【主な登場人物】
いらちの辰っつぁん その嬶(かか)お咲さん 甚兵衛はん
隣のお梅さん他
【事の成り行き】
毎月２回、定期的に「世紀末亭」を更新し続けているわたしをご覧になっ
て、随分と計画的で気の長い人間のように好意的に見てくださってる方が多
いようです。しかし、それは見損ない。わたし、こう見えても結構「イラチ」
です。
言わないでもいいことを後先考えずに口に出してしまう。わたしの特徴的
な性格ですけど、口に出してしまってから後悔して、あとからしぶしぶ口に
体を合わしにかかるわけです。始末の悪い種類の「口イラチ」です。
その始末の悪いイラチを逆利用して、次回の更新日を口に出してしまうこ
とで、何とか定期更新の辻褄を合わせるというキュウキュウの遣り繰り算段。
全くもってご苦労さんなことなのでございます。とか何とか言っているうち
に今回もキュウキュウと出来上がったようでホッと一息。
よく大阪人はイラチ＝せっかちだと言われます。御意、わたしもそう思い
ます。今もまだあるのか、最近行ってないんで分かりませんのですけど、確
か大阪駅東口と阪急の間の横断歩道と、戎橋と心斎橋筋の間の横断歩道には
「カウントダウン信号機」が取り付けてありました。
４、３、２、１、ＧＯ。のカウントダウンです。世界広しといえども、横
断歩道の信号機にＦ１のスタートよりもきめ細かいカウントダウンがあるの
は大阪だけでしょ。ロケットの発射やないんやから……、人が道渡るだけで
すよ。けど、違和感ないんですねこれが。
本当に大阪人だけがイラチなのか？ ちょっと気になって調べてみると、
和歌山にも、な、なんと中華人民共和国にもカウントダウン信号機があるら
しい……（2002/02/10）
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
え〜、ありがたいこってございまして、しばらくのあいだお付き合いを願
います。
「十人寄れば気は十色」てなことを申しまして、人の性格といぅものはそ
れぞれでございますが、難しく学問的に申しますといぅと、ドイツのクレマッ
チ(ママ)といぅよぉな人はこの人間を三種に分けているのでございますね、
人間の性格・性質といぅものをね。癲癇質・躁鬱質・分裂質とこの三つ、大
きくあるんやそぉですね。
「分裂質」ちゅうのは大体この、細面で神経が鋭くて鋭利な刃物のよぉな、
といぅよぉな感じの方ですね。細ぉ〜い感じの人でね、目でもキュッとあっ
てね、あるわけですけどね、なんかそんな感じの人で繊細な方。芥川龍之介
ちゅな人がその代表ちゅなね。
であの「癲癇質」ていぅのはガッシリした骨太で、顔でもちょっと色が黒
くてガッチリしたといぅんで堅実に物事をやっていくといぅよぉなね、そぉ
いぅ人やそぉですね。代表が……、ちょっと思い浮かびませんが、あるので
すね。
ほかに「躁鬱質」いぅて、わたしらそぉです。だいたい顔が丸ポッチャリ
して白ぉて、だんだん薄ぅなっていく、まぁそぉいぅ相対ににこやかな、そ
のかわりガックリくるときはガックリくるといぅよぉな、まぁそぉいぅ躁と
鬱とをもっていると、学問的には分けられるそうでございますし。
また、血液型で言ぃますとＡ型・Ｂ型・Ｃ型……はありませんけど、ＡＢ
型・Ｏ型色々ありますね。また星座で言ぃますとかに座とか、おとめ座とか
やぎ座とかひつじ座とか、いざこ座とか。
俗に申しますといぅといわゆるまぁ何ですなぁ、あわてもんの人・不精な
人なんていぅのもありますね。
不精な人、ものぐさな人「何をすんのもわしゃじゃ〜臭い」といぅよぉな
ね「息などももぉあんまりしたくない」といぅよぉな「じゃ〜臭いけどまぁ、
ちょっとぐらい息せんとしんどいから、少ぉ〜しずつ吸おう」といぅよぉな
ね、邪魔臭がりありますね。
「ご飯でも食べるのはじゃ〜臭い、どっち道出るこっちゃし」てね「少し
だけ食べよぉか、お粥(かい)さんにしてなるべく噛まんでもえぇよぉに」と
かね、色々考えてる人あります。
不精な人ばっかりが寄りまして「お前も不精、お前も不精、ひとつ不精な
もんばっかり寄って不精会といぅ会をやろぉではないか」「邪魔臭いからや
めとこぉ」いぅよぉなね。
我々のほぉはそぉいぅ者の極端な例を取り上げて噺にするわけですが、あ
の『不精な親子（不精猫）』といぅ噺がございまして、不精ぉな親子がね、
親子共々不精でございますが枕を並べて寝とぉりましてね……
●お父っつぁん……、お父っつぁん■なんや？●神棚のお灯明の火ぃ、消す
のん忘れたんや。ちょっと風が出てきたよぉなあんばいやが、あら消しとい
たほぉが、用心がえぇのんと違うやろかなぁ？
■消しといたほぉがえぇと思たら、お前立って行って消さんかい●わい消す
のん邪魔くさいがな■わいかてじゃ〜臭いがな●ほっとこか？■ほっとけ、
ほっとけ。
●あぁ〜、おしめの縄へ燃え移って、天井がボチボチ焦げだしたなぁ、ひょっ
としたらこら火事になるで■火事になると思たら、お前立って行って消さん
かい●わい消すのん邪魔くさいがな■わいかてじゃ〜臭いがな●ほっとこか？
■ほっとけ、ほっとけ。
●あぁ〜、あたり一面火の海やなぁ……、ボチボチ逃げな焼け死ぬで■焼け
死ぬと思たら、お前逃げんかいな●わい逃げんのんじゃ〜臭いがな、ほっと
こか？■ほっとけ、ほっとけ。
●うわッ、足の先からボチボチ焦げだしたで、お父っつぁん、こらホンマ逃
げな焼け死ぬで■焼け死ぬと思たら、お前逃げんかい●わい逃げんのん邪魔
臭い、ほっとこか？■ほっとけ、ほっとけ。
二人とも焼け死んでしまいました。こぉいぅ者どもは死んでもあまり極楽
へは行けませんな、やはり地獄へ落とされるのが多いのであろぉと思われま
すが、やはり閻魔様の前へ引き出されましてね。
▲両名のもの、面(おもて)を上げぇ……、両名のもの、面を上げぇ……。こ
りゃ、面を上げんか●お父っつぁん、閻魔はん「面上げ」言ぅてはるがな、
顔上げたらどや。
■上げたらえぇと思たら、お前上げんかいな●わい上げんのじゃ〜臭いがな
●ほっとこか？■ほっとけ、ほっとけ。
▲何を申しておる、そのほぉどもはおのれの不精のために大火をいたし、諸
人に迷惑をかけたる段、その咎(とが)軽からず。来世(らいせぇ)は人間に生
まれ変わらすことはでけん、畜生道に落としてやる。が、本日は先代閻魔の
十三回忌に当たるによって、特別の情けである、望みの獣に生まれ変わらし
てやる。望みの獣があらば申してみよ。
●お父っつぁん「望みの獣言え」言ぅたはんねん、言ぅたらどや？■言ぅた
らえぇと思たら、お前言わんかい●わい言ぅのんじゃ〜臭いがな、ほっとこ
か？■ほっとけ、ほっとけ。
▲アッらぁ〜ッ、ではこのほぉから申してやる、馬はどぉじゃ、馬は？●お
父っつぁん「馬はどや？」て■馬なぁ、馬みたいなもん人乗せたり、物引っ
張ったり、そこらじゅう走り回ったり、もぉ競馬じゃなんじゃちゅうてじゃ〜
臭いがな、断れ断れ●お断りを。
▲馬は嫌か、牛はどぉじゃ？●「牛どや？」て■牛かてせやないか、なんじゃ
かんじゃ用事さされて、しまいにまた牛肉で食われんならん、じゃ〜臭いが
な、断れ●お断りを。
▲牛も嫌か、犬はどぉじゃ？●「犬どや？」て■犬なぁ、あれかてあちこち
走り回らんならんしなぁ、ワンワン・ワンワンの一つも言わんならんやろ、
じゃ〜臭い断れ●お断りを。
▲よく断るやつじゃなぁ……、しからば猫はどぉじゃ？●お父っつぁん「猫
どや？」て■あぁ猫なぁ、あれえぇかも分からんなぁ。暑かったら涼しぃと
こで、寒(さぶ)いときは炬燵の中で、とりあえずあれ寝てるだけやで。寝て
たらえぇねん、猫にしてもらおか●猫、お願いします。
▲不精なるやつ、して、毛並みに望みはないか？●お父っつぁん毛並みは？
■なるべく汚れめの目立たんよぉに、真っ黒けのんにしといてもらい。
ここまでいくともぉ最高でございますなぁ。また、不精な人があります反
面、何じゃこぉ何でもかんでもやりたいちゅうか、もぉ気がいらだって「や
ろぉ、やろぉ」といぅよぉなイラチ・あわてもんと申しますかな、不精の反
対のお方もあんのでございますが。
■さぁさぁ、こっち入りや●へぇ■「へぇ」やないがな、おまはんみたいに
そぉチョカチョカしてたんではどんならんねんで。人間といぅものは落ち着
きが肝心じゃ、もぉちょっと落ち着いたらどや。
●さよか、わたいどぉいぅもんか落ち着いてられへんのです。もぉ、気ぃが
イライラっとして少しでも早くやりたいなっと思うんです■それがいかんが
な●「いかん」ちゅうてもね、毎日、晩飯、晩来るまで待ってられへんので
す。晩飯は昼前に食てまんのです。
■これ、不思議なこと考えるんやないで。それではどんならん、人間は落ち
着きが肝心じゃ、ちっとは治すよぉなこと考えたほぉがえぇで●治すよぉな
ことをねぇ、どぉいぅふぅに、どゥいゥふゥに、どゥいゥふゥに？■お前は
何べん繰り返すのじゃ「どゥいゥふゥに？」そぉじゃなぁ、愛宕さんへでも
お詣りしてみたらどぉや。
●愛宕さんちゅうことわ？■表出て西のほぉ見てみなはれ、京に住んでるも
んの徳、高ぁいお山があるなぁ。あれが愛宕山(やま)あの天辺にある神さん
が愛宕さんじゃなぁ●ほぉ〜さよか、神さんでやすか■そぉや●神さんがわ
たいのイライラっとすんのん治してくれますかい？ そぉいぅ方ですかい？
■「そぉいぅ方」はおかしぃが、だいたいは火除け魔除けに霊験あらたかな
神さんやが、まぁ心静めて神信心したら自然と「イラチ」も治る勘定じゃ、
人間落ち着きが出てくるで●さよか、ほな行てきます。行てきます……、行
てきます、行てきます、行てきます。
■やかましぃなぁ「行てきます」て、これから行ったんではもぉ日が暮れて
しまう。あの愛宕山ちゅう山は高いお山じゃでな、明日の朝早よ起きて身ぃ
清めてから行ったらどぉじゃ、神信心のことじゃで●さよか、ほなそぉしま
す、そぉします、そぉします、そぉします■やかましぃっちゅうねん。早い
こと帰えんなはれ。
●嬶(かか)、かかかかかか、かか、かか、かか……▲カラスかいな、あんた。
何を言ぅてなはんねん、どぉしたんや？●いやな、いま甚兵衛はんとこ行て
てね、わいは落ち着きがあるほぉがえぇっちゅうて、それ治してもらうため
に愛宕さんお詣りしょ〜思てな▲まぁ、結構なこっちゃないかいな「神信心
止めたもんに罰が当たる」ちぃます、決して止めしまへん。やらしてもらい
ます。
●甚兵衛はんのおっしゃるには「明日朝早よぉ起きて行たらえぇ」と、こぉ
言ぅたはるねん「今から行たんでは高いお山やさかい、もぉ日が暮れてしま
うよってに、明日の朝早よぉ起きて行け」言ぅたはんねん▲結構なこっちゃ
ないかいな、そないさしてもらい●ほな、嬶ボチボチ寝よか。
▲へ？●嬶ボチボチ寝よか▲アホかいな「ボチボチ寝よか」て、まだお日さ
ん高こまっしゃないか●日ぃさん高いのんか……、引きずり下ろせ▲どこの
世界にお日ぃさん引きずり下ろす人があるかいな。いぃえぇな「明こぉて寝
られしまへん」ちゅうてまんねやないか●明かいのんか……、ほな雨戸閉め
ろ。ズ〜ッと雨戸閉めたら家んなか真っ暗けになるぞ。
▲何ぼ家のなかが暗ろなったかて、表明かいやないか●ほな、お前と世間話
したらえぇがな「今日はえぇお月夜やなぁ」言ぅて▲アホなこと言ぅてなは
んな……。あんさん言ぃ出したらあとへ退かんお人やしな、寝なはれ寝なは
れ。
「ほな、とりあえず寝るよってにな」まことにイライラするお人でござい
まして、明日の朝早よぉ行くとなったら、その日一日起きてるのがなんじゃ
こぉ無駄なよぉな気がいたしまして、早よぉから寝てしまいましたんです。
さてお上さん、口八丁手八丁、まことによぉ出来たお人でございまして、
明くる日になりますといぅと、朝早よぉから起きまして用意万端整えて、ボ
チボチご亭主起こしにかかってなはる。
▲ちょっとあんた、起きなはれ。起きなはれちゅうてんのに……、まぁ〜、
よぉ寝てるわ。鼻から提灯出して、提灯行列の夢でも見てるんかしら。引っ
込めたわ、雨でも降ってきたんかしら。また出してるわ、また引っ込めた、
また出した……、遊んでるんかいな。あんた、起きなはらんか！
●嬶、何や火事か？▲何を言ぅてなはんねん、愛宕さんへお詣りすんのん違
いまんのか●せや、コロッと忘れてんねん、行ってくるわ▲こ、これこれ、
裸で表飛び出してどないしなはんねん。どんならんなぁホンマにもぉ、いっ
ぺん帰っといなはれ……、前だけなと押さえなはれ、ブラブラと……
▲着物着て、着物。帯を……、帯を首に巻いてどないしなはんねん、腰へし
なはれ。顔洗いまんねんで、顔、顔を洗うねんで……、箪笥の引き出し開け
て何をしてなはんねん。え？「何ぼ探しても水がない……」アホか、どこぞ
の世界に箪笥の中に水入れてる人がある。アっホ、井戸端へ行きなはらんか
井戸端へ。
▲楊枝で口すすぎまんねんで、楊枝で口をば、楊枝で……、竹ぼぉき振り上
げて何をしなはんねん。そんな大きなもんが口の中へ入りまんのんか。顔洗
ろたら手ぬぐいで顔拭きまんの、手ぬぐいで顔拭くのん……、ネコ捕まえて
何をすんのん●あっ、ネッコかいなぁ〜♪
▲いちびり……。こっちおいなはれ、ここにはお賽銭とおロォソク代が入っ
てまんねんで。あんたのお小遣いも入れてますけどな、あんまり要らんもん
買わんよぉに、分かってまんな。これ渡しときますよってに……。それから、
そこにお弁当がこしらえたぁるよってに、それ風呂敷きに包んで首にくくり
付けて、早いとこ行っといなはれ！
●わっ、嫌んなってきたなぁ。言ぅだけのこと言ぅて放り出しやがったぞ。
♪ふぅ〜ん、んん〜〜ん♪っと、久しぶりに朝早よぉ表出てきたけど朝早い
と気持ちのえぇもんやなぁ。♪ふぅ〜ん、んん〜〜ん♪っと、今日からわい
も神信心するなんて、気持ちのえぇもんやなぁ。♪ふぅ〜ん、んん〜〜ん♪
●何じゃかんじゃ言ぅても、うちの嫁はんよぉできた嫁はんじゃ♪ふぅ〜ん、
んん〜〜ん♪っと、おぉおぉおぉ〜、何や人通りが多なってきたなぁ。ボチ
ボチ愛宕さんに近付いて来たらしぃなぁ……、鳥居が見えたぁる。もぉ〜し、
ちょっとお尋んねします★何だす？●ここ愛宕さんですか？
★いぃや、天神さんだす●愛宕さんでしょ？★いえ、天神さんだす●いつか
ら天神さんです？★前から天神さんでっせ●おかしぃなぁ……。あぁ、うわ
べが天神さんでホンマは愛宕さん？★何を考えてなはんねん、そんな神さん
がどこにおますねん。
★あぁ、あんた愛宕さんへ行きなはんのん。そらいけまへん、大きな間違い
をしてまっせ。あんた西へ行かんならんのん東行ってなはんねんで●あ、さ
よか。西へ行かんならんのん東へ来てますか、えらいすんまへん……。嫌ん
なってきたなぁ、何でわいはこんな慌てもんやろなぁ、西行かんならんのん
東へ来てんねん。嫌んなってきたなぁ、ホンマにもぉ。
●何でわいはこんな慌てもんやろなぁ……、死んだお婆んも言ぅとったなぁ
「お前も、もぉちょっと落ち着きさえすりゃ、普通の人間や」♪ふぅ〜ん、
んん〜〜ん♪っか、おぉおぉおぉ〜〜っ、うちの長屋によぉ似た長屋へ出て
きたぞ。長屋の造りて大抵似たよぉなもんやけど、それにしてもよぉ似たぁ
るなぁ。
●何から何までホンマに一緒やで。おぉおぉっ、あそこでどこの女ごや知ら
んけど立ち話してるのん、うちの嬶によぉ似たぁるなぁ、世間には自分と似
た人間が三人あるっちゅうねんけど、よぉ似たぁるなぁ……
◆お咲さん、何やブツブツ言ぅて入って来たん、あんたとこの人と違うか？
▲いぃえぇ、うちの人早よぉから愛宕さん行ってまんねやわ……。まぁ、い
ややわ、あんた行て来たんか？●嬶か？▲何を言ぅてなはんねん、早いこと
行きなはれ●わ、わ、わぁ〜、嫌んなってきたなぁ。よぉ似てるはずや、ホ
ンマもんや……
●嫌んなってきたなぁ、何ちゅう慌てもんやろなぁ。長年連れ添ぉた女房の
顔も分からんやなんて、嫌んなってくるで。♪ふぅ〜ん、んん〜〜ん♪っと、
嫌んなってきた、♪ふぅ〜ん、んん〜〜ん♪っと、嫌んなって♪ふぅ〜ん、
んん〜〜ん♪っか。
●おぉおぉおぉ〜、ゴジャゴジャ言ぅて歩いてるうちに、わしどこへ行くん
やったかコロッと忘れてしもたがな。わいは何のために走ってんねん？ ど
んならんなぁ。今さらうちへ帰るわけにもいかず、嬶怒りよるやろなぁ「アっ
ホ」言ぅてじきに怒りよるよってなぁ。
●ちょっとお尋んねします■はい●わたい一体どこへ行きまんねやろ？■そ
んなこと分かりまへん●「分かりまへん」言ぅたかて、だいたい顔見たら分
かりましょ■顔見ただけで分かりますかいな。顔見て「あんた、どこそこ行
きなはるんでっしゃろ」てなこと言える人がこの世の中にありますかい？
●「ありますかい」て、実はわたい甚兵衛はんとこへ行ってましたんです。
「人間は落ち着きが肝心やわい」言ぅてね「かかかか、かか、かっかっかっ
か……、あんたカラスかいな」言ぅてね。ほんで「お日ぃさん引きずりおろ
そか……、そんなことする人あるかいな。今夜はえぇお月夜やなぁ……」
●わたい、どこ行きまんねん？■何をゴジャゴジャ言ぅてなはんねん、何だ
んねん？●「早よ起きなはらんか」言ぅてね「これこれ、裸で飛び出してど
ないしなはんねん……、前なと押さえなはれ、ブラブラと」言ぅてね、ほん
で「帯、首へ巻き付けてどぉすんねん、竹ぼぉき振り上げて、あっネコかい
な……」いぅてね。ヘヘ、ヘヘヘヘ〜、わて、どこ行きまんねん？
■知らんがな。誰ぞ代わってくれへんかいな……。何だんねん？●そいでね、
わたい慌てもんやさかいね、愛宕さんへお詣りを……。わたし、愛宕さんへ
行くんです！■けったいな人やなぁ。自分で尋んねて、自分で返事してなは
る。面白い人やなぁ……。
■愛宕さんですか？ ちょ〜どえぇとこで尋んねなはった。これま〜っすぐ
に行きなはれ、鳥居がおます。鳥居くぐりますといぅと、坂がちょっと急に
なっとります。それ、どんどん登って行ったら愛宕さんになります●あぁさ
よか、おっきありがとぉ、えらいすんまへんでした。
●何や、あの人知ってんのに知らん顔して「どんどん登って行ったら愛宕さ
ん」知ってんのに知らん振りして「わたいどこ行きまんねん？」「知りまへ
ん」知ってんねん。あぁいぅ人間がおるさかい世の中平和にならんねん。
●♪ふぅ〜ん、んん〜〜ん♪っと、嫌んなってきたなぁ。しかしとぉとぉ白
状しよった。おぉおぉおぉ〜ッ、鳥居があったぞ。これをくぐると、坂が急
に……、なってるぞ。よっせぇ、よいとさの、こらさの、どっこいさ……。
よっと、よいやさの、こらさの、どっこいさ……。よいよい、こらさの、どっ
こいさの、こらさ……。
●よっと、よっとさの、こらさの、どっこいさ……。よいよい、こらさの、
どっこいさの、よっとさ……。よっとよっとさの、こらさの、どっこいさ。
よいよい、こらさの、どっこいさの、こらさ……。
●よ・っ・と、よ・い・や・さ・の、ど・っ・こ・い・さ・の、ほ・ら・さ。
よ…っ…と、よ…い…や…さ…の、ど…っ…こ…い…さ…の、ほ…ら…さ…
う〜〜〜〜〜〜ん、わぁッ！
◆へたばってしまいなはったなぁ……。もぉし、しっかりしなはれ●えらい
すんまへん。ここどこです？◆ここ愛宕さんでっせ●あぁ〜ッ、あんた愛宕
さん？◆「あんた愛宕さん？」て、こんな愛宕さんがありますかいな●ホン
に、汚い愛宕さんや◆ほっときなはれ。これもぉちょっと行ったとこの拝殿
がそぉです●えらいすんまへんでした。おっきありがと、えらいすんまへん
でした……
●少こぉし行ったとこの拝殿……、ここやな。へっ、愛宕さん。こんちゃ。
わたい京に住んでる辰っちゅもんです。今日まであんさんのこと存じ上げま
へぇでえらいすんまへんでした。今日からお詣りさしてもらいますんで、ひ
とつ心安ぅお頼の申します。
●愛宕さ〜〜ん。愛宕さ〜〜ん。人が挨拶してんのに出てきたらどぉでんね
ん。愛宕さ〜〜ん、どこにいてまんねん？ 愛宕さ〜〜ん。あたちゃ〜〜ん
◆何を言ぅてなはんねん、神さんに「あたちゃ〜ん」て●はは〜ん、分かり
ました。わたいが出すもん出さんもんやさかい、すねてなはんな。いやらしぃ
性格やなぁ。
●いえいえ、ちゃんと嬶にもろてきてま。お賽銭とおロォソク代とわたいの
小遣い入ってまんねん、よろしぃか、ヨットショっと……、わぁ〜〜〜ッ、
あかん、あかん。もし愛宕さん、愛宕さん。事情お話ししますけど、今も申
しましたよぉにお賽銭とおロォソク代入ってますけど、わたいのお小遣いも
入ってまんねん。
●えらいすんまへんけど、放り込んでしまいましたんでお小遣いだけ返して
もらえまへんか。ねぇ、ちょっと、もし、みな返せ言ぅてるわけやおまへん
がな、お賽銭とおロォソク代は取ってもろてもかいまへんねん。わたいのお
小遣いだけ返しとくなはれな。お小遣いだけっちゅうてますねん、無理言ぅ
てますか？
●もし、おい、あたちゃ〜〜ん◆またやがな「あたちゃ〜ん」●返してくれ、
返して、なぁ、返してぇな盗人◆あんたホンマに神信心に来てまんのかいな、
お詣りする態度と違いまっせ●そぉかて、わたいのお小遣い……、いぃ〜〜
◆泣きなはんな、えぇ歳してどんならんで。
◆あんたが間違ごぉて入れなはったんだっしゃないか。上げときなはれ、昔
からえぇことが言ぅてまっしゃろ「神さんにお賽銭上げといたら、敷居の下
から回って来る」ちぃまんねん、上げときなはれ。間違いおまへん、敷居の
下から回って来ます。
●さよか、敷居の下から回って来ますかえ？ 言ぅて敷居の下ジ〜ッと見て
るわけにいきまへんで……。あぁ〜、そぉか。分かりましたわ。あんた「上
げとけ」言ぅて上げさしといてでっせ、あとから愛宕さんから何ぼか歩(ぶ)ぅ
もらお思て◆アホなこと言ぃなはんな。上げときなはれ。
●分っかりました。この人のお勧めもおまっさかい、上げときまっさ。その
代わり、これからチョイチョイお詣りに来まっけど、しばらくはお賽銭上げ
まへんで、先払いしてまんねんさかいな。きょう日お賽銭の先払いするてな
人間少のまっせ、その代わり顔よぉ覚えとくなはれや。わたいのイラチきっ
ちり治してもらわな困りまっせ。
●取るもんだけ取っといてでっせ、しばらくして「実は、お前のイラチは治
らぬ」なんちゅうこと嫌でっせ。そんなこと言ぅたら、わて飛んで来てゴ〜
ンといくで。分かったな、こんなくろとけプッ！
●わぁ〜、神信心したあとて気持ちのえぇもんやなぁ♪ふぅ〜ん、んん〜〜
ん♪っと、♪ふぅ〜ん、んん〜〜ん♪っか、神さんもずいぶん喜んだはった。
今度は下りか ♪ふぅ〜ん、んん〜〜ん♪っと、よっと、よっとさの、こら
さの、どっこいさ……。よっと、よっとさの、こらさの、どっこいさ。
●もぉ下りた。やっぱり下りは早いなぁ。腹減ってきたなぁ、ここで揚げ店
借りよ。ちょっとすんまへん■何です？●揚げ店貸してもらえますか？■お
弁ですか、どぉぞお使い。何でしたら、お湯(ぶ)上げまひょか●結構です。
わたいどぉいぅもんか、弁当つかうときにはあんまりお茶いただかんのです。
■……？ ところで何です、それ？●弁当をば風呂敷きで……■あんたとこ
の風呂敷きは形が変わっててオモロまんなぁ、ヒモが二本付いてて●ヒモが
二本？ わ、わ、わ〜ッ、嫁はんの腰巻きやがな■あんたとこは変わったも
んで弁当包みまんねんなぁ、お宅の家風ですか？
●家風っちゅうわけやおまへんけども……、何じゃいなこれ。けど、まぁよ
ろしぃがな、人の嫁はんのんとちゃいます。うちの嬶のんですから、わたい
が辛抱したらよろしぃねん。ちゃ〜んと弁当はこの通り■ほほぉ〜、あんた
の弁当、枕によぉ似てまんなぁ。
●枕？ わ、わ、わ〜ッ、枕やがな。ほんだら何かいな、枕、腰巻で包んで、
それ首へ括りつけて、町ん中行たり来たりしてたんかいな。馬鹿にしやがっ
てホンマにもぉ、嬶のやつめ。えらい目に遭わしやがった、家帰ったらどん
な目に遭わすか、覚えてけつかれ。
●ウゥ〜〜〜ッ、ウゥ〜〜〜ッ……、あッ、鳥居があった。また天神さんま
で来てしもたがな。嫌んなってきたなぁ。東と西と行たり来たり、行たり来
たり、嫌んなってきた。ホンマに帰ったらどんな目に遭わすか……
●今、戻った！！◆お帰りやす●お帰りも糞もあるか、この、この、この、
あほんだら、あほんだら、ボコ、ドス、ベコ、ボコ◆ちょっと、待ちなはれ、
待ちなはれ●待ちなはれも糞もあるか。ボコ、ドス、ベコ、ボコ、この、あ
ほんだら……、おれに恥かかしやがって。
◆待ちなはれっちゅうのに、そぉいぅ声は隣の辰っつぁと違うんか？●そぉ
いぅ声は、あんた、隣のお梅はんでっか？……
わぁ〜ッと飛んで帰って、おのれの嫁はんの前へ手ぇつかえて、
【さげ】
●ただいま、えらい失礼(ひつれぇ)いたしました……。
【プロパティ】
ドイツのクレマッチ＝ドイツの精神科医で人の気質を類型学的に分類した
のはクレマッチではなく、エルンスト・クレッチマーである。
愛宕山＝京都市北西端、山城と丹波の国境にある山。海抜924メートル。
山頂に愛宕神社がある。
楊枝で口すすぐ＝この楊枝とは柳の小片を箸(はし)のように削り、先端を
叩いてふさのようにした楊枝。ふさ楊枝。打ち楊枝。
いちびり＝ふざけまわる人。「市振る」の転訛で、その市振りの嬌態から
来たもの。
天神さん＝人通りが多い天神さんということから、北野天満宮か？ もし
そうなら、イラチの辰っつぁんの住んでいるのは今出川通りのズッと
西、現在の右京区御室あたりではなかったか？ 西へ行けば、広沢の
池を通り嵯峨野から化野念仏寺、清滝、愛宕山鳥居前へと出られる。
歩(ぶ)＝歩合。分け前。
揚げ店＝明治時代までの大阪の商家は軒が深かったので、その軒下へ店の
間から揚げ店という畳一帖ほどの揚げ床几を出したもの。
お湯(ぶ)＝白湯またはお茶。
音源：桂枝雀 1982/01/31 枝雀寄席(ABC)
【作成メモ】
●参 照 演 者：main＝桂枝雀 sub＝＊
●main高座記録日：1982/01/31 ●番 組 名：枝雀寄席(ABC)
●ファイル公開日：1996/10/27 ●江戸落語相当：堀の内
●更 新 日：2016/06/19 ●リクエスト数：
●注 意 事 項：内容を削除、追加、改訂している部分があります。
記録日のmain演者によるさげを採用しました。
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