【主な登場人物】
お前(ま)さん、丼池の甚兵衛はん、天満源蔵町の笊(いかき)屋重兵衛はん
丼池筋の通行人、堂島の相場師、番頭
【事の成り行き】
経済活動というのはすなわちモノを売るということなのですが、モノには
物品のように見て触れる場合もあり、サービスやシステム・ノウハウという
目に見えない触ることができないモノの場合もあります。
見えても見えなくても、触れても触れなくても自分が良いと思うモノを売
る場合、営業活動が苦になりません。行く先々で芳しくない応対をされても
熱心に売り込めるんですね。ところが、自身あまりパッとせんなぁと思って
いるモノを売る場合、自然と営業の足が重くなってしまいます。
「こんなもん、買うヤツおらんやろ」の気持ちでモノ売りに回ったところ
で売れるわけないです。しかし現実は厳しくて、営業たるものどのような商
品、サービスであれ会社が売ると決めたものは売らなければならない。
事務所の壁にホワイトボードが掛かってて当月の売上ナンバーワン、累計
売上ナンバーワンを表示してある光景をよく目にします。選挙事務所よろし
く名前の上にバラの花なんかが刺してあって期末には表彰されるんでしょう。
売上成績が即、給料に反映する営業マンとしては何がなんでもグラフの棒
を伸ばさなければならないところでしょうが、売っているモノがどんなもの
であるか、おのれの心に問うてみる時があっても損はありません。
「こんな良いモノ、ぜひ売り込もう」なのか「こんなもん、買うヤツおら
んやろ」なのか……。人間として気持ちよく生きるためにも、気持ちよく営
業活動したいと思います。最悪、成績のためだけに犯罪の片棒を担ぐような
営業にならないよう、くれぐれもお気を付けください。仕事だけが人生やな
いですからね(96/10/06)。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
しばらくのあいだ、お付き合いを願います。
■さぁ、こっち入りや●へぇ、へぇ■「へぇへぇ」やないがな、今うちのヤ
ツお前とこ呼びにやったんやが、うちのヤツ行たかいなぁ？●へぇ、うちの
ヤツ今うち来てくれよりましてね「先、うち帰る」言ぅてうち帰りよりまし
たけど、まだうち帰りまへんかいな、うちのヤツ。
■これこれ、そない言ぅたらどっちの嫁はんや分からんがな●分からなさい
わい、一緒に使かお■そんなアホなこと言ぅねやないがな。いやいや、呼び
にやったといぅのはほかでもないねで、おまさんがまた遊んでるといぅこと
を聞ぃたんでな、小遣い儲けをやらしてやろぉと、こぉ思てな。
●小遣い儲け、結構です。どぉ〜いぅことです？ どぅ〜ゆぅ〜ことです？
■「どぉいぅことです」て、こっちが言ぅまで黙って聞ぃてなはれ。わたし
の友達にな、天満の源蔵町、笊(いかき)屋重兵衛といぅ笊屋をやっている男
がある。売り子を一人紹介してもらいたいちゅうてきたんやが、どや？ お
まさん行くか？
●なるほど、笊の売り子。おもしろそぉです、やらしてもらいます■そぉか、
行くといぅのなれば紹介状といぅか手紙が一本書いてあるでな、これを持っ
て行といなはれ●さよか、えらいすまんこってす。
■それから、向こぉ行ってもおまさん、あんまり要らんことベラベラしゃべ
らんよぉにな、おまはんだいたいしゃべりやさかいな、男のしゃべりはみっ
ともないで「三言しゃべれば氏素性が現われる、言葉多きは品少なし、口開
いて五臓の見えるあくびかな」ちゅうてな、向こぉ行ってもなんにも言わん
よぉに「委細はお手紙でございます」ちゅうてこの手紙渡したら分かるよぉ
になったぁるよってな。
●ほな、これから行てきます■「行てきます」はえぇけど、おまはん行く道
は分かったぁるかえ？●行く道ですか？ 行く道なれば、これからとりあえ
ずナンバへ出まして、南海電車乗って堺の大浜で降りまして……
■これこれ、おまはんどこへ行くつもりや？ ハマグリ獲りに行くのと違う
で。どこ行くつもりや？●天満の源蔵町でしょ■「源蔵町でしょ」て、天満
の源蔵町行くのに堺行ってどぉするねん●ですから、堺のほぉから天満のほぉ
へね■堺のほぉから天満のほぉへ行けるか？●行けまへんか？
■「行けまへんか？」て、そんなもんが行けるか●さよか？ おかしぃなぁ？
そぉかなぁ？ ほな、堺の人は生涯天満へ行けん……■団子理屈を言ぃなは
んな。堺から天満へは行けるわいな、けど大阪の丼池(どぶいけ)から天満へ
行くのに何でいっぺん堺回って行かんならんねん？ それを団子理屈やいぅ
ねん。分からなんだら尋んねなはれ「問うは当座の恥、問わぬは末代の恥」
ちゅうてな。
●尋んねまひょか？■言わいでも尋んねなはれ。うち表へ出るとこれが丼池
筋●そぉ、これが丼池筋でね■これをド〜ンと北へ突き当たる●わぁ、デボ
チン打つわ■何でデボチン打つねん？●北へさしてド〜ンと突き当たったら、
ゴ〜ンとデボチン打ちまっせ。
■それが「要らんこと言ぃ」やちゅうねん、黙って聞きなはれ……。と、こ
の丼池の北浜には橋が無い●そぉそぉ、昔から無い未だに無いこれ一つの不
思議■別に不思議なことはないけれどもな「橋無い川は渡れん」てなことが
言ぅてあるな●渡るに渡れんことおまへんで、お言葉返すよぉですけど。
■どないして渡んねん？●船で渡るとかね、泳いで渡るとか■それではこと
が大胆ながな●ほたらいったいどぉしましょ？■いちびらんと聞きなはれ。
右へ曲がって少ぉし行たところに栴檀(せんだん)の木橋といぅ橋がある●栴
檀の木橋、知ってま知ってま、この橋渡りまんねな。
■いやいや、これは渡れへんねん。もぉ少々行くとあるのが難波(なにわ)橋
●難波橋、これも渡りまへんな■今度は渡たんねん●ん〜ん、せぇだい逆ら
え■誰が逆ろぉてんねん、おまはんじゃろが。これを渡ったところ一帯が天
満の源蔵町「笊屋重兵衛」と書いた大ぉきな看板が掲がったぁるで、すぐに
分かると思うけれども、分からなんだらせぇだい尋んねながら行きなはれ。
●さよか、おっきありがとぉ。
●あの人も何じゃかんじゃいぅて親切な人やで、人が遊んでるっちゅうこと
を聞ぃたら仕事を世話してやろやなんて、ありがたいことやなぁ。小遣い儲
けを世話してやろやなんて、ありがたいことやなぁ。けどなんやで、あの人
もあぁして人に仕事世話しといては、あとでぼやいたりすんねで「あの男に
はちょいちょい仕事世話してやるが、ただの一度として礼を言ぃよったこと
がない」
●ぼやくぐらいなら頭(たま)から世話せなんだらえぇと思うねんけれども、
根があんまり賢いことないもんやさかいに■誰が賢いことないねん？●おっ！
あれっ？ 甚兵衛はん何でそこにいてなはんねん？■「何でいてなはんねん」
て、おまはんクル〜ッと向こぉ向いてズボ〜ッと立ったままもの言ぅてんね
んで●わぁ、歩くのんコロッと忘れてた。慌てもん！■おまはんが慌てもん
や、早いこと行きなはれ！
●嫌んなってきたなぁ、わいは何でこんな慌てもんやろなぁ、歩くのん忘れ
てんねん。何や言ぅてはったなぁ「分からなんだら尋んねなはれ、問うは」
何か言ぅてなはった「とうは……、戸ぉは開けとくより閉めといたほぉが用
心がえぇ」てなこと言ぅてなはった。誰ぞにいっぺん道尋んねたろ。
●しかし何やで、おんなじ道尋んねんのでも、忙しそぉにしてるヤツに尋ん
ねんと、落ち着いたヤツに尋んねると手間がかかってどんならんよって、誰
ぞ忙しそぉにしてるヤツに……、わ、わ、わわ、わぁ〜ッ。向こぉから走っ
て来るヤツ、こいつにいっぺん尋んねたろ。
●ちょっとお尋んねします◆はい、何です？●あんた、えらい急いでなはん
なぁ？◆わたい、ちょっと心急(ぜ)きでんねん●何がそんなに心急きでんね
ん？◆うちの家内に気が付いてまんねん●あんたとこの嫁はんにケツネが憑
いた？◆ケツネと違います。気ぇです、気ぇ●何のケェです？
◆分からん人やなぁ、産気です●あぁ参詣、お稲荷さんへ？◆違う違う、産
気●新聞の？◆子どもが生まれまんねがな●子ども、めでたいなぁ。オンか
メンか？◆口の悪い人やなぁ、生まれてみな分かりますかいな●それであん
た、赤ちゃんが生まれよぉといぅ最中(さなか)にいったいどこへ行こぉとな
さるんです？
◆「どこへ行こぉとなさるんです」て産婆はんを呼びに行きまんねがな●な
るほど、産婆さんを……、こら急がなあきまへで。そらそぉでっしゃないか、
産婆さんもまだお越しにならんのにでっせ「ホギャ」ポコッなんて生まれた
ら大ごとでっせ。そら急ぎなはれ、それ急かないけまへん。ところでちょっ
ともの尋んねますが……
◆尋んねんねやったら、なるべく早いことしとくなれ●へぇ……、つかんこ
と尋んねまんねんけど、あんた、丼池の甚兵衛はんちゅう人ご存知ですか？
◆そんな人知りまへん●「知りまへん」おかしぃなぁ、こないだウドンよば
れたがな◆知らんがなそんなこと……
●向こぉの家、表出るとこれが丼池筋でんねん、これをば北へド〜ンと突き
当たる、言ぅたらあんた「デボチン打つ」てなこと言おと思て……◆そんな
こと、別に思てまへん●「思てまへん」て、ここ思うとこでっせ。あんたも
思てる思てる、それが証拠に鼻がピコピコッと動いた◆動きますかいな。
●と、この丼池筋の北浜には橋が無い、昔から無い、未だに無い、これ一つ
の不思議。何の不思議なことあろぉか、橋無い川は渡れん。渡るに渡れんこ
とない。どぉして渡ろ、船で渡ろか泳いで渡ろか、それではことが大胆な。
ほたらいったいどぉしましょ？
◆何をゴジャゴジャ言ぅてなはんねん？●右へ曲がって少ぉし行たところに
栴檀の木橋といぅ橋がおまんねけれども、この橋わたいが渡ると思うか、渡
らんと思うか？◆そんなこと分かりますかいな●分からんちゅうたかて、人
間には当て推量いぅもんがおまっしゃろ。どぉすると思いなはる、間違ごぉ
てもよろしぃ、間違いを恐れてるよぉでは大きぃもんになれまへんで、どぉ
すると思いなはる？
◆えらい人につかまってしもたなぁ……、橋があんねんさかい渡んなはんね
んやろ●ところが、これ渡りまへんねん。もぉ少々行くとあんのが難波橋、
この橋わたいが渡ると思うか渡らんと思うか？◆またですかいな、最前渡ら
なんだよってに、今度も渡りまへんねやろ●ところが今度は渡りまんねん。
◆せぇだい逆らえ●この橋渡ったところ一帯が天満の源蔵町「笊屋重兵衛」
と書いた大ぉ〜きな看板の掲がったぁるところへ行くには、もし、どぉ行っ
たらよろしおます？◆……？「どぉ行ったらよろしおます」て、今あんたが
言ぅた通ぉりに行ったらよろしぃねん●あぁそぉですか。
●「言ぅた通ぉりや」っちぃやがんねん。ちょっとでも違うてなこと言ぃや
がったら甚兵衛はんとこ引っ張って行ったろ思てたんやけれども「どこが違
うねん、白状せぇ」なんてね、ムチでピチャ！ いたろと思てんけど「言ぅ
た通りや」言ぃやがったら連れて行きよぉがないわい。嫌んなってきたぞ、
ホンマにもぉ。
●けど何やぞ「ものには念には念入れ」ちゅうことがあるよってに、もぉいっ
ぺん誰ぞに尋んねたろ。ひょっとあいつが間違ごぉてよったらあかんよって
に……、わ、わ、わわ、わぁ〜ッ、向こぉからお婆さんの手ぇ引っ張って、
えらい勢いでこっち走ってくるヤツがあるなぁ、あいつにいっぺん尋んねた
ろ。
●ちょっとお尋んねします◆何やねん、ちょいちょいと●「ちょいちょいと」
わっ、おんなじやっちゃ。最前の男や。産婆はんの手ぇ引っ張って走ってよ
んねん。嫌んなってきたなぁ……
アホがあっちで尋んね、こっちで尋んね、やってまいりましたのが天満の
源蔵町「笊屋重兵衛」と書いた大ぉ〜きな看板の下へ立ちよって、
●こんちぁ〜▲はいぃ〜●こんちぁ〜▲はい〜●こんちぁ〜▲はい〜●こん
ちぁ〜▲何べん言ぃなはんねん。どぉしたんじゃ？●ちょっともの尋んねま
すねやが▲どぉぞ尋んねとくれ●「天満の源蔵町」っちゅうのはどの辺りで
しょ？▲あぁ「天満の源蔵町」はこの辺り一帯がそぉですぞ●ほぉ、ここら
一帯がねぇ。あぁ〜たが座ってなはるとこも天満の源蔵町ですか？
▲そぉそぉ、ここら一帯がそぉやなぁ●なるほど、ほなわたしがいてますよぉ
なとこもねぇ▲そぉそぉ●ほな、向こぉで犬がおしっこしてますとこも▲一
帯がそぉじゃ●再びつかんこと尋んねますねやが「笊屋重兵衛」のうちはど
こでしょ？ 笊屋重兵衛▲口の悪い人やなぁ、重兵衛、重兵衛と……「重兵
衛」なら手前じゃぞ。
●手前ですか？ んわぁ〜、ひょ〜しの悪いこっちゃなぁ。どれぐらい手前
ですか？▲違うねん、うちが重兵衛や。面白い人やなぁ……。何でんねん？
そんなとこで大きな声出してんと、こっち入っといなはれ●ほな入れてもら
います、どっこいしょ、こんちぁ〜。
▲どちらから？●わたい、甚兵衛はんとこから寄してもらいましたんで▲そ
れを先おっしゃらんか、どなたか知らんと思いましたがな。それはそれは失
礼(ひつれぇ)しました。どぉぞそこへでも掛けとくなはれ●掛けとおますね
んけど、お尻にでんぼ(出来物)がでけてまんので腰掛けられしまへんねん。
▲さよか……、一服吸いなはるか？●タバコよぉ吸いまへんねん▲お茶あげ
まひょか？●薬飲んでまんので、茶ぁ断ってまんねん▲あんまり愛想がおま
へんなぁ……●何なら、奥へ通ってスキヤキでもよばれまひょか？▲面白い
人やなぁ……、ご用件は何ですかいな？
●それ、言えまへんねん▲何で言えん？●「何で言えん」て、向こぉでくれ
ぐれも言われてきてまんねんで「男のしゃべりはみっともない、三言しゃべ
れば氏素性が現われる、言葉多いは品少なし、口開いて五臓の見えるあくび
かな」ちゅうてね、男のしゃべりはみっともない。向こぉ行てもなぁ〜んに
も言わんよぉに。くれぐれも言われてきてまんので、わてなぁ〜んにも言ぃ
まへん。
▲それではご用件が分かりまへんで●委細はお手紙でっせ▲その手紙わいな
●それ出すのん、コロッと忘れてんねん……、慌てもん▲あんたが慌てもん
や。面白い人やなぁ……、あぁ……、そぉ……、こないだ甚兵衛さんにお頼
みしといた「笊の売り子」あったんやそぉですなぁ●そぉそぉ、あったんや
そぉです▲うちはいつからでも結構です。どぉぞお帰りになりましたらすぐ
んでも来ていただきますよぉなことに。
●それもぉ、来ていただいてまんねんけど▲さよか。それはそれは失礼しま
した。どぉぞこっち入ってもろとくなはれ●それもぉ、入らしてもろてます
ねんけど▲どこにいてなはんねん？●最前からあんたの前でニコニコ笑ろて
る、この機嫌のえぇ男▲あんたかいな●あんたでんがな。
▲人事みたいに言ぅてる……、面白い人やなぁ。いやいや結構です。笊の売
り子やみな面白いぐらいのほぉがよろしぃ。いつから行とくなはる？●今か
ら行きまひょか▲今からとは急なが……、いやいや、うちはいつからでも行
てもらえますよぉに、ちゃ〜んと荷ごしらえだけはしてございますのでな。
▲はじめから品数が多いとややこしぃ。大間目(まめ)、中間目、小間目に米
を揚げる米揚げ笊と、この四通りにしておます。何でこぉして売りに行ても
らいますかと申しますと、二八(にっぱち)と申しまして二月と八月に切った
竹はどぉといぅことはないんですが、あいだに切った竹は虫がついて粉を吹
きます。
▲使い込んでもらうとどぉといぅことはないんですが、やっぱり買いなはる
時、皆さん方嫌がりなさる。うちで売るわけにいかん、こぉしてあんさんに
売りに行てもらいます。売ってもらいます時にちょっとコツがおましてな、
笊をば二ぁつでも三つでも重ねてもらいます。上から（ポンポン）と叩いて
もらう。
▲「叩いてもつぶれるよぉな品もんと品もんが違います」「強いねんなぁ、
丈夫やねんなぁ……」なかなかそぉやおません。叩いて粉ぉを下へみな落し
てしまいます。これが商売の駆け引き、コツですなぁ。
▲値ぇはそれぞれ紙に書いて入れておまんので、その値ぇで売ってもらいま
したら、お礼はこちらから別にさし上げますで●さよか、ほな行てまいりま
す。いょ〜いとしょッと「いかぁ〜きぃ〜〜ッ！」▲び、ビックリしたぁ〜
家の中で大きな声出してどないしまんねん、うちゃ買いまへんで●何で買わ
ん？▲「何で買わん？」うちが笊屋やがな●あ、そぉか。
●「いかぁ〜きぃ〜〜ッ！」▲まだ言ぅてなはる、近所も買いまへんで●何
で買わん？▲「何で買わん？」て、うちが笊屋やがな●あ、なぁるほど。そ
こ安売って老舗つぶそかな▲何言ぅてなはんねん。早いこと行きなはれ。
こぉ言ぅとぉりますけれども、この男ホンマはいたって気のあかん男で、
いわゆる内弁慶っちゅうヤツでしてね。いちびることはいちびりますが、マ
ジのことになりますといぅと皆目気があかん。
表へ出ますと人なかで声のひとつもよぉ出しよらん。口ばっかりパ〜クパ
ク開けよって……、
●聞こえへんやろなぁ……、言ぅてる自分にも聞こえへんねさかい。いっぺ
ん思い切って声出してみたろ……。イカキ……！ いかき……！ 何や、笊
ぶつけてるよぉやなぁ。ちょっと高い調子でいったろかなぁ……、いか〜〜
きゃ、イカキ！★イワシ屋は〜ん。
●じゃかしわい。ちょっと高過ぎたかなぁ、低いほぉでいたろ……、いか〜
き、や、イカキ★磨き砂屋は〜〜ん●黙ってぇ〜。何や言ぅてなはったなぁ
「はじめから品数が多いとややこしぃ、四通りにしたぁる」言ぅてなはった。
あれ言ぅてみよ。
●「おぉ〜まめ、ちゅうまめ、こまめに米を揚げる米揚げいか〜〜き」おぉ、
これで売り声になったぁるがな、なるほどなぁ「おぉ〜まめ、ちゅうまめ、
こまめに米を揚げる米揚げいか〜〜き！ は、どぉでおます……」「どぉで
おます」やなんて、段々上手になってきたがな。
「おぉ〜まめ、ちゅうまめ……」とアホが大声出してやってまいりました
のが堂島でございます。ご承知のよぉに米相場の立ちました所で「堂島の朝
のひと声は天から降る」てなことを申しまして、強気の方も弱気の方もその
日の辻占、見徳(けんとく)といぅものをなさったのでございます。
強気の方は昇る、揚がるといぅことを喜ぶ、また反対に弱気の方は降る、
下がるといぅことを喜ぶ。強気も強気、カンカンの強気の家の前に立ちよっ
て「米を揚げる米揚げいか〜〜き！」こんな験(げん)のえぇ言葉はございま
せん。米が揚がる米揚げ笊、これがこの家(や)の旦さんの耳に入りましたか
らたまりません。
「番頭！ 藤兵衛！」「へぇ〜い」普通の家ならお辞儀をいたしますが、
この家では頭が下がる、下がるのが気に入らん「番頭！ 藤兵衛！」「へぇ〜
い」とそっくり返っとぉる。
■いま表で大きな声がしてるが、あら何じゃ？▲笊屋が米揚げ笊を売りにま
いっとります■米、揚げ、笊、とは気に入ったやないか。呼んで買ぉてやれ
▲かしこまりました。お〜い、笊屋ぁ〜、戻っといでぇ〜戻っといでぇ〜！
と、普通なら招きますが。招くと手の先が下がる、これが気に入らん「お
〜い、笊屋ぁ〜、戻っといでぇ〜」堂島のすくい上げっちゅうて、すくい上
げとぉる。
●米を揚げる米揚げいか〜〜き▲さぁ、その声が気に入って、旦さんが買ぉ
てやろぉとおっしゃる……、暖簾が邪魔なら外してやろか●アホらしもない、
暖簾を頭で上げて入る■上げて入りよったがな番頭どん、嬉しぃやっちゃな
みな買ぉてやるぞ。
●みな買ぉてもらいましたら、お家へ放ぉり上げる■わっ！ 放ぉり上げよっ
た。嬉しぃやっちゃ気に入った。財布をもっといで、さぁ笊屋、嬉しぃやっ
ちゃ一枚やるぞ。
●こんなんもらいましたら、飛び上がるほど嬉しぃ■飛び上がる、もぉ一枚
やろ●二枚ももらいましたら、浮かび上がります■浮かび上がる、財布ぐち
やろ。お金は大事にせないかんぞ。
●大事にいたしませぇでかいな、神棚へ上げて拝み上げとります■拝み上げ
てる、着物三枚ほどこしらえたげたってんかこの男に、嬉しぃ男やでホンマ
に。で、お前兄弟はあんのか？●上ばっかりで■上ばっかり、米五斗ほど運
んでやんなはれ。嬉しぃ男やなぁ、兄さんはどこにいてんねん？
●淀川の上の京都でおます■淀川の上、っちゅうのが気に入ったやないかい
な、借家十軒ほどやってくれこの男に、嬉しぃ男やで、兄さんどんな男や？
●高田屋高助と申しまして、背ぇの高ぁい、鼻の高ぁい、偉高い、気高ぁい
男でおます■須磨の別荘やってんか、嬉しぃ男やなぁ、姉さんはどこにいて
んねん？
●上町の上汐町の上田屋上右衛門といぅ紙屋の上(かみ)の女中をいたしてお
ります■たまらんなぁ、大阪のお城と、梅田のステンショやってくれ……
▲そんなアホなことをおっしゃる……、旦さん何をおっしゃんねん、そんな
無茶なこと言ぅてもろたら困りまっせ。そぉ何でもかんでも上げてしもたら、
うちの身上(しんしょ)が潰れてしまいまんがな。
【さげ】
●アホらしもない、潰れるよぉな品もんと（ポンポン）品もんが違います。
【プロパティ】
笊(いかき)＝ざる。
丼池の北浜＝丼池の北にある浜、つまり大川岸。
いちびる＝調子に乗ってはしゃぐ。ふざける、ほたえる、付け上がるほど
の意味を含んでいる。「市振る」の転訛で、その市振りの嬌態から来
たもの。
栴檀(せんだん)の木橋＝中之島と中央区北浜を結ぶ橋。土佐堀川をまたぐ。
難波(なにわ)橋＝大阪市北区西天満と中央区北浜を結ぶ橋。堂島川・中之
島・土佐堀川をまたぐ。
天満の源蔵町＝北区西天満１丁目あたり。
ぼやく＝つぶやく。ブツブツと不平をいう。小言をいう。
間目(まめ)＝笊(いかき＝ざる)の目の粗さ。
相場師の強気、弱気＝取引で、相場が上がると予想し買い続けることを強
気といい、逆に相場が将来下がると予想して売り続けることを弱気と
いう。
見徳(けんとく)＝前兆。予感。縁起。
験(げん)＝げんがえぇ、げんが悪いなど、兆しの意味に用いられる。現在
は験の字を当てるが、縁起(えんぎ)の倒語ギエンをゲンと約めたもの。
上(かみ)の女中＝店の賄いや雑用をする下の女中にたいして家の中、家族
の身の回りの世話をする女中。上(かみ)：商売に直接関係しない家庭
生活に関する場所、奥向き。商家特有の言葉。
身上(しんしょ)＝財産。身代。しんしょう。
音源：桂枝雀 1981/11/22 枝雀寄席(ABC)
【作成メモ】
●参 照 演 者：main＝桂枝雀 sub＝＊
●main高座記録日：1981/11/22 ●番 組 名：枝雀寄席(ABC)
●ファイル公開日：1996/10/06 ●江戸落語相当：ざるや
●更 新 日：2016/05/22 ●リクエスト数：
●注 意 事 項：内容を削除、追加、改訂している部分があります。
記録日のmain演者によるさげを採用しました。
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