっきありがとさ
ん。湯ぅ沸いてきた？ 茶ぁ飲んでてくれてるか？ とりあえず燗しょ〜か。
そこの何に銚子入ったぁあるやろ、それこっち持ってきてもらいたい。
●銚子一本でえぇ、一本で。二本も三本もあるとせわしない。で、湯飲み出
してくれた？ おっきはばかりさん。それ、まだ八分ほど酒入ったぁるやろ、
こっち持ってきて。銚子へ移して、そぉそぉ、トットットットッ……、ヤカ
ン中に、カポッ。すぐに燗つく、ありがたいこっちゃ、ご機嫌さん。
●去年やったかいなぁ、町でバッタリ会ぉたけれども、ちょっと声かけただ
けで、ホンマにこぉしてゆっくり話すんのん、もぉ四、五年になんのんちゃ
うか？ お咲さん元気にしてる？ 結構、何じゃかんじゃ言ぅたかってこっ
ちはヤモメや、いろいろと厄介かけんならんこともあるやろと思う。ひとつ
よろしゅ〜何しといて。
●子どもどぉしてる？ あの花ちゃんちゅう子ども、ベチャ〜ッとした子ど
も、鼻垂らしてた子ぉおったやないかい。ん、学校？ 早いもんやなぁ……
そぉか、せやからもぉ四、五年は会わんちゅうことやなぁ。ほぉ、それから
もぉ男の子が二人でけた、続いて年子？ 結構やないかい、一姫二太郎て。
●子どもは子宝ちゅうねん、大事にして大きせなあけへん。一姫二太郎、絵
に書いたよぉなもんや。子どもがあるっちゅうことはありがたい、結構けっ
こぉ……
●ちょっと待ってや、燗でけたんちゃうか、酒だけはえぇ酒を何したんねん、
前の町内のときにいっぺん悪い酒持ってきよったんで、酒屋のオッサン、ゴ〜
ンいわしたってん「何ちゅう酒持ってくんねん。おら、素人の酒呑みとちゃ
うぞ！」大きな声で言ぅと「ごみんなさい」それからえぇ酒持ってくるよぉ
になったんや、上酒上酒、上ぉ酒。ちょっとよそにあれへんで。
●今日はそれを上燗で呑んでもらお。待て待てまて……、ちょっとわしが見
てみよ、上酒を上燗でね、この燗ちゅうものがなかなか、燗のしよぉによっ
て酒ちゅうもんは……、少しまだぬるいかな？ ぬるいかも分からんねぇ、
ちょっと早いかな？
●（トクトクトク クゥクゥクゥ〜……）惜しぃなぁ、もぉちょっとやなぁ
（チャポッ）こぉしといたらじっきにできる。やっぱり上酒は上燗で呑んで
もらわないかんよって……
●その水屋ん中ちょっと見てくれるか、スグキ入ったぁるねんスグキ、京都
の知り合いから送ってもろたやつ。こっち持ってきてこっち、よっしゃそこ
置いて。大阪にも売ったぁるけどな、やっぱりこぉいぅもんは向こぉのほぉ
がうまいよぉな気がする。大阪で何するとシバシバしてどんならんで。
●手でいこ手で、かめへんどぉ〜っちゅうことあれへん。ん、んん、ん〜ん、
結構けっこぉ（クゥクゥクゥクゥ、クゥ〜〜）
●辰っつぁんやみなに会うか？ 熊は？ 会わへん？ さぁ、みな所帯持っ
て子どもできたらなかなか、再々会うっちゅうわけにいかんわい。しかしよぉ
来てくれた、ホンマに小(ち)さい時分から兄弟同様にしてるお前とまた同町
内になるなんて、縁ですね。ありがたい。
●ボチボチでけてるのんと……、酒はやっぱり気心の合ぉたもんと呑まなど
んならんわい。ちょっと待ちや……、少し熱くなったかな？（トクトクトク）
あぁどんならんなぁ、ちょっと熱いかなぁ（クゥクゥクゥクゥ、クゥ〜〜）
●ちょっと熱いなぁ……。こらいかん、やっぱり上燗で呑んでもらわないか
ん。こぉいぅ悪者はわたしが退治します。チャパッとつけといてもろたらす
ぐにできる、すぐに。ありがたいこっちゃ。スグキ、遠慮せんと食べてや、
手でいってや手で（ンン、ンン〜）こらいける（クゥクゥクゥ、クゥ〜〜）
呑めんことないけど、ちょっと熱いねぇ、どんならん。
●呑んで呑めんことないけど、やっぱり上ぉ燗で呑んでもらわないかんちゅ
うことを、それだけの気ぃ使こてるちゅうことを思てもらわないかん。ホン
マやで、なかなかそんなもん、酒の燗のしよぉでひと階級ずつウモ呑める。
また燗が悪かったら、ダメになるね。ホントですよ……
●（クゥクゥクゥクゥ、クゥ〜〜……）あぁ熱かった。呑んで呑めんことな
いけど熱かった。どんならんで、ハハハハ、ハァ〜〜達者？ 結構、何より
達者が一番や、ホンマやで。スグキ食べてや、何ぼ食べてくれても文句ゆえ
へんで……、ちょ、ちょっと待ち待ち、もぉでけたんと違う？ 上ぉ燗で呑
んでもらわないかん、ちょっと待って。
●何ちゅうたかて湯ぅの勢(いっきょ)いが違うわい、すぐできるよぉなこと
になったぁるわい。うまいこといたんと違うか？（クゥクゥ、クゥクゥ、クゥ
クゥ、クゥクゥ、クゥ〜〜）これ、えぇ酒、えぇ燗で呑んだらねぇ、呑もと
いぅ気のぉても酒のほぉからノロのほぉへス〜ッと入ってきよるねぇ。
●ハハハハ、ハァ〜。これやないといかんわい。上酒、上燗でや。いこいこ、
お？ あれ？ もぉあれへんねぇ。アハハハ、ハァ〜、大して入らんもんや
ねぇ。チャポンとしたらすぐできる、すぐできる。ハハハハハァ〜。上酒、
上燗、ありがたいこっちゃ、スグキ食べや。何ぼ食べても……
●（クゥクゥクゥクゥ、クゥ〜〜）う、うまい。今日は久し振りに体動かし
て腹減ったぁるとこへさして、ク〜ッとこぉ正二合から呑んでんねん、えぇ
あんばいやねぇ、ハハハハハ……、楽しぃ。ハハハハハ……、ありがたい。
酒は何ちゅうても、気の合ぉたもんと呑むちゅ〜、その時の気分でウモなる。
●ちょっと待ち、もぉでけた？ 湯ぅの勢いが違う、ちょと待ち、待ちて。
わいが見る、わいが見る。上燗でね、お前には是非とも上燗で呑んでもらい
たいよ。うまくできたんじゃないかねぇ……、ヘヘヘ、ホホホ……
●（クゥクゥクゥ、クゥ〜〜）う、うまい。上燗がこぉ続くとは思わなかっ
た。アハハハハ、ハハハハ。さぁいこか、上燗で是非とも呑んでもらい……
おい！ こら！ なんしてんねん、なんしてんねんそれ。茶カス付いてるや
ないか！ そら、今まで茶ぁ飲んでたんは知ってるけれども、わいの気ぃっ
ちゅうもんも考えてくれ。気ぃっちゅうもん。
●上酒を上燗で呑んでもらおと思てやで、久し振りやよって。こんなもん水
一滴混ざっても味が変わるっちゅうぐらいのもんや。それを茶カスを……、
洗ろてこい！ 鈍臭いがっきゃでホンマにもぉ。
●あの男えぇ男や。えぇ男やけどねぇ、気が利かんちゅうねんバカ、どんな
らんで。え？ 洗ろてきました？ こっち貸せ……。ほらみてみぃ、もぉあ
れへん。ぐずぐずしてるさかい。燗せぇ、燗せぇ、入れといたらすぐでける。
遠慮せぇでもえぇ、なんぼ呑んだかて怒ったりせぇへん。
●気の利かん、ぶっさいくなやっちゃで、小さい頃からや。お、覚えてる？
学校行ってた頃覚えてる？ カクレンボしてそぉ、お宮のとこカクレンボし
て、わいうち帰ってんのん、お前のお母はん来て「うちの米公どこ行ったん
かいなぁ？」言ぅて「わいら、もぉ帰って来てん」ちゅうたら「うちの米公
まだ帰って来ぇへんねん。一緒に見に行っとくなはれ」ちゅうて行ったわい。
●ほたらお前、みな帰ってしもて鬼も何もおれへんのにね、お前だけ一人お
宮はんの裏手の崖の崩れたとこへこぉして隠れてよんねん、ハハハハハァ〜。
鬼も何もみな帰ってしもてんのに、まだ隠れて、ハハハハ、ハァ〜、アホや。
●独楽鬼や、よぉやったやろ。ビャ〜ッと独楽回してポ〜ンと手に乗して、
回ってる間だけビャ〜ッと逃げてデンするヤツ。あれかてぶっ細工やねぇ、
何べんやっても手ぇに乗れへんねんで、ぶっ細ぇ工な。しゃ〜ないゴマメや
堪忍したれいぅて、お前だけ回しもせんのにただ独楽手の上乗せて、ワァ〜
言ぅとぉる、アホや。
●ハハハハ、ハッ。ぶっ細ぇ工な……。ちょ、ちょ、待ち待ち、待ちっちゅ
うねん。何すんねんそっち持って行くなちゅうねん。お前かて呑んだかてか
めへんで、せやけど替わりばんこにいかな。お前ばっかり呑んだらあかんで。
●ハハハハ、ハッ。ぶっ細ぇ工なやっちゃ。竹馬覚えてる？ 何ぼ低しても
お前よぉやらんもんやから「もっと低せぇ、もっと低せぇ」いぅて、しまい
に地べたへつかして棒だけ持って歩いとぉる。ハハハハ、ハッ。ぶっ細ぇ工
なやっちゃ。
●（クゥクゥクゥ、クゥ〜）ふぅ〜、ハハハハハッ、えぇあんばいやねぇ。
ハハハハ、ハッ。ぶっ細ぇ工な……。今のお咲さんかて、何もそんな急いで
一緒にならんでもえぇのに、一ぺん、二へんあったからっちゅうて、どぉっ
ちゅうことないのに「わたしがちょうだいいたします」て、若いときから一
緒になるもんやから、子どもできるわ、好きな酒もろくろく呑めんわ、ぶっ
細ぇ工なやっちゃ。
●見てくれ、わいら今までせんど好きな酒呑んで、ちぃと落ち着いてきたよっ
てにこぉして一軒の家でも借りて一家の主じゃ。ハハハハ、ハ〜〜ッ。ぶっ
細ぇ工なやっちゃ。ハハハァ〜 ♪梅はぁ咲いぃたか、桜はまだかいな……
●ハハハハ、ハァ〜ッ、えぇあんばいや。お前もなんか歌唄え……、歌っちゅ
うと、これがまたぶっ細ぇ工なやっちゃ。いつの時やったか、年忘れやった
かいなぁ、婚礼やったかいなぁ「歌、何ぞちょっと余興に唄とてくれ」言ぅ
たら「はいぃ〜」言ぅて ♪きぃみぃがぁわぁよぉおわぁ〜……
●ハハハハ、ハァ〜〜ッ。ぶっ細ぇ工なやっちゃ（クゥクゥクゥクゥ）ハハ
ハハハッ、嬉しぃねぇ……。嬉しぃねぇ？ 何ちゅう顔してんのん？ えら
い恐い顔してるやん。何か気に入らないことがあるの？ そこがお前、気が
利かんちゅうねん。人間ちゅうものは呑んだら、呑んだよぉな気にならない
けんよ。
●ぶっ細ぇ工なやっちゃ。おぉ、えらい睨んでるねぇ。機嫌悪いの？ 何か
気に入らないことがあったの？ 気に入らんことあんねんやったら、何もこ
んなとこへいててもらわんでもえぇねん。去(い)ねいねバカ！
■いないでか〜ッ！ もぉ二度と来ぇへんわ〜い！●おぉ〜〜い、冗談や冗
談やホンマにしたらあかへんがな……
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
★へ、お待っとぉさんで●何や、うどん屋か★へ、注文、できて持ってきま
してんけど。今のお方あれ、うどんの注文に来てくれはったお方と違いまん
のんか？●せや★何やえらい恐い顔してビャ〜ッと怒って出はりましたで。
【さげ】
●ハハハハハァ〜〜。放っとけほっとけ、酒癖の悪い男じゃ。
【プロパティ】
カンテキ＝七輪：土製のこんろ。ものを煮るのに炭の価が七厘ですむ、と
いう意によるという。
火消し壷＝燃えさしの炭・薪などを入れ、ふたで密閉して火を消す壺。す
みつぼ。けしつぼ。
殻消(からけし)＝木っ端を燃やし、火のついたまま火消し壷の中に入れる
と、ちょうど柔らかい炭のようなものができる。新たに火をいこす時、
これをつかうと早くいこせる。
カンショヤミ＝癇症病み：病的に清潔な人。キッチリ屋。
十能＝炭火を載せて運んだり、火を掻き熾(おこ)したりするために使う、
柄のついた器またはスコップ。ひかき。
言うてくる＝注文してくる。
おっきはばかりさん＝大きに、ご苦労さん。ありがとう。
ゴ〜ンいわす＝いわす：やる。やっつける。
スグキ(酸茎)＝スグキナの漬物。酸味と独特の香気がある。京都の名産。
酸茎菜＝カブの一品種。京都付近で多く栽培。根は短い倒円錐形で長さ約
20cm、径約8cm。漬物・煮物にする。
シバシバ＝水分がなく乾いたさまをいう。がさがさ。
ウモ呑める＝美味く呑める。(例)強くなる→ツヨなる。賢くなる→カシコ
なる。赤く色づく→アコなる。
鈍臭い＝鈍な(のろいこと)。へまな。手際が悪い。
ゴマメ＝ゴマメの魚(とと)交じり：能力のない者がすぐれた人々の中に立
ち交じっていること。雑魚のととまじり。
音源：桂枝雀 1982/11/28 枝雀寄席(ABC)
【作成メモ】
●参 照 演 者：main＝桂枝雀 sub＝桂米朝
●main高座記録日：1982/11/28 ●番 組 名：枝雀寄席(ABC)
●ファイル公開日：1997/01/19 ●江戸落語相当：＊
●更 新 日：2016/09/18 ●リクエスト数：
●注 意 事 項：内容を削除、追加、改訂している部分があります。
記録日のmain演者によるさげを採用しました。
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