【主な登場人物】
親旦那 若旦那 番頭 茶屋の女将 南地の芸者衆
【事の成り行き】
二十代の頃、年に似合わないパイプタバコをやったことがあります。パイ
プをくわえるカッコ良さに憧れて始めてみたものの、辛いわ苦いわすぐ消え
るわ、ひと月持たずにやめてしまったのです。
仮隠居の身になった昨年十月、机の奥にしまい込んでいたパイプを取り出
し、近所のタバコ屋にそれだけ置いてあった「アンフォーラ」を買い求めて
再挑戦してみると、はてな？ と思うぐらい美味しいですねぇ。鏡に映して
ナル男してみると年取りました、昔ほど似合わないこともありません。
パイプタバコを美味しく吸うコツは一にゆったり、二にゆったり、三、四
が無くて、五にゆったり。とにかく、ゆったりゆっくり気を静めて時間の過
ぎ行く感覚を楽しむことに尽きるようです。
一日に紙巻タバコ四十本超を吸っていたヘビースモーカーでしたが、パイ
プタバコに替えてから十服以内で済むようになり、また、ニコチンは多いも
ののタールは限りなくゼロに近く健康のためにもなっています。何より嬉し
い誤算はタバコ代が四分の一になったことでしょうか。
ただ今お気に入り銘柄「キャプテンブラック」「キャプテンブラック・ゴー
ルド」「ハーフ＆ハーフ」そして、ちょっと贅沢な気分で「ラーセン・セレ
クテッドブレンドNo.80」ま〜ったりとくゆらしてます(2002/04/28)。
追記：その後、お気に入り銘柄の変遷を繰り返し、今日現在「アンフォー
ラ」50％「キャプテンブラック・ゴールド」42％「キャプテンブラック・チェ
リー」８％の自家ブレンドが２年ほど続いております(2016/08/21)。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
え、一席聴ぃていただきまして失礼(ひつれぇ)をさしていただきます。
昔からこの、男の道楽をば「三ダラ煩悩」といぅことが言ぅてございまし
て、それはこの「呑む・打つ・買う」つまりこの、酒と女と博打、この三つ
でございますけども。
またこの、女子(おなご)の方の好きなのも、昔から「芝居・コンニャク・
芋・タコ・南京」まぁ数が五つで男より二ぁつ多いんですけども、女ごの人
のは安つきますなぁ。
ご主人がキャバレーで二、三万円使こてきた、奥さんが腹立てて「ホナわ
たしもヤケクソで焼き芋五万円……」食べられしまへん、こらな。女ごの人
は安つきますけども。
男といぅものは若い時分から道楽から縁の切れにくいもんで「爪で火をと
ぼして貯めた親の子が、ロウソクで読む傾城の文」親が一生懸命にこの財産
を貯めますと、そこに極道息子が生まれるといぅのがお決まりのよぉでござ
いますけども。
■そこにいてるのは倅(せがれ)やないか、こっち入いんなはれ。座布団当て
なはれ、遠慮はせぇでろよしぃ。敷(ひ)かそぉと思て出した座布団、遠慮は
随分、外でしくされ●お早よぉさん■「お早よぉさん」……？ こなた、気
でも違ごてやせんか。お早よぉさんといぅのは朝早よぉ会ぉたときにする挨
拶。いま何時やと思てなはる？ もぉかれこれ昼じゃ。
●いえ、朝が早いので「お早よぉさん」と言ぅたわけやおまへんので。こぉ
してお呼びになったら、つものご意見かと思いましてなぁ、いつのも昼ご飯
よばれた後でおますので、今日はまだ昼前、ちょっと時間が早いので「お早
よぉさん」と言ぅたわけで。
●しかしまぁ、一日にいっぺんはなくてはならんもんでっさかいなぁ、早よ
始めて、早よ済ましたほぉがお互いの気の片付けでおます。どぉでっしゃろ
なぁ、もぉぼちぼちお始めになったら……
■何といぅ言ぃ草じゃ、こなたは何か、わたしの小言を待ってなさんのか？
わしじゃとて毎日このよぉなこと言ぃたいものか言ぃとないもんか……●そ
らもぉ、こっちかておんなじだんねん。こんなあほらしぃこと、毎日聞きた
いもんか聞きとないもんか……■それをこなたが言わしなさる●いえ、あん
たがおっしゃるんで■こなたといぅ人は……●あんたといぅ人は……
■それでは掛け合いじゃ……。よろし、こなたがそぉ言ぅのなら、もぉ小言
は一切言ぅまい。しかしなぁ、ひと言だけ聞きたいことがある。こなたが毎
日金を持って通い詰めているあの芸者とかいぅ女ごと、たった一人のこの親
と、どっちが大事か？ それを聞かしとぉくれ、それさえ聞ぃたら小言は一
切言わんで。
●お父っつぁん、あんたちょっと耄碌(もぉろく)しなはったん違いまっか。
そぉでっしゃないか、親が大事か芸妓が大事かて、そんなことあんた、話に
も何にも……■さぁ、それをこなたに習お。しだらがしだらじゃによって、
こぉいぅことを聞かんならん。はっきり聞かしとぉくれ。
●堪忍しとくなはれお父っつぁん、親が大事か女ごが大事かて、そんなこと
あんた、頭から秤(はかり)にも天秤にも……■さぁ、それをこなたに習やせ
んと言ぅのじゃ。こぉいぅあほらしぃことを聞かんならんよぉに誰がしなさ
る。こなたじゃとてやっぱり親が大事じゃろ●いぃえぇ、女ごが■ほぉ〜ッ、
こら面白い。そのわけを聞こ。
●へっ、申し上げまひょお父っつぁん。あんたなぁ、芸者とか仲居とかいぅ
たら、頭から客を騙して金を取る、悪る〜い女ごやと決めてなさる、せやさ
かいに事が間違いまんねん。よろしまっか、あの人らもな、普通の家の普通
の娘はん。まぁ、事情があってあぁいぅ商売してはりまっけどな、人情にも
何ぁ〜んにも変わりおまへん。
●こないだかてな、わたいの馴染みのこれ(小指)に言ぅてやったんだ「わし
が毎日金持って遊びに来るさかいに、お前ら若旦那とかスポポンとか言ぅて
くれるけど、明日(あす)の日にでも勘当になったら、お前ら鼻も引っかけて
くれよまいがな」てポ〜ンと言ぅてやった。そしたらな、わたいの顔ジ〜ッ
と見てたかと思うと、目ぇから涙をポロポロ〜ッとこぼしてな「もぉし若旦
那……」
■な、何ちゅう恰好(かっこ)すんのじゃ……●「若旦那、あんたが何不自由
なしに遊びにお越しになりまっさかいに、わたしがどのよぉに思ておりまし
てもお見せすることができまへん。願わんことでござりますけども、勘当結
構です、勘当されとくれやす。若旦那の一人ぐらい立派に養い通してご覧に
いれます」
●そない言ぅたかてお前、若い男が芸者屋でゴロゴロしてられへんがな「か
ましまへんがな。それで商売に差し支えんねんやったら、わたいもぉ商売や
めてしまいます。少々の蓄えもあるし、着物や道具売ったかて、半年や一年
何ひとつ不自由はおかけいたせしまへん」
●そない言ぅたかてお前、売るもんは売る、使うもん使こたら、あとどない
すんねん？「かましまへんがな、大阪ば〜っかり日が照んねやおまへん。東
京へでも行て、一旗揚げよやおまへんか」
●と言ぅたところで旅費がないがな「かましまへん、あんたがちょっと置き
手拭者(もん)わたいが三味線一丁持って ♪ツツンテツトン ♪チチチンチ
ン ♪えぇ〜」■なんちゅう声を出すのじゃみっともない。
●といぅてあんた、陽気浮気で旅をしたかて東京ぐらい行けますわ。東京行
てどないしょ？「よろしぃ、一時わたしのからだ、葭町(よしちょ〜)か柳橋
へ沈めとくれやす、その金を元手にあんたに商売していただきま。二年三年
経つうちに商売のほぉも道が付いてくるし、またわたしの年季も明けるしし
たら、改めて夫婦共稼ぎ、一生懸命働いて生涯仲よぉ暮らそやおまへんか」
●て、どぉです……、こぉいぅ可愛らしぃこと言ぅてくれまんねん。よろし
か、そこへきたらお父っつぁん、あんただっせ。そらまぁ今は金ぎょ〜さん
持ったはりますわなぁ。何ひとつ不自由はおまへんわ。
●しかしあんた、不時の災難といぅもの分かりまへんがな、そぉでっしゃろ。
夜中に寝てるわ、火事やそら逃げ。寝間着一枚で飛んで出る。家丸焼け、乞
食同様の身の上、せがれどないしょ、お父っつぁんどないしまひょ。えぇが
な東京へでも出て一旗揚げよやないか。
●と言ぅたところでお父っつぁん、旅費がおまへんがな「かめへんがな、お
前がちょっと置き手拭もん、わしが三味線一丁持って♪ツツンテツトン……」
これ、あんた弾けますか？ もし？ 弾けんやろあんた。ツツンテツトンは
おろか、火の番の太鼓でさえよぉ打たんド不器用(ぶっきょ)なお方や、あん
たわ。
●そんな不器用な親持ったんが子の因果とあきらめて、あんた背中へ負ぉた
げますわ。わいが街道筋、人さんの軒下へ立って「大阪の焼け出されもんで
おます。年寄りをかかえて難渋しとります」言ぅて歩いたら、慈善家の多い
世の中、一文二文の貰いだめをしてでも東京へ行けるとしなはれ。
●よろしぃか、東京へ行て「お父っつぁんどないしまひょ？ えぇがな、一
時わしのからだ葭町か柳橋……」それ買いますか？ 買えしまへんで。葭町
や柳橋はおろか高津の黒焼屋へ持って行っても断られるわなぁ……
●そんな三文の値打ちもない老いぼれ親父と、水も垂れるよぉな綺麗な芸者
と、頭からハカリにも天秤にも……■やかましわい！ 何といぅことを言ぃ
くさる。よぉ人さんが買ぉてくださりゃこそ、買い手があったら親売り飛ば
す……。よろし、こなたのよぉな者は片時と家に置いとくわけにはいかん。
とっとと出て行け！●出ていかいでかい！
◆若旦那、何ちゅうことを……、旦さんお腹立ちはごもっともでおます■番
頭どんか、聞ぃとくなはったか。あろぉこともあろぉか、親を高津の黒焼屋
に……◆若旦那はお年が召しません、つい心にないことをおっしゃいます。
どぉぞこの番頭に免じまして……
◆先ほどお寺さんから使いがまいりまして、島之内の万福寺さんでお座が勤
まりますそぉで、こぉいぅ時の気晴らしと申しますとまことにもったいのぉ
ございますが、ご気分直しにありがたい説教でも聞ぃておいでになりました
ら？
■よぉ言ぅてくださった。いやいや、このうえ頼りにするんは阿弥陀さんば
かり。ありがたいお説教でも聞ぃて後世を願うとしましょ◆それがよろしゅ
ございます。旦さんお数珠は……、お持ちでございますか。これ子ども、親
旦さんのお出まし。履物揃えよ★へぇ〜〜い。
■でわ、番頭どん、お頼の申します◆お早よお帰り■はい。
ポイッと表へ出ます。こぉ言ぅておりますと親旦那、えらい堅いお人に聞
こえますが、裏を返しますといぅと若旦那よりも二、三枚上の極道。表へ出
るなり数珠は丸めてしもぉて袂の奥へポ〜ンと放り込んでしまう。
南へ南へ、万福寺さんを後目(しりめ)に殺してミナミヘ出てまいります。
戎橋をひょいと渡りますと難波新地(なんばじんち)……
いつに変わらぬ陽ぉ気なこと♪
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
■なぁ、この里ばかりはいつ来ても賑やかなもんじゃ。在るとも無いとも分
からん地獄とか極楽とかいぅのを当てにして後世を願うよりも、これがこの
世の何よりの極楽じゃ……。いやぁ、若いもんが来たがるのも無理はない。
■しかし、わしが使う、せがれが使うではうちの身代もたまったもんじゃな
い。いっそ、あいつが死んでしもぉたらえぇねやが、風邪ひとつ引ぃたこと
ない達者なやつじゃ。たった一人のせがれを見送ろと思たら、大抵のこちゃ
ないわい。
■はい、ごめん★まぁ、旦さん、お久し振り■久し振りに遊びに寄してもろ
た、いつもの部屋空いてるかな？★まぁ、鈍なことで、ちょっと使ことりま
すの。表の間ぁで……■表の間ぁか、どんならんなぁ。いつも言ぅてるやろ、
年寄りの隠れ遊びじゃ、表の間はな、外通る人に顔見られるでどんならんで。
ほな、空いたらすぐに替えとくれや★心得ております。どぉぞお二階へ。
トトトト、ト〜ン 二階へ上がります。仲居さんの酌でチビチビ飲んでお
りますところへ、いつもの綺麗どころがそれへさしてド〜ンと繰り込んでま
いります「旦さんおおきに、旦さんおおきに、おおきに、おおきに……」
■おぉ、皆来たか。さぁ、こっち来いこっち来い★旦さん、おおきに■えら
い可愛ぃなぁ。え？ 何？ 邦鶴の妹てか、七つ……、こんな時分から修行
しなさる。いやいや、大抵のこっちゃない。それでこそえぇ芸妓衆ができる
んじゃ。さぁ、こっち来いこっち来い。
■これ、座布団敷かしてやれ。かまへんがな、子どもやないかいな、座布団
敷かしてやり。また今日は綺麗なべべを着てるなぁ★あのぉ、姉ちゃんの染
め直し■そんなこと言ぅたら、姉ちゃんに怒られるで。何が欲しぃ？ 最中
か、それともお饅か？★甘いもん嫌い■ほぉ、マセやなぁ。何でもかまへん
で、欲しぃもんがあったら言ぅてみ★あのぉ、ダイヤモンドの指輪■そんな
贅沢言ぅたらどんならんで。面白い子ぉじゃ……
■いやいや、そんな小さいのんかなん。その大きぃやつ一杯ぐっと注いでお
もらおか（クゥクゥクゥクゥ……）久し振りに遠道(とぉみち)を歩いたで、
えぇ具合に酔いが回ってきた。何じゃい、もぉ調子を合わしてるやないか、
えらい勉強やなぁ、いつものやつやろかな。
▲旦さん、いつものやついぅと？■あの「つろよ、つろよ」▲はぁはぁ、あ
の「狐つり」■そぉそぉ、狐つり☆姉ちゃん、狐つりて何？▲あんた知らん
のんか？ 扇子で目隠しして「つろよ、つろよ」言ぅて鬼ごとの真似するの
ん☆まぁ嫌やわぁ、そんな子どもみたいな遊び。わてもぉ帰らしてもらおか
しらん。
▲アホやなぁ、そんなんできひん。商売やないかいな。いぃえぇな、このお
客さんいつ来はってもこれば〜っかり。これしか知りはれへんのん「つろよ、
つろよ」言ぅてな、階段のねきまで引っ張って行って、後ろからボ〜ンと突
いたったらえぇねやわ☆そんなことしたら姐ちゃん、ころこんで腰抜かすわ
▲腰抜かしたら、もぉ二度と来いでえぇがな……
■みな無茶言ぅとるわ……。さぁ、扇子をこっちかしとくれ。えぇか、しっ
かり括っとぉくれや……、お〜っと、それぐらいでよかろぉ……▲ほな、旦
さんよろしおまっか、みな支度えぇか、ほな旦さんいきまっせ…… ♪やっ
つく、やっつく、やっつくな♪
♪釣ろよ、釣ろよ、信太(しのだ)の森の、狐どんを釣ろよ
♪やっつく、やっつく、やっつくな
♪釣ろよ、釣ろよ、信太の森の、親旦那を釣ろよ
♪やっつく、やっつく、やっつくな
♪「もっとこっちへおいなはれ」
♪「そっちへ行ったら落とされる」
まぁ〜姐ちゃん、旦さん皆知ってはんねんわ……
♪ ♪ ♪ ♪ ♪
●ホンマにうちの親父ほどうるさいガキはないなぁ、朝から晩まで顔見たら
意見ば〜っかりしてけつかんねん。しかしまぁ、番頭騙して出て来たけど、
いま時分怒られてよるやろなぁ。確かに俺もあかん、今日ばっかりは外へ出
よまい思てんのに、昼からなると勝手に尻が浮いてきやがんねん。
●しかしまぁ、ここへ来たら親の意見も何もかもすっ飛んでしまうで……、
相変わらずいつ来ても賑やかやなぁ……、ほぉ〜「狐つり」か、珍しぃ遊び
やってるなぁ……、あれが客らしぃなぁ。頭の禿げ具合からいくとうちの親
父とあんまり変わらんで……
●なぁ、あの年でこんな粋(すい)な遊びすんねや、そこへきたら、うちの親
父、何といぅガキやろなぁ、この世へ金の番しに生まれて来てるよぉなもん
や。こんな人の爪の垢でも煎じて飲みやがったらえぇねん。と待てよ〜、こ
の店は来たことあるがな。そぉや、田中といっぺん来たことあるなぁ。よし、
入ってみたろ。
●あのぉ、女将いてるか★んまぁ〜若旦那、どないしてはりましてん●いや、
忙しぃてなぁ。田中どないしてる？ そぉか、あいつも忙しぃねんやろ。そ
らそぉと、えらい二階派手やなぁ★へぇ、いつ来てくれはっても、あないし
て派手に遊んでくれはりまんのん●そぉか。で、どこの人や？
★それがあきまへんねやわ、年寄りの隠れ遊び、もぉ何ぁんにも言ぅてくれ
はれしまへんの。ただ、船場のあるご大家の旦さんといぅことだけ●わしな、
若いくせになぁ、こぉいぅ遊びがいたって好っきゃねん。でやろな、一座を
さしてもらうわけにいかんやろか。
★そらあきまへんがな。いま言ぅた通り、顔見られるのんさえ嫌がったはり
ます●さぁそこやがな、それはな頼みよぉがあんねん。えぇか、まぁ今日の
勘定何ぼ使こたはるか知らんけど、せやなぁ……、みなと言ぅたら失礼（ひ
つれぇ）なさかいなぁ……、でやろ、半分だけ持たしてもらういぅことで話
にならんやろかなぁ？
★ちょっと待っとくなはれ。いぃえぇな、あぁして派手ぇに遊んだはりまっ
けどな、会計のこといぅと細かぁいとこある人だっさかい、その話したら何
とか……●そぉか。すまんけどいっぺん頼んでみてぇな★よろしおま。ほな、
ちょっと待ってとぉくなはれ……
★あのもし、お二階の……、もぉし……、お二階の！
■かなんなぁ、えぇ具合に油が乗ってきたとこじゃのに……、何？ どっか
の若旦那が来て、わしと一座？ 何を言ぅのじゃ、いつも言ぅてるやろ、年
寄りの隠れ遊び……、それも言ぅた？ そしたら今日の勘定、みなと言ぅた
ら失礼、半分だけか……。そらまぁ、みな持ってもぉても失礼なことはない
けどな。ほな、そこはお前に任しとくさかい、ちゃんとやってくれ。
★けど旦さん、いま上がって来て挨拶したらお座が白けまっさかい、若旦那
仔狐にして二階へ上げまっさかい、さんざんホタエたあとで目隠しを取って
ご対面といぅことで■ほぉ、なるほど。それも面白かろ、お前に任しとくさ
かいにちゃ〜んとやってくれ★ほな、ちょっと待ってとくなはれ。
★もし、若旦那●どやった？★いぃえぇ、はじめ何やかんや堅いこと言ぅて
はりましてん。ところがさぁ、いまの会計の話したら「みな持ってもぉても
失礼なことはない」と●ほぉ、そこらうちの親父によぉ似てるわ……。おれ
が仔狐？ えらいオモロいなぁ。よっしゃ分かった、扇子こっちかして……、
しっかり括ってくれ、えぇか。おっと、それぐらいでえぇやろ★ほな若旦那、
よろしおまっか……
★もぉし、お二階の。よろしおますか？ 仔狐上げまっせ、ひぃふのみッ♪
♪釣ろよ、釣ろよ、信太の森の、仔狐どんを釣ろよ
♪やっつく、やっつく、やっつくな
♪釣ろよ、釣ろよ、信太の森の、親旦那を釣ろよ
♪やっつく、やっつく、やっつくな。やっつく、やっつく、やっつくな
♪やっつく、やっつく、やっつくな。やっつく、やっつく、やっつくな
♪………………………… ゲホ、ゲホ、ゴホ、ゲホ……
■ちょ、ちょと待っとぉくれ、年は取りともないなぁ。ちょっとホタエルと
息切れしてどんならんで。はいはい、どこのお方か存じませんがこんな年寄
りの隠れ遊びが気に入った、一座をしてやろぉ、ありがたいことで。さぁ、
どぉぞまぁこれへ…………
■こ、これ。せがれやないか！●あっ！ あんた、お父っつぁん。
【さげ】
■せがれか……、必ず、博打はならんぞ。
【プロパティ】
極道＝放蕩・よからぬ遊び。八九三(全部足すとブタ：役立たずの意)が自
称に使う場合もあるが、一般人が彼らのことを極道などとは思ってい
ない。
三ダラ＝ダラはドラと同。堕落・道楽の略転か？ だらく者。(例)ドラ息
子、ドラ猫、ノラ犬(犬の場合にはノラという)。
傾城＝遊女。古来君主の寵愛を受けて国を滅ぼす（城を傾ける）ほどの美
女をさし、のちに遊女の同義語となった。
しだらがしだら＝行状が自堕落。仕ダラ？ ダラは堕落・道楽の略転か？
スポポン＝何のかの。
ホタエル＝戯れる・ふざけ騒ぐ。
浮気＝陽気で華やかなこと(さま)。
葭町(よしちょう)＝葭町(芳町)は現在の中央区日本橋人形町。人形町３丁
目に「芳町変電所」の名がみえる。
黒焼＝動植物を黒く蒸し焼きにしたもの。薬用にしたりする。大阪では高
津神社の西にあった「高津の黒焼屋」が有名。
出ていかいでかい＝出ていく・いで・かいな：「出ていく」に反語の助詞
「いで」が付いて「出ていかいで」と語尾変化し「かい」は意思を示
す助詞「かいな」の強調、もっと強調するときは「か」。出ていかな
いということがあろうか、いや出ていく。
身代＝個人の所有する財産。身上(しんしょう)。
鈍＝のろいこと・へまなこと。
どんならん＝仕方がない。どうにもならない。しょうがない。
染め直し＝染め替え：染め物を脱色し、同色または別の色柄に染め直すこ
と。
勉強やなぁ＝勉強は商人言葉で「安くする」の意、サービスがよいこと。
ねき＝そば・かたわら・きわ。対象が人の場合は「はた」を使うことが多
い。
音源：桂春団治 1982/05/13 第118回 NHK上方落語の会
【作成メモ】
●参 照 演 者：main＝桂春団治 sub＝桂米朝、桂(小)文枝、桂枝雀
●main高座記録日：1982/05/13 ●番 組 名：上方落語の会(NHK)
●ファイル公開日：1996/12/08 ●江戸落語相当：夜桜
●更 新 日：2016/08/21 ●リクエスト数：
●注 意 事 項：内容を削除、追加、改訂している部分があります。
記録日のmain演者によるさげを採用しました。
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