【主な登場人物】
わて 死神
【事の成り行き】
大病を患って、担当医から「あとホニャララの命です」と宣告されても、
これは経験と勘による推量でしょうから、当たるも八卦・当たらぬも八卦、
何かの拍子に好転し予想を超えて長生きする例が多々あります。
ましてや、今現在こうして元気に暮らしているわたしに余命など知るすべ
もなく、いつか来るであろうその日を、ジッと待ち構えるしか手がないわけ
ですね。
ただ「ジッと待ち構え」ているあいだも日々生活しなければなりませんの
で、それなりの経費が必要となります。手の指で数えられるぐらいの月日な
ら気に病むこともないのでしょうけど、何十年という単位も考えないといけ
ませんから、おのれの最期を静かに迎えるのは楽ではないようです。
いっそのこと「あと何年に決めました」と宣言し、予算を組み、計画的に
遂行ののち、予定どおり一生を終える、なんてのもありかなぁ。綺麗に身じ
まいできる方法を考えとかなあきません(2012/04/22)。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
え〜、しばらくのあいだお付き合いを願います。もぉ、お馴染みの落語で
ございまして、落語といぅものはもぉ、落語以外の何物でもございません。
わけの分からんことをベラベラとおしゃべりいたしまして、おあとと交代を
いたします。
あ〜、昔はまぁ、ただ今と違いまして、この、ただ今はもぉ職業とか商売
とかいぅよぉなことになりますといぅと、何の何がし、こぉこぉこぉいぅ商
売。まぁ、税務署のほぉの税金の関係もございまして、我々のほぉは「自由
業」てなことを書きますが、まぁそこそこ決まった商売といぅものがあるわ
けでございますが。
昔、のんびりいたしておりました時代には、別にこぉこぉこぉいぅ商売と
言ぅんじゃなくて、何となくお仕事ができるといぅよぉな種類の商売があっ
たそぉですね。商売でない商売と申しますか、お仕事でないお仕事と申しま
すか、まぁ稼業でない稼業と申しますか、そぉいぅものがございましたそぉ
ですなぁ。
あのぉ〜、ネコのノミ取りといぅよぉな仕事がね「え〜、ネコのノミ、取
りましょ〜」といぅよぉな、まぁわたしは聴ぃたことがないんで、たいがい
こんな声やったと思いますが「ネコのノミ、取りましょ〜」といぅよぉなこ
とを言ぅて、回ってたんやそぉですね。
そぉするとやっぱりその、暇な人がありまして「すいません、うちのネコ
の、ミーのノミ取ってやってください」てなことを「よろしゅございます」
てなことを言ぃまして。
何を持ってるかと申しますと、タヌキの皮を持ってるんやそぉですね、タ
ヌキの皮を。でこの、タヌキの皮でネコをこぉ包むんやそぉです。そぉする
と、ノミといぅものはネコの皮よりタヌキの皮のほぉが住み易いと申します
か、居心地が良いと申しますか、そぉいぅ習性があるんやそぉでございます。
ですから、ネコに付いてたノミが「タヌキの皮が来たなッ」といぅふぅに
思いまして、こちらへこぉ移ってしまうんやそぉですね、みんな。で、そぉ
して移った頃に、そのタヌキの皮をはいでポンポンッとすると、ノミがパラ
パラッと落ちると。で、ネコのノミが取れると。
といぅよぉな、まことにその、商売でない商売と申しますか、お仕事でな
いお仕事と申しますか、それで結構その稼業がでけたんやそぉです。面白い
もんですね。
あの〜、耳の垢取りといぅのもあったそぉですね「耳の垢ぁ、取りましょ」
てなことを言ぅてね、聴ぃたことがないんでどんな声やったか分かりません。
まぁ恐らくそぉいぅよぉな感じでしょ〜ね「え〜、耳の垢、取りましょ〜」
てなこと言ぃまして。
また、暇な人があって……
■おうッ、取ってくれるか？●へ、すぐにお取りいたします。上・中・下、
とありますが？■あぁ、いろいろあんねんなぁ？ 何が違うねん？●へぇ、
あの、耳掻きが違いますが。
■あぁ、上ちゅうのはどぉや？●えぇ、金の耳掻きでいたします■おぉ、金
の耳掻き、金でできてる耳掻き、それえぇあんばいらしぃねぇ、金でできて
る、なるほど。中ちゅうのは？
●銀の耳掻きで取らしてもらいます■なるほど、えぇあんばいらしぃねぇ。
下ぇちゅうやつは？●へぇ、釘の曲がったやつで……、耳こないなります。
面白い商売と申しますか、まぁ、お仕事と申しますか、商売でない商売と
いぅよぉなものがあったんやそぉで。
また、よそさんへまいりまして、用を言ぃ付けられまして、それをする。
手伝い(てったい)といぅのとは少し違うんですが、まぁ町小使いとでも申し
ますか、どっかへ行ては「何ぞ用ございませんか？」「あそぉですか、じゃ〜
ちょっとお使いに」といぅよぉな、そぉいぅことでも結構お商売になったん
やそぉでして。
●へ、おおきにすんまへん、あの何です、今日は？ へぇ、坊(ぼん)のお守
りですか？ ボンのお守り、このボンの？ いや、わて、ウソでも男でんの
で……、あぁ、今日はもぉそれしかないんですか？ あさよか、いえいえや
らしてもらいます。やらしてもらいます、へぇ。
●あのぉ〜、このボン？ 悪そぉな子やなぁ……、いえいえ、やらしてもら
います、へぇ。ボンボン、もぉ大っきぃですから一人で遊ぶのんと違います
か？ あさよか、いえいえ、やらしてもらいます。悪そぉな顔しとんなぁこ
いつ。いえいえ、やらしてもらいます、可愛(かい)らしぃボンでんなぁ、や
らしてもらいます。
●ボンボン、さぁこっちおいなはれ。おっちゃんがね、今日はその、お店は
棚卸で忙しぃそぉでっさかい、おっちゃんがお守りしたげまひょ。こっち来
なはれ、おんぶしたげまっさかいね。どッこいしょッと。
●へぇ、よろしございます、お守りをね……、痛たッ、あ痛たぁ〜、何をす
んねんな、いきなりボンとどつきないな。いえいえ、かいらしぃ坊ちゃんで
す、えぇ。痛たッ、痛た痛た痛た、頭どつきなっちゅうのに。いえいえ結構
です。これぐらいお達者なほぉが、元気な子ぉのほぉが、痛たい痛たい痛た
いなぁ……、上手にどついてです、どつき方が上手です、へぇ。
●あ痛たッ、痛たぁ痛たぁ……、え、素手と違う、手ぇに石握ってる？ 何
をすんねんな。いえいえ、分かりましたへぇ、お守りいたします。あ痛たぁ、
頭もたんはこら。あんた降りとくれ、ボチボチ歩きまひょボン、こっちおい
なはれ。
●ホンマにもぉ、子どもの守りはなぁ、太閤さんでも子どもの守りは嫌やちゅ
うて……、ボンボン、向こぉ見てみなはれ、お寺がおまっしゃろ。向こぉの
寺内入ったらね、ハトがいてまっさかいね、ハトに豆やりまひょかねぇ。
●ハトに豆パラパラァ〜ッとやったら、ハトが「クゥクゥ食ぅ食ぅ」てなこ
といぅて面白まっせ。向こぉ行って遊びまひょかねぇ……、あぁ、乾物屋の
大将こんちわ、えぇお天気で。へぇ、また何ぞわたいにできるよぉなことが
おましたら、言ぅてやっとくなはれ、何なとさしてもらいまんので。
●いえ、これ瀬戸物屋(せともんや)のボンボンです。ちょっとわたい今日お
守りさしてもぉてまんねん。え、ボンなに？ この乾物屋の嫁はんの顔オモ
ロイ顔や？ これ、アホなこと言ぃないな。いえいえ、違いま、何でもない
んですへぇ。
●アホなこと言ぃないな、せやのぉてもここの乾物屋の大将は、あの嫁はん
と抱き合わせで、この店持たしてもろてるよぉなもんやねんさかい、それ言ぅ
たらいかんちゅうねん。ほれ見てみなはれ、おっさん怒って中へ入ってしま
いましたがな。ここしくじったら、わたいまた今度仕事もらえまへんねがな。
●あ〜、どぉも、乾物屋の大将、いえ、えぇお天気で。いつも言ぅてまんの
んでっせ「お宅の奥さん、可愛らしぃかいらしぃ」いぅてね。近所でも評判
ですへぇ、もぉなんです「嫁さんもらうなら乾物屋の奥さんみたいな人に限
る」いぅてね。
●「目はパッチリして、鼻筋はスッと通ってますしね、口はおちょぼ口です
し、ほらもぉ色は白いし何とも言えんなぁ」いぅてね、言ぅてますんですよ
へぇ。また何ぞ用があったらさしてもらいますです、すんまへんでした。
●こっちおいなはれこっち、ホンマにもぉ、向こぉしくじったら仕事もらわ
れへんがなホンマに……、あッ、どこ行くねんどこへ？ あかんあかん、風
呂屋へ入ったらいかん、そら女湯やがな。
●風呂屋の、えらいすんまへん、別に女湯入りたいわけやないんです。いえ
いえ、あれわて、ちょっと守りさしてもろてまんので、女湯へ……、ボン、
入ったらいきまへん、えらいすんまへんお騒がせしまして、いや、別に、別
に、別に、裸が、裸が見たいわけやおまへんねけど、いや別に、見たい、こ
とないこともないんですけども、えらいすんまへん。
●ボン、早よこっちおいなはれな、とてもこら……、悪い子やなぁ、したい
ことしたいよぉにするなぁ、もぉこらとても守りはでけんわ。
さぁ、この男もね、とぉとぉ諦めましてな、この子どもを連れて瀬戸もん
屋へやってまいります「えらいすんまへんでした、今日は守りはでけまへん
でした」と。
とぉとぉその日一日は子どもの守り賃ももらえずに、自棄(やけ)酒と申し
ますか、冷(ひや)酒を二合ほどグゥ〜ッとあおりますといぅと、ゴロォ〜ッ
と横になってしまいましたん。
●ふぁッ、ふぁ、ふぁ〜ッ……、あぁ寒(さぶ)、よぉ寝たなぁ、あッ……、
そこにいてんの誰や？ 泥棒ッ？■大きな声出しな●お、お前、誰や？■わ
いか？ わい、死神や。
●え？■お前に憑いてる、死神や●んなアホな「お前にちゅいてるちにがみ
や」何を言ぅとんねん、人の家盗人に入って、逃げられへんかったさかい、
わいに見つかったさかいいぅて「わい、ちにがみや」何言ぅてんねん。ごま
かしたかてあかん、いやいや、うち入ったかて盗るもんないねんさかい帰り
かいり。
●帰りっちゅうねん「帰り」っちゅうねん……、か・え・り……、あッ、こ
れ何や、体触られへん？ ほぉ〜、向こぉ行きよった。あッ、えぇ〜ッ、あ
りゃ〜ッ……、お前、ホンマに死神か？ でまた、なんしに出て来てん？
■死神が、その本人の前へ姿現わしたら、たいてぇ様子は分かるやろ？●はぁ
はぁ、寒いさかい一緒に寝さしてくれっちゅうのん？■アホなこと言ぃない
な、お前の寿命(じみょ〜)がもぉ近付いてるちゅうねん。
●なんかしてけつかんねん。アホなこと言ぃないな「お前のじみょ〜が、ち
かじゅいてんねん」何言ぅてんねん。アホなこと言ぃな、おらぁこのとぉり
ピンピンしてるやないかい。
●おらぁね、体だけはね、今日が日まで風邪ひとつひぃたことないねん。近
所の医者でも、わいの顔見たら裸足で逃げるっちゅうねん。そんなとこへ来
て「お前のじみょ〜が、もぉちゅきる」てなこと言ぅたかて、そらあかんわ。
向こぉ先見てもの言わなあかんで。
■いや、達者なんと寿命とはまた別や。よぉ聞くなぁ「向こぉの親っさん、
夕べの晩、風呂屋で会ぉた。元気にしてたが、今朝方ポックリ死んだで」ちゅ
なこと、よぉ聞くなぁ。達者なんと寿命とはまた別や。
●何かいな、わいの寿命、ほなあとどれぐらいやねん？■え〜、言ぅてもえぇ
か？●「言ぅてもえぇか」て、聞かなしゃ〜ないやないかい■気ぃ落とせへ
んか？●「気ぃ落とせへんか」て、落とさしに出て来たんやないかい、よぉ
そんなこと言ぅてるで。言ぅて、言ぅて、言ぅて、しゃ〜ないやないかい、
聞こ聞こ。
■お前の命は、あと九日や●え？ あとここのか？■そぉや、誰が何と言ぅ
ても、あと九日や。今日からちょ〜ど九日目ぇの朝、一番鳥がコカコ〜と鳴
くのを期に、コトンッと逝く。間違ぃ〜ないッ。
●なんかしてけつかんねん。アホなこと言ぃないな、おい、そこは話し合い
しょ〜やないかいな。なぁ、九日ちゅなこと言わんと、そこもぉちょっと、
せめて、せめてもぉ十年とか二十年とか、なぁ。おい、死神、あッ、もぉお
れへんがな……
●あの死神が出て来やがってから、もぉこれ六日も経ってもぉたんや。こぉ
なったら日の経つのは早いなぁ、一日(いちんち)やみな、シュシュッと経っ
てしまうなぁ。あと三日しかないねん……、あッ寒ぶ、わいの命もあと三日
か。
●命が切れかけたら、煙草まで切れてるわ。はぁ〜ッ、わいの命もあと三日
か、なぁ、しかしわいは今まで何してきたんやろなぁ？ 人の使い走りばっ
かりしてなぁ、あっちペコペコ、こっちペコペコ、八方気ぃばっかり遣こて、
言ぃたいこともよぉ言わんと、したいこともよぉせんと。
●なぁ、人の顔色ばぁ〜っかり見てペコペコペコペコ、言ぅこといぅたらベ
ンチャラばぁ〜っかりや。なぁ、これでは生きてきた甲斐があんのかいな？
それに、こないだの瀬戸もん屋のガキは言ぃたいこと言ぅて、したいことし
やがったなぁ。
●そぉか、なぁ、俺もあとどっちみち、どぉ転んだかて三日しかないねん、
よしッ、今日からもぉ、ひとつ言ぃたいこと言ぅて、したいことしたろ。こ
れに限るわ……
●瀬戸もん屋の、こんちゃ。え、何です？ 今日は、店が暇やさかい、別に
守りせんでもえぇ？ いえいえ、守りしに来たんとちゃいまんねん。ボンボ
ンいてますか、こっち出しとくなはれ。
●あぁ、この坊主や。悪いガッキャでこのガキはホンマに（ボコッ）アホか、
泣いてけつかる、弱虫やなぁ。心配しなはんな、ちょっと撫ぜただけでんが
な、さいならごめん。
●スッとしたなぁホンマに。もぉ向こぉの家で仕事もらわいでえぇとなった
ら、あんな坊主の頭の一つや二つどついたかて、どぉっちゅうことあれへん
ねん。気持ちがス〜ッとしたなぁ、気持ちのえぇもんやなぁ。
●あぁせや、乾物屋や。こんちゃ大将。え、何です、仕事？ 要りまへんい
りまへん、もぉ要りまへんねんへぇ。あんたとこの嫁はん、ブサイクな嫁は
んやなぁ。あれ、人間か？ あれ人間の顔やないで、あの顔わ。よぉあんな
もんと一緒に連れ添ぉてるなぁ？
●まぁまぁ、この店持たしてもろたさかい、仕方ないねんなぁ。養子は辛い
わなぁ、ホンマやで、えらい顔してるで。ひさしが前へグ〜ッと出てるわ、
あの下にあるのん、あれ目ぇやろ、奥のほぉに二つピカピカッと光ってる。
恐らく目ぇやろ？
●目ぇなればね、このへんに立て札立てときなさい「この奥に目ぇあります」
ちゅうて。あんな嫁はん間違ごぉて表出して、こぉ仰向けにしときなはんな
や、そこへ夕立がビャ〜ッと降りまっしゃろ、ここへ水が溜まってボ〜フラ
がわきまっせあんた。
●またあの下にあんのは鼻ですか？ あのコブ、コボッと盛り上がってんの
ん、あれ鼻？ あぁそぉ、わしゃまたイボが虫食ぅてるのんかしらと思いま
したで。で、大きな口やわ。ねぇ、笑うとき「おほほッ」手ぇ当てるけど、
とてもやないが手ぇではあれ、隠しきれん、両側からはみ出てる。
●あの口、顔より大きぃのんと違いますか？ ホンマにブサイクな顔して、
白いの塗ったん何でんねん？ あれ白粉(おしろい)ですか？ わたいまた、
衛生に悪いさかい消毒に石灰(いしばい)まいたぁるんかしらと思いました。
あれやみな、白粉で追いつくよぉな顔とちゃいまっせ。荒縄張って、立ち入
り禁止と書いときなはれ。
●胸がス〜ッとしたなぁ、気持ちのえぇもんやなぁ、ホンマにもぉ。せや、
あとは風呂屋へ行たろ……
●ごめん、え？ 女風呂、分かってます。男が入りたいのは女風呂に決まっ
てまんねんへぇ、ほっといとくなはれ。こんちゃ、こんちゃ、ビックリして
逃げて行きよる、皆前押さえて、何しとんねん。
●せや、おらぁ生涯でいっぺんでえぇさかいな、着物着たまま風呂ん中へ入っ
てみたいと思てたんや。今日はそぉしたろ（ドッボンッ）ははははぁ〜、う
わぁ〜ッ、心地悪ぅ〜、裾のほぉからワァ〜と湯ぅ入って来たがな。背中へ
ゴボッと空気が溜まったたぁる。フンドシ浮いてきたがな……
●あぁ〜ッ、えぇ気持ち、といぅか、悪い気持ち、といぅか、胸がスゥ〜ッ
としたなぁ、ホンマにもぉ……
●今日が、いよいよ九日目や。なぁ、おらぁもぉ腹くくったで。したいこと
したし、言ぃたいこと言ぅたなぁ。これでもぉ思い残すことないわい。けど
考えたら、わいのしたいことや言ぃたいことちゅな、しょ〜もないこっちゃっ
てんなぁ。
●いや、しかしなぁ、これで気がスッとしたで。もぉじきニワトリが鳴きよ
るか、それで一巻の終わりか。なぁ、まぁえぇわい、何じゃかんじゃちゅう
てオモロかった。あッ、一番鳥が鳴きよった……
●え〜、どなたもお先ッ！ さいなら、ごめん、コトッ……、え〜、どなた
もお先ッ、さいなら、ごめん、コトッ……、え〜、どなたもお先ッ、さいな
ら、ごめん、コトッ……
●何やこれ、生きてるがな？ 達者なもんやこれ……、あの死神、何ぬかし
やがってん「一番鳥でコトッと逝く」言ぃやがって、何もコトッと。おい、
こらぁ〜ッ、死神ぃ〜ッ、出て来ぉ〜いッ、こらぁ〜ッ！
■ハッハッハッ、大きな声出してるなぁ●現れやがったな、えぇかげんなこ
と言ぅなお前、こないだどない言ぅたんじゃお前「九日目の一番鳥と一緒に
コトッと逝く」ちゅうさかい、おらもぉあと九日の命や思て、言ぃたいこと
言ぅて、したいことしたでお前。
●瀬戸もん屋へ行たがな、向こぉの坊主ボ〜ンとどついたで、今さら「仕事
おくなはれ」言ぅて行けるかこれ。向こぉの乾物屋の嫁はんの悪口、せんど
言ぅたがな、こ〜んな顔や、言ぅたがな、今さら「かわいらしぃ奥さんです
ね」ちゅなこと言ぅて行けるか？
●女風呂へ着物着てバァ〜ッと入ったがな、今さら男風呂へ着物脱いで……、
まぁ入れんことないけども、面目(めんぼく)のぉてこれから先、生きてられ
へんで、お前どないしてくれるねんこら。
■ハッハッ、わいの言ぅたことをホンマにして、言ぃたいこと言ぅて、した
いことした。面白かったやろ？●面白かったけど、これから先が難儀やがな
■ホンマはなぁ、お前は人よりよけぇ生きる性質(たち)や。八十も九十も生
きるやろなぁ。
●ぬかすこと、このガキ。ほなあれ、嘘ついたんかお前、何であんなことし
たんや？■いや、わいかてなぁ、八方に気ぃ遣う、気の弱ぁ〜い死神やねん。
【さげ】
■いっぺん、あんな無茶が言ぅてみたかったんや。
【プロパティ】
手伝い(てったい)＝てつだい。手伝(てったい)職：土木の雑務を業とする
雇い人夫。上方では建築土木請負師およびその徒弟を総称して「普請
方」といい、これを大工・左官・石工・手伝に区別している。
小使い＝用務員：学校・会社などで、雑用に従事する人。
ボン・ボンボン＝令息。坊ちゃん。息子の愛称。目下の者が言うと敬称、
目上の者が言うとき愛称になる。
太閤さんでも子どもの守りは嫌＝＝太閤秀吉は「天下人となるまでに一番
苦労したことは、幼少のころ、弟や妹の子守をしたことだ」と語って
いる。また、子守りが嫌で家を飛び出たとも言われる。
しゃ〜ない＝仕様が無い→しょうがない→しょ〜ない→しゃ〜ない。
なんかしてけつかんねん＝何をぬかして＋けつかる＋ねん。ヌカスは「言
う」ケツカルは「する、いる」という意味の下品な悪態口を示す語。
ネンは助詞「〜のだ」標準語では「何をおっしゃっているのでしょう」
べんちゃら＝おべっか。追従(ついしょう)。世辞。おもねりへつらうこと。
口先ばかりのお世辞を言って相手にへつらうこと。弁巧をもってチャ
ラチャラ言う意から出た言葉か。東京ではおもに上役におべっかを使
ういやなやつの意に用いているが、大阪ではその意味がずっと軽くなっ
て、単なる世辞の意に使う。
石灰(いしばい)＝生石灰（酸化カルシウム）や消石灰（水酸化カルシウム）
などのこと。せっかい。水に入れるとアルカリ性になり、ウイルスを
殺すことができる。二酸化炭素と反応して中和される。
しょ〜もない＝つまらない。くだらない。仕様もないの訛化。
ぬかす＝言う・ほざく。
せんど＝長らく。長時間。また、何度も。何べんも。十分。たっぷり。千
途であろうか？『大言海』には「千度」とある。
原作：織田正吉氏
音源：桂枝雀 1976/11/18 上方落語の会(NHK)
【作成メモ】
●参 照 演 者：main＝桂枝雀 sub＝＊
●main高座記録日：1976/11/18 ●音 源 名：上方落語の会(NHK)
●ファイル公開日：2012/04/22 ●原 作：織田正吉氏
●更 新 日：2015/10/18 ●リクエスト数：
●注 意 事 項：内容を削除、追加、改訂している部分があります。
記録日のmain演者によるさげを採用しました。
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