【主な登場人物】
松っちゃん ご隠居 通りすがりの人 伊勢屋の番頭 竹やん
【事の成り行き】
「褒め育て」という教育法があるらしく、出来の悪い子どもでも「一生懸
命」を褒めてやると力が付いてくるのだとか。また、自身を褒めて自己暗示
にかけると眠っていた能力を引き出せるとも聞きます。
人間褒められて悪い気はしませんわなぁ、たとえおべんちゃら、脳の記憶
回路から直接口に出た常套句であっても、それが元で人間関係がギクシャク
するということはありません。
逆に痛いところを指摘されると、一瞬「なにぃ、こんちくしょ〜」となる
んですけど、それが因縁で人間関係がより深まるということもあるようです。
飴ばかりでなくときには鞭を振るう、緊張と緩和理論は落語の世界ばかりで
はありません。（1996/09/04）
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
え〜、しばらくのあいだ、お付き合いを願います。
もぉ落語のほぉは毎度お馴染みでございまして、能天気な男が一人表から
飛び込んでまいりますのが噺のキッカケでございまして。
●こんちやぁ■誰やと思たらおまはんかいな、まぁこっち入ったらどや●今
そこで芳っさんに会ぉたんです、芳っさんに。ほたら芳っさんがね「あんた
とこへ早いこと行てこい、ただの酒があるよってによばれてこい」言ぅてね
「早いこと行かな、ほかのやつに呑まれてしまうぞ」言ぅてね「早よ行け、
やれ行け」言ぅてね、実、芳っさんに言われて飛んで来ましたよぉなことで
ね。
●お宅に「ただの酒」がおまんねやったらいっぺん呑ましてもらえまへんや
ろか「ただの酒」■これこれッ、ちょっと待ちなはれ、人の家いきなり入っ
て来るなりバタバタと「ただの酒があったら呑ましとくなはれ」アホなこと
言ぃなはんな、どこぞの世界に「ただの酒」てなものがあるかいな。
●「あるかいな」言ぅたかて、芳っさんそこで「ただの酒があるさかい、早
いこと行ってよばれてこい」ちゅうて……■やかましぃなぁ、ちょっと待ち
なはれ。違うがな、話あんじょ〜聞きなはれ。家(うち)ゃな、灘の酒屋に親
戚があってな、毎年この時分になると樽で一丁ずつ送ってきてくれるのじゃ。
今朝それが着いたんで、芳っさん「灘の酒」と言ぅたんをお前さん慌てもん
やさかい「ただの酒」と聞き間違ごぉて来たんじゃ。
●あ、さよか「ただの酒」と違いまんのん「灘の酒」ですかいな、聞き間違
ごぉてまんねん。「なだ」でも「ただ」でもどっちゃでもえぇ、一杯呑まそ、
気の汚い……■これこれ、どっちが気が汚いんや、アホなこと言ぃなはんな。
まぁ、一杯や二杯呑まさんことないけれども、何ちゅうものの言ぃよぉする
ねん。
■「一杯呑まそ、気の汚い」そんなこと聞ぃてやで「さぁ、呑みなされ」言
えるか？ ものは持って行きよぉやで●持って行きよぉですか？■そらそや
ないか、昔からえぇことが言ぅたぁある「丸いタマゴも切りよで四角、もの
も言ぃよで角が立つ」ちゅうてな、人に酒の一杯もおごってもらおと思たら、
もぉちょっと持って行きよぉ考えないかんで。
●さよか■そらそぉじゃ●どぉ〜いぅ風に、でゅ〜いぅ〜ふぅ〜に？■そぉ
じゃなぁ、べんちゃらの一つも言ぅて、相手をちょっと嬉しぃよぉな気にさ
してやで、向こぉのほぉから「どや、一杯」と言わすよぉに持って行かなあ
かん●べんちゃらの一つも言ぅてねぇ、でゅ〜いぅ〜よぉ〜な？
■そやなぁ、しばらく会わんかった知り合いに、ばったりと道で会うことが
あるなぁ、そんなとき、おまさんならどんな応対をするな？●おい、お前ま
だ生きとんのか。ひつこいなぁ……■それでは喧嘩やがな、アホなこと言ぃ
なはんな。そんなこと言ぅて誰が酒を呑ましてくれる。
■そぉいぅときには持って行きよぉやで「しばらくお目にかかりませんでし
たが、どちらへ？」と丁寧にいかないかんで●なるほど「しばらくお目にか
かりまへんなぁ」言ぃまんねんな■そや、それが話のきっかけやなぁ。先さ
んが「ちょっと商売のことで岡山のほぉへ」とでもおっしゃったら「どぉり
でお顔の色がえろぉ黒ぉおなりになって」てなことをなぁ……
●あんた、何言ぅてなはんねん「お顔の色が、えろぉ黒ぉおなりになって」
人間はねぇ「顔の色が白い」ちゅうたら喜びまっせ「黒い」てなこと言ぅた
ら大抵のやつ、怒りまっせ■お前(ま)はんらに言われんでも分かったぁる。
はじめにちょっと嫌がらしとくと、あとで言ぅべんちゃらがホンマもんに聞
こえるのじゃ。
●わざと言ぃまんのん？■わざと言ぅんやなぁな……「しかし、お顔の色が
黒なりはるてなことでしたら、代償はお金儲けでございましょ。実にあんた
とこの旦さんは幸せなお方、旦那は家で煙草を吸ぅてなはっても、お金はあ
んたが旅先から為替っちゅうやつでドンドン送ってきなはる。いながらにし
てお金儲けができる。といぅのも番頭さん、あぁ〜たのお蔭」
■「あんたはあのお店には無くてはならんお方、大黒柱、芯柱。近所でもや
かましぃ評判でっせ、番頭はんやなかったらどもならん、ちゅうて。やぁれ
ご番頭の色男」てなこと言ぅてみぃな、これだけのこと言われて人間黙って
られるもんやないで「やぁ、松っちゃん嬉しぃこと言ぅてくれるなぁ。何に
もないけど、ちょっと天ぷらでビールなと呑んでいけへんか」てなことをな。
●なぁ〜るほど、そぉいぅふぅにねぇ。天ぷらでビールなと……、わて天ぷ
ら好きだんねん、ありがたいなぁ。それであかなんだら、あんたが呑ますか？
■何でわしが償(まど)わんならん。そぉいぅときには奥の手を出したらえぇ
なぁ。
●ほぉ〜、奥の手をねぇ。なるほど、奥の手を……、脇の下から？■相手の
歳を尋んねるんやなぁ●歳を尋んねる？■歳を尋んねるのが奥の手やなぁ。
「失礼(ひつれぇ)なことをお尋んねしますが、あんさんお歳はお幾つで？」
先さんが四十五とでもおっしゃたら「四十五？ とはお若こぉ見える、どぉ
見ても厄そこそこ」てなことを言ぅなぁ。
●ケッタイなこと言ぃまんねやなぁ「四十五とはお若こぉ見える、どぉ見て
も百そこそこ……」相手が喜びますか？■お前はアホか、誰が百そこそこや
言ぅてん「厄そこそこ」男の厄年を四十二としたもんやなぁ、四十二、三で
ございましょ〜と、ちょっと歳を若こぉ言ぅ。こら、幾つ何十になっても嬉
しぃもんやなぁ。
■「松っちゃん、そない若こ見えるか？ 嬉しぃこと言ぅてくれるなぁ、何
にもないけど、ちょっと天ぷらでビールなと呑んでいくか」といぅよぉなこ
とになるなぁ●うまいことビールに天ぷら持ってきなはんなぁ。けど、なん
でっせ。うまいこと四十五のやつに会やぁよろしぃで、世の中、四十五ばっ
かりが歩いてるわけやおまへんで。ひょっと相手が「わたしゃ五十です」て
なこと言ぅたらドキッとしまんなぁ。
■別にドキッとせぇでもえぇがな。五十なら四十七、八といといたらえぇが
な●あさよか、五十は四十七、八■そぉや●これを覚えとかないかん……、
けど、六十と言われたら「ドキッ」■何でそないドキッとするんや？ 六十
なら五十七、八やがな●あ、そぉか。六十は五十七、八か、なるほど。ほな、
七十は？
■六十七、八やがな●八十は？■七十七、八やがな●九十は？■八十七、八
やがな●百は？■……、百？ 百にもなろぉてな人が道ひょこひょこ歩いて
るかい？ 考えられるか？●百なら家で寝てんならんてな決まりおまへんで、
何ぼになろぉがひょこひょこ歩く人は歩きまんがな。ひょっと「わたしは百
です」言われたらどぉしまんねん。
■まぁ、九十五、六とか。七、八とか言ぅといたらえぇがな●そぉか、百な
ら九十五、六とか七、八……、あるもんやなぁ。ほな千とか万は？■えぇ加
減にしとかな怒るで。千とか万てな歳の人がこの世の中にあんのか？●「あ
んのか？」そらいけまへんで、そらあんたの悪い癖でっせ、物事を決め付け
るてな。わたいの聞ぃた話では地球の裏側にも人間いてるそぉでっせ、どこ
にどんな人がおるや分かりまへんで、ひょっと万てなやつおるやも分からん。
●けど何でんなぁ、万てなやつに道でばたっと会ぉたら、オモロイやろなぁ
「あんたお幾つです？」「わたし、万です」「万？ とはお若こぉ見える。
どぉ見ても九千九百九十七」■アホなこと……、まぁその順でいたらえぇね
ん。
●ほな、子ども連れてますわなぁ「ぼく、お幾つです？」「こら、十です」
「十？ とはお若こぉ見える、どぉ見ても七つ八つ」と言ぅと向こぉが喜ぶ
か？■誰が喜ぶんねん、小さいお子の場合には反対に歳を余計ぇに言ぅねん
「十ですか？ しっかりしたはりますなぁ、どぉ見ても十二、三には見えま
す」と言わなあかんがな。
●さよか、ほな赤ん坊寝てますわなぁ「この子お幾つです？」「二つです」
「二つ？ しっかりしたはりまんなぁ、どぉ見ても五つ六つ」■いっぺん家
去(い)んでくるか、いっぺん顔洗ろといで。二つの子ぉに五つ六つてなこと
言ぅて、人が信用するか？ ちぃ〜と考えてもの言ぃなはれ。赤ん坊褒めん
のはまた別じゃ。
●別と言ぃますと？■赤ん坊が褒められりゃ、べんちゃらも一人前やなぁ。
その子を褒めると言ぃじょ〜親を褒めることになるなぁ、親の気に入るよぉ
なことをな。まず扇の一本も持って「さて、これがあんさんのお子さんでご
ざいますか。どぉりで目元から鼻筋にかけてはお父さんそっくり、口元から
アゴのあたりにかけてはお母さんそっくり、額の広い所なんかは亡くなった
お爺さんに似て長命の相がございます。栴檀は双葉より芳し、蛇は寸にして
その武威を顕わす、わたしもこぉいぅお子さんに、あぁ〜、あやかりたいあ
やかりたい」
■てなこと言ぅてみぃ、親が喜んで天ぷらで一杯呑ましてくれんねん●なる
ほどなぁ〜、親が喜んで天ぷらで一杯。こらえぇこと聞ぃた、おっきありが
とぉ、さいなら、ごめん。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
●こらえぇこと聞ぃたぞ、ただで酒が呑める工夫がこないぎょ〜さんあると
は思わなんだなぁ。皆あぁしてただで呑んどんのやなぁ、わし知らんもんや
さかいうかっとしてたがな。何じゃかんじゃあったぞ、一番はじめ四十五、
六のやつつかまえて「しばらくお目にかかりまへんなぁ」……、これからか
かったろ。
●えぇ〜と、どこぞに四十五、六のやつわ……、わ、わ、わぁ〜ッ、向こぉ
から来るやつ、どぉ見ても四十五、六や。あいつにいっぺんかましたろ……、
こんちゃ〜、しばらくお目にかかりまへんなぁ▲わたしですか？●あぁ〜た
です。しばらくお目にかかりまへんなぁ▲えろぉ慣れ慣れしぃおっしゃるが、
あんさんどちらはんです？
●どちらはんでしょ？▲根っから、お見受けしたこと無いよぉに思いまんね
やが……●わたいも無いよぉに思いまんねやが……、ときにあんた歳は幾つ
です？▲なぶってたらあかんで！●さ、さいならぁ〜ッ。あぁビックリした、
何で怒りよってんや？ そぉか、四十五、六やけど知らんやつあかんわ。知っ
てるやつやないと。知ってるやつ……、四十五、六。
●わ、わ、わ、わぁ〜、来よった来よった伊勢屋の番頭や。ちょ〜どえぇ、
あいつ知ってる、四十五、六。間違いないわ……、もぉ〜し、番頭ぉは〜ん
伊勢屋のご番頭ぉ〜◆いよぉ、どないした町内の色男●おぉ、向こぉのほぉ
がうまいがな。油断もすきも無いなぁ、こっちが呑まさんならんがな、フン
ドシ締めてかからないかん……
●しばらくお目にかかりまへんなぁ◆今朝、散髪屋で会ぉたで●そぉか……、
今朝、散発屋で会うまではしばらくお目にかかりまへんなぁ◆夕べ、風呂屋
で会ぉたがな●風呂なぁ……、夕べ、風呂屋で会うまではしばらくお目にか
かりまへんなぁ◆どこまで行くねん？ そぉいぅとそれまで、会わなんだか
なぁ。
●そぉでしょ、まぁまぁ、それまではご機嫌さん◆そんなおかしな挨拶しな
いな。ちょっと商売のことで岡山のほぉ行てたんや●え、えぇ〜ッ？ ホン
マですか？ 何じゃこしらえたよぉな……。 商売のことで岡山のほぉへ、
そぉだっしゃろ、どぉりでお顔の色がえろぉ黒なりはりましたで。
◆松っちゃん、あんたが好きやっちゅうのはそこや。気持ちがえぇなぁ、大
抵のもんなら言ぃにくいことは言わんもんやで、そこいくと松っちゃん、お
まはんだけは人が気にするよぉなことでも何でも、ズバ〜ッと言ぅてくれる。
そぉいぅサッパリしたところが好きやなぁ。そない黒なったか？
●黒いの黒ろないの、あんた向こぉの角から出て来なはったやろ、わたい炭
団が着物着て転がって来たんか思た◆アホなこと言ぃないな●いやいや、こ
れからだんがな心配しなはんな。最初はわざと言ぅてまんねんで、ここんと
こしっかり聞ぃとくなはれや。しかしまぁ、ですわ。しかしまぁ、お顔の色
が黒なりはるてなことでしたら代償ですわ。
●大小は落とし差しにしてお金儲けでございましょ？ ですわ。お金儲けで
しょ？◆たいした金儲けやないけどなぁ……●そぉ、たいした金儲けやない
んですけど……◆わしゃ謙遜して言ぅてるねんで●そぉ、わたいも謙遜して
言ぅてまんねんで。謙遜になってまへん？ ゴジャゴジャ言ぃなはんな、し
かしまぁ、お金儲けでございましょ？
●あんたとこの旦さんは幸せなお方や◆幸せなお方か？●お方か？ と聞か
れるとどぉ言ぅてえぇや分からしまへんがな。ちょっと黙ってとくなはれ。
とりあえずは幸せなお方でんねん。と言ぅのも旦那は家で煙草を吸ぅか吸わ
んか知らんけど、とりあえず吸ぅとして、吸ぅてなはってもお金はあんたが
旅先から為替ちゅうのでドンドンと送ってきなはる。
◆為替で送ることもあるが……●そぉでしょ、その為替で送るときにちょい
ちょい誤魔化したりなんぞすることが……◆誰が誤魔化したりするねん●あ
んたはしまへんけれども、よそでする人もあるっちゅう話をですねぇ……、
ですから、とにかくでっせ、ゴジャゴジャ言ぃなはんなや。やかましぃ評判
でっせ。
◆やかましぃか？●わぁ〜わぁ、わぁ〜わぁ言ぅて、あんまりやかましぃん
で雑巾口に入れたろかしらん……？ どぉも喜んでないよぉやなぁ……、で
わこれから、ボチボチ脇の下から奥の手を出すぞ◆……、何やいな？●とき
に失礼なことをお尋んねしますが、あんさんお歳はお幾つで？
◆松っちゃん、それ聞ぃてなや。この頃は何が辛いといぅて、歳を聞かれる
ぐらい辛いことはないねん●そら辛かろぉ、ここまで来たらどぉしても天ぷ
らで一杯おごらんならん。そら辛いに違いない、白状せぇ◆どぉしても言わ
んならん？ 恥ずかしながら今年でいっぱいや。
●？ いっぱい？ 根性の悪いやっちゃなぁ、符丁できやがったな。いっぱ
いとはお若こぉ見える、どぉ見ても八分ん目。いっぱいて、湯飲みで、それ
ともバケツで？◆これ、湯飲みやバケツで歳はかる人あるかいな。わしゃ今
年で四十や●四十？ とはお若こぉ見える、どぉ見ても四十五、六？ 四十
とはお若こぉ見える、どぉ見ても五十五、六？？ 四十とはお若こぉ見える、
どぉ見ても……、六十。四十……、九千九百……、四十、悪い歳やなぁ。
◆悪いか？●悪いなぁ……、今年ロクなことないで、四十は具合悪いなぁ、
聞ぃてないなぁ。ものは相談やけど、そこちょっと四十五になってもらえま
へんか？◆嫌やがな、いっぺんに歳取るのん●そんなこと言わんと、五十で
もよろしぃ、六十でも千でも万でも◆何ぞのまじないでもすんのか？ よっ
しゃ分かった、わたしゃ今年四十五や。
●四十五、とはお若こぉ見える◆当たり前やがな●ホンマやけれども、ちょっ
と芝居してっちゅうてんねん……。四十五、とはお若こぉ見える。どぉ見て
も厄そこそこ。でや、いっぱい呑ますか？◆誰が呑ますかいな、なぶってた
らあかんで●さいならぁ〜。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
●嫌んなってきた、どぉもうまいこといかんなぁ。教えてくれよぉが悪いん
やで、大人はじきに怒るさかいあかんなぁ。そや、子どものほぉにかかった
ろ、子どもは怒らんやろ。今朝、竹やんとこで子どもが産まれた言ぅとった
で、町内のつなぎにえらい祝い取られたっちゅうて嬶(かか)ぼやいとった。
うちも早いこと子ども産んで取り返さないかん言ぅとったなぁ。竹やんとこ
行たろ。
●竹やんいてるか▲わぁ、松っちゃんかいなこっち入って●聞きゃ、お前と
こえらい災難に遭ぉたそぉやなぁ▲験の悪いこと言ぅな。うちゃ子どもが産
まれたちゅうて喜んでんねんで●さぁ、お前とこ喜んでるけれども、町内祝
い取られた言ぅてぼやいてるがな▲はっきり言ぃやがったなぁ、そんなこと
してくれぇでもえぇねんがな。今朝ほどはすまなんだ。
●そんなことはどぉでもえぇねん、もぉ忘れてる。ちょっとも恩に着せてな
いで▲着せてるやないか●着せてるねんけどな……、ちょっと赤ん坊見せて
もらお思て▲見たって見たって、奥に寝てるよって●何ぼでも見せてもらう
で、ちゃんと先に何ぼか払ろたぁるねん▲人の子、見せもんみたいに言ぅて
るなぁ。
●どこに寝てるねん？▲奥に寝てるやろ●奥に寝てる？ 生意気なやっちゃ
なぁ……、わぁ〜これか。竹やん大きぃなぁ▲大きぃやろ、産婆はんもビッ
クリしてた、大きぃ子ぉやちゅうて●こらビックリするわい、大きぃだけや
ないがな、産まれたてのくせに歯が抜けて皺だらけで……
▲そら、お爺やんが昼寝しとぉるねん●こんちゃ▲お爺さんと子どもを間違
えるやつがあるか●わいもちょっと大き過ぎるかなぁ、と思たんやけれど、
お爺やん、ややこしぃとこで寝な……。どこにいてるねん？▲分からんか？
そない広い家やないやろが、産婦のそばに寝てるやろ。
●産婦て何や？▲お咲のそばに寝てるやろがな●あぁ、産婦がお咲、お咲が
産婦。お？ ちゅうことは何か？ つかんこと尋んねますけど、お咲さんが
子ども産んだんか？▲「お咲さんが産んだのか？」て、うちでお咲が産まな
誰が生むねん●皆「竹やん子がでけた、竹やん子がでけた」言ぅてたで。お
前が産んでんやろ。
▲アホなこと言ぃな、男が子ども産んだりするかいな●男は産まんか……、
そぉいぅと、わいも産んでないわ。辰っつぁんも産んでない、六さんも産ん
でない……、ホンに、誰も産んでないねぇ▲当たり前じゃ、感心すな。
●お咲さん、こんちゃ。あんたが産んでんてなぁ、竹やんに子がでけた思て
てん。よぉ産んだなぁ、鉢巻してえらい勢いや……、わ、わ、わぁ〜、これ
やなぁ。こらまた小ぃさいなぁ、わ、わ、わぁ、オモロイ顔して、皺くちゃ
やなぁ……、猿みたいやなぁ、赤い顔して……。竹やん▲何や？●これ、いっ
ぺん茹でたんか？
▲人の子、蛸みたいに言ぅな。赤いから「赤子」言ぅねやないか●あ、そぉ
か。赤いから赤子言ぅんかいな、なかなか理屈に合ぉた子ぉやなぁ。産まれ
たてから理屈言ぅてけつかる……、わぁ、動いてる動いてる、竹やん動いて
る▲動くわいな●上手にでけたぁんなぁ、動いとぉる。おい「おっちゃんお
越しやす」言ぅてみ「おっちゃんいらっしゃい」言ぅてみ。ツンツン……
▲何をすんねんな●行儀を教えたろ思て、挨拶もしよらんさかい▲当たり前
やないか、赤ん坊がもの言ぅたりするかいな●わぁ〜ッ、可愛(かい)らしぃ
手ぇやなぁ、もみじみたいななぁ▲はじめて嬉しぃこと言ぅてくれた、そぉ
いぅふぅに言わないかんで。もみじみたいに可愛らしぃやろ。
●なぁ、こんな可愛らしぃ手ぇして、おっちゃんとこの祝いよぉ取った▲返
す、返すわい……●冗談やがな、気にしぃないな。わッ、この子、手に輪ぁ
が入ってるなぁ▲よぉ肥えてるよって、手首に輪ぁが入ったぁるねん●産ま
れたてから手ぇに輪ぁはめてもろて、大きなったら足に鎖つないでもらえよ。
▲……、お前は子どもの褒めよぉ知らんのか？●ん、何も褒めてへんがな、
褒めんのんは今からじゃ。この子うまいこと褒めたら一杯呑ますか？▲一杯
が二杯でも呑まさんことはない、可愛いぃ子どものこっちゃ。あんじょ〜褒
めてや●今までは褒めてへんわい、これから褒めんねやないか。ちゃんと仕
込んできたぁるわい、心配すな。
●さて、これがあんさんのお子さんでございますか▲最前からずっと見てる
やないか●ゴジャゴジャ言ぅな、どぉりで目元から鼻筋にかけ……、鼻、鼻、
鼻低いなぁ筋あれへんなぁ……、口元……、大きな口やなぁ……、ん〜〜ん
褒めにくい▲褒めにくいっちゅうて唸るな。うまいこと褒めてくれ。
●額の広いところなんかは亡くなったお爺さんに……▲横手で昼寝してるが
な●教えたやつが悪いねん。しかし竹やん、お人形さんみたいやなぁ▲もぉ
何にも言ぃな、嬉しぃこと言ぅてくれた「人形さんみたい」嬉しぃこと言ぅ
てくれた。それで今までの験が皆治った、人形さんみたいに可愛ぃやろ●何
や知らんけど、お腹押さえたら「キュッキュ」いぅてるで。
▲触るな、こっち来い●えぇ〜、ときに失礼なことをお尋んねしますが、あ
んさんお歳はお幾つで？▲誰の歳尋んねてるねん？●誰の歳て、この子の歳
やがな▲幾つも何も、今朝産まれたとこやないか●今朝産まれたとこ？ と
はお若こぉ見える▲アホなこと言ぅな、産まれたてより若かったらどやっちゅ
うねん？
【さげ】
●どぉ見ても、まだ産まれてないみたいや。
【プロパティ】
灘の酒＝灘五郷：兵庫県、灘一帯の酒造地。地域・名称は歴史的には変遷
があるが、現在は西宮郷・今津郷（以上西宮市）・東郷・中郷（以上
神戸市東灘区）・西郷（神戸市灘区）の五郷をいう。
べんちゃら＝おべっか。追従(ちゅしょう)。世辞。おもねりへつらうこと。
弁巧をもってチャラチャラ言う意から出た言葉か。東京では主に上司
におべっかを使う嫌なやつに用いるが、大阪ではもっと軽く、単なる
世辞の意に用いる。
厄＝厄年：災難に遭うことが多いので気をつけるべきだといわれる年。男
は数え年の二五・四二・六〇歳。女は一九・三三歳という。陰陽道で
説かれたものという。
音源：桂枝雀 1981/05/24 枝雀寄席(ABC)
【作成メモ】
●参 照 演 者：main＝桂枝雀 sub＝桂春団治
●main高座記録日：1981/05/25 ●番 組 名：枝雀寄席(ABC)
●ファイル公開日：1996/09/04 ●江戸落語相当：＊
●更 新 日：2016/03/20 ●リクエスト数：
●注 意 事 項：内容を削除、追加、改訂している部分があります。
記録日のmain演者によるさげを採用しました。
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