【上方落語メモ第1集】その三十四

近 日 息 子


【主な登場人物】
 親父さん  息子の作次郎  町内の皆さんほか

【事の成り行き】
 今でこそ新喜劇といえば「吉本新喜劇」の代名詞となった感がありますけ
ど「松竹」にも新喜劇があり、というのも変で、新喜劇という言葉を作り出
したのは何を隠そう「松竹」やそうです。

 藤山寛美さんが亡くなられた後、灯が消えたみたいになり、本拠地の道頓
堀中座もついによぉございませんでしたが、一卵性父娘の直美さんがお父さ
んの遺志を継がれ、頑張ってられることは嬉しい限りです。

 寛美さんをご存じない方は、直美さんをご覧になれば、ほぼお父さんをご
覧になったのと同じといえましょう。それほどまでに、寛美、直美よく似て
おりますです。

 その寛美さんの十八番(おはこ)に「大会社の社長のアホボン」シリーズと
いうのがあります。寛美さんの物まねといえば「あのぉ〜、もしもし……」
お若い方には通じないでしょうが。

 今回の「近日息子」寛美さんか直美さんをイメージしてご覧いただくと、
はんなりとした、味わいのあるアホが浮かんでくることと思います。もちろ
ん親父さんは先代の渋谷天外さんで(2002/04/14)。

             * * * * *

 え〜、一席のところお付き合いのほどを願いますが。

 落語といぅものは面白いもんで、出て来るヤツがたいがい決まってます。
二人(ふたぁり)出て来ると、片一方はたいがいアホでね、これが我々同様と
いぅことになってまして、ちょっと見るとアホかいなぁ、付き合ぉてみたら
抜けてるなぁ、心安なってみたら底抜けのバカやったてなね。

 こぉいぅヤツが我々同様といぅことになってまして、で、もぉ片一方には
お客さま方同様ごくお賢い……、といぅのはベンチャラだけでね、何もお客
さんやさかい賢ぉて、噺家やさかいアホやて、そんなん決まってへんのんで
す。

 ホンマはねぇ、これあんまりアホではでけまへんねんで、落語ちゅなもん
は。色々もの覚えんならんし、考えんならんしね、コレあんまりアホではで
きまへんねん。そこいくと、お客さんちゅのはね、口さえ開けて笑ろてりゃ
えぇねんさかい、こらまぁアホ……、ご来場厚く御礼を申しあげます。

 まぁ、そぉいぅわけでございまして、我々同様といぅ愚かしぃヤツを一枚
引っ張り出してやりますとお笑いの糸口。

■これ……、これッ、何をしてんねや? さっきから見てたらそこへジ〜ッ
とつくぼってるが、いつまでつくぼってんねんな。そんなとこで長いことつ
くぼってたら、痔ぃになるぞ。何をしてんねん?●へっへっへっ、へっ。た
だいま、衛生をば重んじてるんで。

■何? 衛生を重んじてる? そんなとこつくぼって、何衛生を重んじてん
ねん?●膳棚の掃除をばしょ〜思てね■膳棚といぅものは高ぁいとこにある
んや、そんな低いとこにあらへんがな。

●へぇ、高ぁいとこ掃除しょ〜と思たんだ。ほんで掃除しかかったところが、
茶碗が一つゴロ〜ンと転がり落ちたんだ。中にゴマが入ってたんだ。ゴマが
ザァ〜、手ですくて入れよか思たんですけど、こんなとここぼれたやつをそ
のまま入れてホコリが一緒に入ったら衛生に悪いと思て、今、向こぉからピ
ンセット持ってきて、一個ずつ拾ろてガーゼで拭いて……

■何をすんねや、あのゴマ、ざっと一合あるで。一合のゴマ、一つずつピン
セットではさんで拭いてたら今日中に片付くかいな●えっ? そら今日中は
無理でっせ。せめて今月いっぱい……

■こ、これこれ、そんなアホなこと、そんなことしてるさかい、世間さまで
お前のこと誰も名前呼ぶ人あらへんがな「作次郎さん」とか「作さん」と呼
んでくれる人なかろぉがな。ご近所の人みな「アホ作や、ヌケ作や」言ぅて
んねやないか。アホやアホや言われてる親の身ぃにもなってみぃな。

■何を言ぅてんねん? 口の中でブツブツ何を言ぅてねん……? 大きな声
で言えんよぉなことなら言ぅな。言ぅことがあんねんやったら男らしゅ〜大
きな声で言え。口の中でブツブツ言わんならんよぉなそんな女々しぃ……

■何? どないやて?「アホやと言われるのが腹が立つ……」こら偉い、誉
めたげよ。アホやと言われて腹が立つあいだは、まだちぃ〜とはカシコい温
もりが残ったぁるねん。そら誉めたげよ……。誉めたげよじゃが、わしが見
てもお前はアホじゃ。親のわしが見たかてアホや。

■それが腹が立つなら、アホの因縁聞かしたげよか。こないだどない言ぅて
た? わしが「長いこと芝居観てへんなぁ、えぇ芝居があったら観たいなぁ」
ヒョイとそない言ぅたら、お前どない言ぅた「あ、見てきまひょか」ポイッ
と表、飛んで出た。ほぉ〜、えらい気が利くなぁと思たんや。

■しばらくして帰って来てどない言ぅた「お父っつぁん、芝居あしたからで
おます」わしもアホや……、お前の言ぅこっちゃ、確かめてから行きゃよかっ
たんやが、芝居が観ぃたいといぅやつが頭にあるさかい「そぉか」

■明けの日ぃ、弁当こしらえて道頓堀へ行たがな。角も中も浪花座、どこ行
たかて何ぁ〜んにも芝居してないがな。帰って来て言ぅたら、どない言ぅた
「けど、小屋の表に書いておました『近い日ぃより』近い日ぃやったら、ま
ずあしたでっしゃろ」よぉあんなこと言ぅたなぁ……

■あれはなぁ、近い日やないねん「近日ビラ」といぅてな、芝居の好きなも
んにとっては嬉しぃもんや。商売人さんといぅものはな、先へ先へと気を酌
んでいきなさる。人の気を引き付けよとかかってなさるんじゃ。たとえ表は
閉まってても、近いうちにはきっとやります。近いうちに看板上げます。看
板上がりました節には、またよろしくといぅ思いを込めて「近日より」

■皆その近日ビラ見て「いつからすんねやろなぁ?」楽しみにしてなさる。
物事は先へ先へと気を利かしていかなあかんねん「先繰気転」といぅのはこ
れや。いままでなら「ノミと言ぅたらツチ」ノミと一緒にツチ持ってきたら
「あぁ、気が利くなぁ」

■きょ〜日それではどんならんねで。ノミと言ぅたら道具箱ぐちシュッと持っ
てきて「さぁ、どれからなとお使い」といぅぐらいの頭の働きがなかったら
いかんねん。気ぃ付けなはれ!●わぁ……、ゴマの掃除してゴマすろ思たら、
ゴマのすり損ないや。分かりました、ほたらボチボチその「先繰機転」のほぉ
へ取りかからしてもらいます。

■衛生掃除に取りかかるよぉに言わんでもえぇんや。それはそぉと、さっき
女の人来てなさったなぁ、子ども連れて。何やった? 何、あぁ「亭主に死
に別れて難儀してます。ちり紙買ぉてくれ」で、どないした、買ぉたげた?
偉いえらい、誉めたげよ、そぉいぅもんは買ぉたげなはれ「騙した夜は寝に
くいが、騙された夜は寝やすい」てなことが言ぅたぁる。たとえ嘘やと分かっ
てても、そぉいぅもんは買ぉたげるんが功徳や。

■ちり紙買ぉたんなら幸いや二、三枚おくれ……。何、どこ行くてか? お
前やあろまいが、ちり紙持って風呂行くかい。ちり紙持ったら、便所に入る
のじゃわい●へぇ、便所でおますか? 只今すいております■当り前やない
か、わしとお前と親子二人で住んでんねん。婆さん早よぉに死んでおれへん
ねやないか。二人住んでる親子が、ここでこぉして顔合わして話して、誰が
便所入ってるねん?

●「ひょっと誰ぞ入ってへんかなぁ」と、お思いになるだけでも心配さした
ら親不幸。只今すいとぉります、どぉぞお入り、戸ぉ開けまひょか、中入ん
なはれ、オイドまくりまひょか、手水かけまひょか?■もぉえぇ、入らん先
から表の戸ぉ開ける、ケツまくる、手水かけまひょか。何もせんうちにそぉ
やいのやいの言われたら、せわしのぉて……

■止まってしもたわ……、やいやい言ぅさかいに。二、三日前からお通じが
なかったんやがな、嫌やなぁ気色悪いなぁ思てたんや。さっきからちょ〜ど
えぇお下がりの具合やさかいに、こらえぇなぁ思てたら、やいやい……、いっ
ぺんに止まってしもた。出ぇたい時に出さなんだら……、どぉも腹具合が悪
い……●おぉ? 腹具合が悪おますか? 腹具合の悪いんが一番体に毒だす。
ちょっとお待ちを……

■これこれッ、どこ行くねん? あのガッキャもぉ、しょ〜がないやっちゃ
なぁ。

 しばらくしてますと、汗いっぱいかいて……

●へぇ、ただいま■どこ行ってきたんじゃ?●あの、腹具合が悪い言ぃなはっ
たよって、横町の寂田(さびた)の先生「お父っつぁんがえらいこっちゃ、す
ぐに来てくれ、車で来てくれ」ちゅうて言ぅてまっさかい、もぉすぐ医者が
来ます■医者呼ぶほどのことあれへんねやがな。通じが止まったちゅう話を
してただけやがな、行って断っといで。

◆ご免、どんな具合ですかな?■あ、来はった。先生、肝心の時は遅いのに、
こんな時早よ来んねや……。まぁどぉぞ、何ちゅうことおまへんのですけど、
まぁお上がりを◆はいはい、急に来てくれといぅことでな、とりあえず脈を
診ましょ■脈? そんな大層な◆「大層な」て、来た以上は拝見しましょ。

 医者は役目です「あのせがれが汗いっぱいかいて呼びに来たんやさかいに、
どこぞ具合が悪いんやろ。親っさん痩せ我慢でも張ってんねんやろ」脈を診
ましたら脈は平脈、熱を計ってみたら熱はない、体どこ診察しても何ともな
い。

 「元気なもんやがなぁ、こんな元気な親っさん、何であんな汗かいてせが
れが医者呼びに来たんか知らん? わけの分からんことがあるもんやなぁ」
と、ひょいと首をかしげなはった。

 アホ、これ見やがって「あっ、先生首かしげなはった。えらいこっちゃぞ。
こら普通の先生やないんやぞ、博士やぞ。博士が首かしげるところを見ると、
こら、うちの親っさんあかんな。こら、えらいこっちゃ。先繰機転ちゅうの
は忙しぃもんやなぁ」

■こ、これこれッ、どこ行くねん? 先生の手洗いのお水も取らんと……。
恐れ入ります、先生、何分にもあぁいぅアホのいたしましたことでございま
すので、どぉぞご料簡なさっとくれやす。

 親ですなぁ、お医者はんには頭下げて帰ってもろた。しばらくするとアホ
め、大きな棺桶担ぎやがって、

●よっとさっと、こらさっと、よっとさのよいよい……。へっ、お父っつぁ
ん、ただいま■どこ行ってたんや、このうるさいときに?●先生首かしげま
したさかい、こら、お父っつぁんいよいよあかんなぁ思て、丹波のオッサン
とこへ電報打って「父危篤」ちゅうて。ほんで、堺のオバハンとこへも電話
いたしましたさかい、じきに駆け付けて来ると思います。

●とりあえず葬儀社のほぉへ回りましたんですけど、お寺はんがよその葬式
とテッパッてまっさかいにすぐの間ぁには合わんちゅうとりますんで、後ほ
ど駆け付けまっさかい。棺桶だけもろてきましたん。一番大きぃのんがえぇ
やろ思て、一番大きぃのん持ってきとりますんで、サァお入り。

■ドッたろか、このガキャ。どこぞの世界に生き長らえてる親に棺桶あてが
うアホがあんねん。わしゃ元気じゃ!●元気や言ぅたかて、先生が首かしげ
たんやさかい、もぉ危ない■危ないことあれへん、何ちゅうことぬかすねん。
裏へ持って行って燃やしてしまえ、棺桶みたいなもん要らへん、裏へ持って
行って燃やしなはれ、そんなもん。

●そんなこと言ぃなはんな、お父っつぁん。折角持ってきたんでんがな、せ
めて暮まで置いときまひょか■そんなもん、暮まで置いといてどないするね
ん?●暮に、もち米漬けんのに使お■そんなとこで、もち米漬けてどないす
んねん……、燃やしてしまいなはれ〜ッ!

 親子は怒り怒られで済んでしまいますけど、済まんのはご近所「近所の食
い寄り」てな悪口言ぃますけど、せやございません。いざといぅ時にはご近
所やなかったらどんならんことがぎょ〜さんにございます。

 「遠い親戚より近い他人」ご近所のお世話にならんならんといぅこと。ま
して不幸が取れたちゅうことになりますと、もぉご近所はじきに集まってな
はる。

 「ご苦労ぉはん、ごくろぉはん、ゴクロォハン、GoKuRooHan……。えらい
ことですなぁ、ご苦労ぉはんでおます。ご苦労ぉはん、ごくろぉはん……」

▲何ができましたん?★「何ができました」て、あんた何も知らんと入って
来てなはんのか。いぃえぇな、向かいのオッサン死にましたんや▲向かいの
オッサン? へぇ〜? 向かいのオッサンちゅうたらなんでっせ、色の黒い、
背の小ぃちゃい、露の五郎によぉ似た……★せや、死んだんだ。

▲いつ?★「いつ」て、今朝やろなぁ▲今朝ですか? 向こぉのオッサン、
夕べ(ゆんべ)わたい風呂で会いましてんで。夕べ風呂で会ぉた時、ピンピン
してましたで。ほんで「背中流し合いしまひょか」っちゅうて、背中流して
もろて、あの人の背中流したげて、帰りに「小腹空きましたなぁ、けつねう
どんでも食いまひょか」ちゅうて、けつねうどん二杯食ぅて帰ったんでっせ。
それが今日死にますか?

★あんた、妙な物の言ぃ方しなはんねぇ。何でっか、きのう風呂入ってきつ
ねうどん二杯食たら、きょう死ねまへんか? こんなもん「人間、老少不定
(ろぉしょ〜ふじょ〜)」いつどないなるや分かりまっかいな。きのう風呂入っ
てけつねうどん食たさかい言ぅて、きょう死なへんとはかぎらしまへんやな
いか。そぉだっしゃろ。

★人間一寸先のことなんか分からしまへんねんで「風呂へ入った、けつねう
どん食た、せやさかいに大丈夫」そんなこと決まらしまへんねん。麻雀でも
そぉだっしゃないか「イーピンが通った、スーピンが通った、チーピンでド
ン!」ちゅうことあんねんから。

▲えらいこと言ぃなはんなぁ、さよか。向かいのオッサン亡くなりましたか。
けど、きのうあんだけ元気やったところ見ると、こら何でっしゃろなぁ、急
なこってんなぁ★そらまぁ、きのうあんたが風呂入ってうどん食ぅたちゅう
てなはんねんやったら、急なこってしゃろなぁ。

▲そぉでんなぁ、急なことっちゅうのは、ごく僅かな患いでおまんなぁ★そ
ら、僅かな患いですわなぁ▲僅かな患いっちゅうことは、ホン些細なことちゅ
うことですなぁ★そらまぁ、些細なことでっしゃろなぁ▲些細なことちゅう
のは、ごく微々たること……★どこまで行きなはんねん?

▲僅かなこと、急なことちゅうと、こら何でんな、ひところ流行ったやつ、
ほら、あの、イチコロちゅうやつでんなぁ★イチコロ? イチコロてな病気
おますかいな。トンコロちゅうやつでっしゃろ。コロリ、いわゆる今で言ぅ
コレラ。昔はトンコロとか言ぅたもんですわ。

★あんたねぇ、イチコロてなこと言ぅてたら笑われまっせ。あんたのものの
言ぃよぉ、いつもそれやさかいいかんねで▲よろしぃがな、ちょっとの違い
やがな。イチコロもトンコロもどぉせそのコロや★「そのコロ?」あんたの
もの言ぃはねぇ、慣れてるもんなら「そぉかいな」で済みまっせ。あんたこ
ないだ、うちの表で大きな声でどない言ぅてなはった?

★「菊がえぇそぉでんなぁ、見に行きまひょか。皆して菊見に行きまひょか、
世話方の菊……」どこに「世話方の菊」ておまんねん「あれ枚方(ひらかた)
でっしゃろ」言ぅたら「はぁはぁ、その方(かた)です」人捜してるよぉに言ぃ
なはんな。行きましたわ、皆揃ろて行ったわいな。枚方の菊見た帰りにどな
い言ぅた?

★「ここまで来たついでや、京都行て遊ぼ。京都は床下で遊んだらオモロイ」
鼠やあろまいが、床下で遊ぶもんがどこにおます「そら橋下でっしゃろ」言ぅ
たら「はぁはぁ、その下です……」あんた何でも負けんと言ぅだけ偉いわ。
行きましたわいな、みんな行った。帰りに鰻屋入ったやろ、あの時あんたど
ない言ぅた?

★「姐はん姐はん、ちょっと早いこと寝巻き二人前……」向こぉの仲居さん
笑うのんに涙こらえて「お客さん、そら寝巻きと違いまっしゃろ。う巻でっ
しゃろ」言ぅたら「へぇへぇ、どっちも温(ぬく)たいやつです」あんたねぇ、
負けんと言ぅだけ偉いわ。負けんと言ぅだけ偉いけれども、知ってるもんは
えぇで、知らんもんが聞ぃたら妙な人やと思われまっせ。

▲何が妙な人でんねん、だ、だ、誰でも人、人、言ぃちきちちき、言ぃちき
ちき、誰でも人もの言ぃちき、言ぃちきちき、言ぃちきちきちき、ちっちき
ちぃ、ちきちんコンコン、チンコンコン♪

★何を言ぅてなはんねん?■誰でも、もの、言ぃそこ、もの言ぃそこ、そこ
そこ……、わぁ〜〜ッ。言ぃたいこと言ぅてスッとした★ゆえたぁれへんが
な、そんなもん。よぉそんなこと……

▲やいやい言ぃなはんな。そらわたしはね、もの言ぃにくい、言ぃ間違いす
るか知りまへん。そのわたしが、向かい行ってくやみ言ぃまんがな、くやみ。
くやみてなもんはねぇ、もの言ぃの中で一番難しぃもんでっせ。あんたにボ
ロクソに言われてるわたしが、これから向こぉ行ってどんだけのくやみ言ぅ
か、わたしらくやみのコンクールがあったら出たいぐらいのもんじゃ。大丈
夫、任しといとくなはれ……

▲えぇ〜、こんにちわ、この度はえらいどぉも、とんだ……? こんちわぁ
この度は……? さいなら。

★何を言ぅてきたんや? 何を▲「何を」て、そない言ぅけどなぁ、わし棺
桶に入って棺巻に巻いたぁる人のくやみ言ぅたことあんで。起きて座って煙
草吸ぅてる人のくやみ、言ぅたことない。

★あのなぁ、不幸が取れたぁるねん。親戚とか兄弟とか寄ってんねんやがな。
そら親戚の中にはよぉ似た人もいてはるがな。死んだ人が煙草吸ぅてるはず
ないがな、アホかいな……。俺が言ぅてきたるがな。お前らあけへんねん、
偉そぉなこと言ぅたかて。こぉいぅ時は俺に任しといてくれ。

★えぇ、こんちわ。この度はえらいことができましたそぉで……、町内……、
えぇ〜っ、煙草吸ぅてますが……、確かにオッサンや思いまっせ。こんちわ、
皆言ぅてまんねん、そのぉ、えらいこっちゃ言ぅて。きのう風呂屋や、ケツ
ネや言ぅて。ほんでイチコロや、トンコロや、そのコロや言ぅて。世話方や、
枚方や、その方や言ぅて。ほんであんた、床下や、橋下や、その下や、寝間
着や、う巻きや、温くたいほぉやっちゅうて……、さいならぁ〜っ。

◆何ちゅうくやみや?★やいやい言ぃなはんな。あんな妙な……◆「妙な」
やあれへんがな、退きなはれ、わたいが行ったげまひょ。あんたらねぇ、も
たもた言ぅてるさかいあきまへんねんがな。こんなもん、頭下げたまんまで
スッと言ぅだけのもん言ぅたらよろしぃねん。なまじ相手の顔を見るさかい
ものが言ぃにくい。顔見んと言ぅだけのこと言ぅたらしまいでっしゃないか。

◆えぇ〜、こんにちわ。この度はえらいことができましたそぉで、町内一同
ちょっとも知らなんだもんで。早よぉから分かってましたら、皆お手伝いに
上がりましたもんを……、ご愁傷様でございます。できましたことは致し方
のございませんことで……。お嘆きもありましょ〜けれども、あとあとどぉ
ぞ香花(こぉはな)をお大切に。

◆町内のもんは皆向かいへ詰めてますよって「あぁせぇ、こぉせぇ」とおっ
しゃっていただきましたら、お手伝いさしていただきます。どぉぞまぁ、お
力落としのないよぉに、ご愁傷様でございます……。町内でできますことは
何でもいたしますんで、どぉぞ香花をお大切に……

■芳っさん、あんたねぇ、町内で一番ことの分かった人やと評判やおまへん
かいな。今までわけの分からん人が何人か入って来はりましたで。まぁ、そぉ
いぅ慌てもんの人は、町内にはあるもんやと思てました。町内で事知りや訳
知りやと言われてるあんたまでが葬礼(そぉれん)立てしなはるてなことは、
何でっかいな、何ぞうちに意趣・遺恨でもあってしなはんのか?

◆「意趣・遺恨でもあってしなはんのか」て、そない言われると何ですけど、
そぉおっしゃられりゃ言ぃますけど、今朝お宅の息子はんがパ〜ッと表走っ
て行たんだ。しばらくすると血相変えて帰って来た。そのあとお医者はんが
来はった。お医者はんが来たかと思うと、お宅の息子はん、表へパ〜ッと走っ
て行たんだ。しばらくしたら棺桶担いで帰って来ましたがな。

◆お医者はんが来て、そのあとに棺桶。こら誰でも「亡くなった」と思いまっ
しゃろ■それがどないしました。それがどないしたんじゃ。日頃、そのせが
れのことをどない言ぅてなはる?「アホや馬鹿や」と言ぅてなはるやおまへ
んか。そのアホやバカやと言ぅてるせがれのしたことを真に受けてなはると
すると、どっちがどっちやと言ぃたい。

◆「どっちがどっち」て、えらい言われ方しまんねんなぁ。そない言われん
ねんやったら言ぃまっけどな、表出てみなはれ、表に忌み札貼ってまっせ。
鯨幕張って、忌み札貼って……、わたいも忌み札ぎょ〜さん見ましたけどねぇ
あんな大きな忌み札見たことおまへんわ。畳一畳ほどのやつがぶら下がって
まっせ。

■トホホ〜〜ッ、そこまで手が回ってまんのかいな……? これ、作! こ
れへ出なはれッ!●へっへっへ、どなたもご苦労ぉはん■「苦労ぉはん」や
あらへんがな、お前がしょ〜もないことするさかいに、ご近所の方みな血相
変えて来てなはんねんがな。何でそんなことすんねん。

●けど、あんた何でんなぁ。表の忌み札見て騒いでるやなんて、近所の人も
よっぽど無学のあわてもんが多ぉまんなぁ……

■これ、ご近所の人が何で無学のあわてもんやねん?


【さげ】
●よぉ見てもろとくなはれ。忌み札の肩に「近日」と書いておます。


【プロパティ】
 つくぼる=しゃがむ。
 膳棚=食膳を並べて納めておく棚。商家では奉公人は一人ずつ別々の箱膳
   で、食事が終わると各自の食器を膳のなかに納めて並べておいた。そ
   の棚は台所の庭(土間)に作り付けてあった。また、釣膳棚というのは
   丈夫な腕木で柱に打ち付けてあった。
 因縁=由来。来歴。いわれ。
 角も中も浪花座=時代によって異なるが、明治期の道頓堀五座は東から弁
   天座・朝日座・角座・中座・浪花(竹本)座。戦後、朝日・角・中・浪
   花・松竹の時代が長く続いたが、現在残っているのは松竹座のみ。
 おいど=尻。居所(いどころ)すなわち座る所の意で、それがイドと約まっ
   たもの。
 あかん=駄目。「埒明かぬ」あかぬの転。ビンのフタが開かないの開かん
   とは意味が違う。
 料簡=許すこと。がまんすること。勘弁。
 テッパる=仕事が重なる。
 ドッたろか=どついたろか。胴突くか?
 食い寄り=物を食べることを目あてに人々が集まること。
 老少不定(ろうしょうふじょう)=年齢にかかわりなく人の死はいつくるか
   分からないということ。
 いちころ=たやすいこと、何でもないこと。朝飯前・屁のカッパ・お茶の
   こサイサイなどと同意。いっぺんにコロリと倒してしまうの意。
 とんころ=いちころ、に同じ。また、コレラの異称。
 枚方(ひらかた)=大阪府北東部に位置する。菊人形で有名な「ひらぱー:
   枚方パーク」がある。
 棺巻=棺桶の上からまく晒布。
 香花(こうはな)を大切に=「こうばな」とも、文字どおりお仏前の香とお
   花のことで、現世の人間が悲しがって嘆いていないで、仏様を大切に
   ということらしいです。私見としまして、悲しみ嘆くよりも、しっか
   りと現実を見すえ、前を向いて生きなさい。という気持ちが込められ
   ているような気がしてなりません。
 意趣=他人の仕打ちに対する恨み。
 遺恨=長い間もち続けていた恨み。宿怨。
 忌み札=忌中札。◇の中に「忌」の文字を書いて門口に貼り付け、喪中で
   あることを示したもの。四十九日法要に取り外す。
 音源:露の五郎(五郎兵衛) 1982/05/13 第118回 NHK上方落語の会


【作成メモ】  ●参 照 演 者:main=露の五郎(五郎兵衛) sub=笑福亭呂鶴  ●main高座記録日:1982/05/13  ●番  組  名:上方落語の会(NHK)  ●ファイル公開日:1996/12/01  ●江戸落語相当:*  ●更  新  日:2016/08/07  ●リクエスト数:rakugo34  ●注 意 事 項:内容を削除、追加、改訂している部分があります。           記録日のmain演者によるさげを採用しました。

GO TOP   前ページ   次ページ   落語目次