【主な登場人物】
旦那 幇間の茂八 お乞食さん 芸妓連中ほか
【事の成り行き】
幹線道路なのに、あるいは「幹線道路だから」なのか、朝のラッシュ時に
は大量の車が流れ込んで大渋滞を起こします。それを避けようと地図を眺め、
一方通行路を右折し左折し、生活道路を通り抜けて迂回路を見つけ出す。生
活の浅知恵ですね。
探し当てた裏道が思い通りに快適に走れたりすると「やったぁ〜ッ」もう
幹線道路、本道には戻れなくなってしまいます。けど、次第しだいにその裏
道も車の量が多くなり、快適とはいえない状態になってくるってことは、人
の考えは似たようなものなのか？
そこで今度は、人の裏をかいて本道へ戻ると空いているかと思いきや、そ
んなわけはありませんから、またもや裏道探しの作業にとりかかり、裏道の
また裏道を見つけ出し……、の繰り返しに楽しさを感じるようになったら立
派な裏道者ですがな。
実際のところ、本道を心静かに優雅にゆっくり走るのと、裏道をセコセコ
慌しく走るのと、到着時間にどれほどの差があるのかは分かってなかったり
します(2009/07/05)。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
相変わりませず、一席おしゃべりをいたします。
時代が変わりまして、無くなりました商売、生まれました商売・稼業もた
くさんございます。なかで、花柳界に働いておりました幇間、太鼓持ち、少
なくなりました。
小樽にも、わたくしらの存じ上げております時分には二、三人おりました
が、男で男のお客さまにお相手をする。ねぇ、芸やない世情のこと、なんで
もこの人さまをね、柔らかくしてくれるのが幇間です。
幇間笑い、妙な笑い方いたします。こぉいぅとっから笑う、人の顔見ると
「どぉも、先だってはまことにどぉも……、ハッ・ハッ・ハッ」どこがおか
しぃねん？ この笑いでお客さまを掴んでしまう。
料理屋行きましても、ねぇ皆さん、お客さま後回し、女将(じょしょ〜)小
者に至りますまでお世辞(おせぇじ)を「こんばんわどぉも、まことに先だっ
ては酔いまして失礼(ひつれぇ)いたしました。まことに……、ハッハッハッ、
ごめん」何を言ぅてんねん？
■あの、こぉしてな、郊外へ散歩に来てやなぁ……、何してんねん？ あッ、
茂八がいないがどないしたんや？ 茂八が◆へぇ■「へぇ」やないがな、姿
見えんやないか◆あの、最前「ちょっと」言ぅて、どっか行てしまいはりま
してん。
■「行ってしまいはった」てお前、あれな、おかしぃやっちゃけど活きのえぇ
男やねん、わたしが可愛がってんねや。こぉしてみんなが遊びに来てやなぁ、
帰りに一人別に帰るて、おかしなもんやないかいな。可愛がってやりぃなお
前ら。
■分からんか？◆知りまへん■知らんか？◆存じまへん■あッ、向こぉにい
よるいよる……、お〜いッ、茂八ぃ〜ッ、茂ぇ〜ッ！ 踊っとぉる、あんな
とこで。こっちおいで●ハッハッハッ、どぉも遅くなりまして、まことにどぉ
も。あんたな、最前からタバコがないよぉで、ちょっとタバコ買ぉてきまし
た。
■あぁはばかりさん、すまなかった、ご苦労●ねぇ旦那、えらいことでした、
大変ですわ。神武此の方(じんむこのかた)ないこってすわ■「神武此の方な
いこと」とは、どぉしたんや？
●へぇ、タバコ買いましてな、ほで、あぁ〜たのそばへ来(こ)ぉと思て、わ
たしゃ電車道来たんで。すと、電車がツッと来たんで。ほであんた、二個で
す、二個降りた■二個て何や？●男と女と、へぇ、男は二十五、六ですか、
女は二十二、三。夫婦もんか出会いもんか、わたしゃ分からんけれど「あぁ、
降りたなぁ」思てました。
●で、シュッと電車横切りましたんや■ん●ほたら男がツッと横切ったんだ、
女の人が「あッ」と言ぅなり電車がピャッと反対から来たんだ■危ないなぁ
●あっといぅ間に轢かれました■えぇ〜ッ！
●女の人がパッと前へ手ぇ出したら、手ぇ両方、取れてしまいましたんやが
な■うぅ〜ん、気の毒だなぁ●えらい騒ぎ■そぉだろ●へぇ、運転手は青く
なりました■ん●車掌はあんた、黄色くなったまま■ん●乗ってる人は赤く
なって、わたしは紫■御神旗やがな。
●ワァワァ・ワァワァとぐるりが馬です■馬？ 馬力でも放したのか？●い
え、野次馬です■なに言ぅてんねん●へぇ、であんた大騒ぎしてまんねやが
な■ほぉ〜ッ、その男の人なんか驚いたろ？●いえ、その男、向こぉへツツッ
と行くんでんねん■男が？
●へぇ■知らんねがな、分からんねがな●わて、女の人が気の毒だから、そ
ば行て「もしもし、あんたの愛人か奥さんか知りませんが、あぁいぅ状態で
すがな」と注意したら「いいよ、いいよ」と■知らんのか？
●「知ってます」言ぅ「知ってるなら、どぉかしてやんなすったらえぇねん」
ちゅうたら「わたしに責任はない」と、こぉいぅから「なんであんたに責任
がないねんな？」と、こぉ聞ぃたら「手を切った女には未練がない」とな。
■なにを〜ッ●ハッハッハッハッ、嘘じゃ■こらッ、馬鹿にすな●最前から、
あぁ〜たボォ〜ッとしてなさる、何か喜ばそぉと思てこぉいぅ手段を講じた。
どぉです？ 旦那、騙されたでしょ。
■うまいこと騙しやがったなぁ●わたしねぇ、太鼓持ちしとりますけど、ま
だお客さまに騙されたことおませんねん。まぁまぁしかし……■何しやがん
ねん、悪いやっちゃ●旦那、今日はこれからどこ行きまんねん？
■どこ行こ？●「鶴の茶屋」どぉです？ 向こぉ呑めまっせ■あぁなるほど
よかろぉ、鶴の茶屋行こか●お供しまひょ■あッ、ちょっと待て●へッ■あ
の、向こぉのほぉに白壁が見えるやろ●へぇへぇ■あら、わたしの友人なん
だ。幸いここに来たんや、彼をひとつ呼んできて、お前に紹介しょ〜か。
●ありがとぉございます、ご贔屓に。じゃ〜、これからこの連中を■ダメダ
メ、実業家の家(うち)、昼日中(ひるひなか)、こんなもん連れて行けるかい
な●ごもっとも■こぉしてんか、わたしがあとから行くよって、鶴の茶屋へ
先行って待っててぇな。で、ご馳走ちゃんとして、そこへわたしが彼連れて
行くから。
●あッさよですか、ほなわたくしはこの連中を皆連れて、鶴の茶屋でご馳走
をちゃんとこさえて、旦那がおいでになると。さっそく行ってきます。旦さ
んお先……、おいッ◆旦さんお先、お先ぃ、お先、お先……
■あぁあぁ、あとで行きます、先行きない……、時代やないなぁ、こんなも
ん連れて遊びに来る。しかしあの太鼓持ち、嫌なやっちゃなぁ、うまいこと
俺を担ぎやがって、騙しやがってチキショ〜。
★旦さん、お手元はご面倒ぉさまじゃが、一文いただかして……、旦さん、
一文いただかして……、右や左の旦那さまおありがとぉ〜■うわぁ〜ッ、た
くさんの乞食さんや、よろしぃよろしぃ、ちょっと待ってください。あなた
にたくさん上げるっちゅうわけにいかん、へッあんたにも、はいあんたにも、
あんたにも……
■もしもし、そこに赤ん坊抱いてるお上さん、赤ん坊抱いてる乞食さん★は
いはい、何でござりますかいな？■ちょ〜どえぇなぁ……、あのな、あんた
にお頼みがあんねん。ここにな、わずかなお金やけど、これあんたに進呈す
る。ちょっとわたしに一時間ほど体貸してんか？
★旦さん、わたし乞食いたしておりますけど、歴(れっき)とした亭主が……
■な、なに言ぅてんねん、そんな淫らなことやないねん。あのな、わたし今
ここへたくさんの連れ、その連中見てた？ 知ってるのん、そら結構。
■その中にな、茂八といぅ男芸人がいよんねん。これが下関の稲荷新地（い
なりじんち）でな「茂乃屋」といぅ料理屋しとったんや。ほんで道楽して家
(うち)借金、お上さん身重や、それをフッと置いといてこの土地で幇間して
よんねん。
■で、今、僕、騙されてね、癪にさわってたまらんから、その仕返しをして
やろぉと思うのがあんたやねん。あんたなぁ、向こぉに「鶴の茶屋」て料理
屋知ってるか？ あそぉ知ってる、向こぉでな、わたし一杯呑んでますでな、
その赤ちゃん連れて「わたくしは茂八の女房です」と言って会いに来てくだ
さらないか。
■うまいこと芝居してくだすったら、このお金、進呈するのやが★わたし、
そぉいぅこと大好きでございます■好きか★けどなぁ、わたしあんた、オヤ
ジがおりまんので■いやごもっとも、で、どこにいてなさる？
★わたしのハウスですが■ハウス？★あの、土手下でんねん■そぉ、じゃ〜、
そこまでわたしがお供しましょ。で、親っさんに答えておいで★ありがとぉ
ございます、旦那はんこっちおいでやす……
★お父っつぁん、お父っつぁん▲なんじゃい、いま時分にッ！★大きな声出
したらあかんがな、ちょっと耳貸しぃな▲なんじゃい……、うん、そぉかい
な、若いもんがたいへんご厄介にあずかりまして、おありがとぉさんでござ
ります。おあ〜りがとぉ〜さ〜ん。
■妙な手ぇ出しないな、こぉいぅことやが、でや、お上さんしばらく貸して
くれるか？▲へぇ、旦さんありがとぉございます、どぉぞお使いくださいま
せ。しかしなんでおますねぇ、その茂八といぅやつはえぇ男でおますか、う
ちの嬶(かか)惚れしめへんやろかなぁ？
■ご心配ご無用ぉ、そんなこと絶対にないわいな、安心しなはれ▲さいでご
ざいますか★親っさん、親っさん▲なんじゃい？★「なんじゃい」やないが
な、よぉもの考えてみぃや、相手の茂八といぅ人がどんなえぇ男か知らんけ
ど、わたしとあんたにはこんな、二人の仲に子があんねやないか。なんぼ何
でもわたしがそんな……
▲それもそぉやなぁ■えらいグロだねぇ……、じゃ頼んまっせ▲へッ、承知
いたしまして、ありがとぉございます。しかし旦那、わざわざ来ていただき
まして、お茶も差し上げませずに■「お茶も差し上げずに」普通の人のよぉ
に言ぃなさんな。じゃ、ごめん▲おありがとぉさんに……
●見えた、見えた……、旦那ッ、遅ぉございまして心配いたしました、どぉ
ぞ。あれッ？ お客さまは？■いないで、旅行しとるで●お留守ですか、仕
方ない。どぉぞどぉぞ……、おいッ、ちょっとお絞りおしぼり。
■しかし、相変わらずこの座敷綺麗ぇなな●旦那、どぉです？ 今日のわた
しがあぁ〜たを担いだの。わたくしな、太鼓持ちしておりますけど、お客さ
まに騙されたことない。うまいことやりましたやろ？ あぁ〜たね、極道あ
そばすお方だからご立腹あそばさん。変なお客さまでしたらご立腹ですぜ。
■そぉか、今日はひとつゆっくり遊ぼ……、何じゃ？◆あの、ちょっとお出
前でございます■出前とは？◆お人が見えまして■お人とは？◆へぇ、女の
お方でんねん●いよッ、お旦、えぇ加減にしなはれや■やかまし言ぃないな、
女人が？◆へぇ、この一座に「茂八っつぁん」といぅ方はおいでになります
か？■茂八、これやが◆あの、ちょっとお目にかかりたいと。
■おい茂ッ、お前や●わたし？ 姐さん、わたしにか？ あんたもあんたや
なぁ、わたし太鼓持ちやで、旦那のお供して来てんねや、そぉいぅ事件があ
んのなら、手前座敷に呼んでやな「かくかくしかじか」と言ぅてくれたらどぉ
や……、あぁ〜、あぁ〜ッ！
■どぉしたんや？●どぉもこぉも、もぉこぉなったらわたくし白状いたしま
す。実はね、きのう、あぁ〜たのお座敷をちょっと失礼いたしまして、ほか
のお客さまへ回ると申しましたやろ、あれ嘘でんねん。
●いえ、長いことね会いませんでしてん、ほで、きのうあんた、怒りよって
な「今日、どっか遊びに行こ」と、こぉ言ぅんですけど、あぁ〜たのお供が
あるよって、バ〜ンと断ってこれへ来たんで。女や思てね、追いかけて来や
がったんや。
●おい姐さん帰らして、帰らして、わたし来てへんで■ちょっと待ていぅね
ん、失敬なこと言ぃないな。その女ごさんちゅうのん商売人か？ えぇやな
いか別に、これへ通しぃな、わたし贔屓にしたげるがな。かめへんちゅうの
に、わたしと勤めといたらあとへ残ってもえぇがな。
●えぇ〜ッ、こら恐れ入りました。あぁ〜たがそぉおっしゃるのを蹴らいで
も……、仕方おまへん、こぉしましょ、今日はね、その代わりわたくしうん
と、う〜んとお勤めいたします。姐さん通して◆へッ？●かめへん、ここへ
通して◆へッ？●かめへんて、旦那承知やがな。
■見せ付けよんな●「見せ付ける」て、アホらしぃ■茂八、お前の彼女て、
この人か？●へぇ、こっちおいで……、げッ、何じゃお前は？ なんじゃ？
★「なんじゃ」やないがな、わたしは茂八さんの女房やないかいな。
●なにうぉ〜、こらッ！■ちょっと、ちょっと待たんかい、立ち上がったら
いかんがな、座りすわり、座りて●旦那■なんや？●わし、こんなやつ知ら
んッ！■大きな声出しな、みっともない……
■ちょっと待っとくなはれ、あんたあのね、この人ね、奥さんないねで、あ
んた何や？★旦さんでございますかいな、わたくし茂八の女房●なにをッ！
■ちょっと黙って聞きて……、この人ね、ヤモメやで★わたくしは下関の稲
荷新地に「茂乃屋」といぅ料理屋を■うん、聞ぃてる聞ぃてる、それで？
★ご承知かも存じませんが、最初はおとなしぃ男でございましたが、商売が
繁盛立派になれば、段々と道楽ばっかり、呑む打つ買う。家めちゃくちゃで
借金の山、わたしゃ身重。どないなると思たら姿が見えやいたしません。
★わたしはお腹に赤ん坊、淵川(ふちかわ)に蓋がないで死のかと思たんです
けど、腹の赤ん坊がかわいそぉ。家、借金話を付け、承りましたら、この辺
へ来てるといぅこと、わたし耳にいたしましたので、頼ってまいりましたが
姿が見えやいたしません。
★落ちぶれてこんな姿に……、お話といぅのはかよぉな次第でござります。
おわり。おありがとぉさんでござります■へぇ〜ッ、かわいそぉに……、茂
八●へッ■あんたといぅ人は残酷な人や●残酷？ めっそぉもッ！■喧しぃ
言ぃな、あのな茂八、わたしもこぉした柄(がら)や、この話わたしがうまい
こと付けてやろか？
●どぉぞ、お願いします■よし分かった、その代わりわたしの自由にするで
●どぉぞ、どぉぞどぉぞ■お上さん、今聞ぃてやったとおり、この人、あん
た知らんやろけど、わたし兄弟みたいに仲良ぉしてるねん。で、これが「任
す」て言ぅねん、あんた「任さん」て言ぅたら嫌やけど、なぁ、あんたわた
しに任してくれるか？
■そぉか、承知してくれるか、ほな任されましょ。あのな、あんたもなぁ、
今までのことは腹が立つやろけれど、嫌で夫婦になった仲やないねん、子ま
でできた仲や。わたしが仲人するで、今までのことポイと水に流して、ここ
でもぉいっぺん盃して夫婦に……
■何してんねん、何逃げてんねん●そんな馬鹿な……■何やねん、何が馬鹿
や、あんた一旦わてに任す言ぅたやないか●言ぅたが……■あぁそぉか、よ
ろしぃよろしぃ、あんた、わたしみたいな若造に任せんねやろ……、おい、
帰ろ帰ろ●旦那ッ■離しッ、帰るんや。
●ちょっと、ちょっと、これどないなるんです？■お前、わたしに任さんね
やろ、わたしゃ帰る●ちょっと待っとくなはれ、あぁ〜たがそぉおっしゃる
と、あぁ〜たをしくじったらこの土地にいてらりゃいたしません。ほたら、
どないしたらよろしゅございますねん？
■盃すればいいんや●えぇ〜ッ■どっちやい？●い、いたします、したらい
いんでしょ■さッ、盃お上さんに渡しない……。飲んだら受けてやり●えッ？
■「盃受けてやり」っちゅうねん、受けたりぃなッ！●受けます受けます、
どっから飲みよったんや……？ おい盃洗■盃洗要らん、そのまま飲めッ！
●おっと……、アホ、いっぱい入れぇでもえぇやん、真似だけすりゃえぇね
やろ……（ペッ）この盃、どないいたしまひょ？■お上さんに返してやりぃ
な●「お上さん、お上さん」言ぃなはんなや。
■で、あんたどや、お腹は？ ほぉ、一昨日(おととい)から食べず、お腹が
空くがな「子持ちの腹は藁を詰め」ちゅうぐらいのもんや（パンパンパンッ）
あの、お膳こさえたげて、いやいや別にこさえたら暇いりますでな、茂八の
お膳この人に回してあげ。
■あ、もしもしお上さん、そらいかん、赤ん坊抱いてたら食べにくい。茂八
に抱いてもらい●そんなこと……、赤ん坊抱かすとは何事や◆兄さん、良ぉ
似合うわ●なんかしやがんねん、トホホホ……
■なぁ茂八、親子の情てなもんは争われんもんやなぁ。今まで泣いてた赤ん
坊が、あんたが抱いたら笑ろてるがな★茂八さん、お陰さまで、あんたの顔
見て安心した。さぁ、表へ出て●だ、旦那……
■ちょ、ちょっと待ち、ちょっと待ちない。そらあんた、連れて帰りたいの
は山々やろけど、ここのとこちょっと待っててんか。こんだけあんたの顔立
てたよって、こぉしてんか。あしたの朝、またミナミの宗右衛門町（そえも
んちょ〜）にな、幇間の店があるよって、そこへ会いにおいない。で、その
ときにわたしが話するわ。
★旦さん、何べんも何べんもえらい目に遭ぉとりまんので、なんかしっかり
とした形を■ん……、おい、何かやれ●へ？■何か形にやりぃな●「形にや
れ」とは、何も持ってしまへん■紙入れやりぃな●紙入れ、あんた空っぽや
■大の男がお前、銭無しで歩いてるのか？●あぁ〜たの懐が当てや■あんな
やっちゃ……
■あッ、羽織渡してやり羽織●芸人が羽織なしで……■かめへんがな、わた
しが許してんねや、羽織渡してやりぃな、渡してやりっちゅうねん●渡しま
す、渡したらえぇんでしょ。ほい、これ持って廊下へ出ぇ、廊下へ……
●この羽織渡すよってあした来て、世の中にはな、似た話がたくさんあるね
やから、今日のところは帰って、頼む、頼む……★茂八さん、あした●分かっ
てる、さいなら、さいなら……
■茂八……、茂八……●へぇ■何してんねん？ こっちおいない、こっちお
いでっちゅうねん、そんなとこで立ってんと……、何かいな、懐かしぃから
見送ってやってるのか？ なぁ茂●へぇ■あない汚い顔しているけど、夫婦
になった当時はいい女やったやろ？
●知らん■何？●存じまへんねや■嘘つけ●ホンマのこと言ぅてます、こん
な不思議なことないわ■泣くな●泣かずにいられますかいな■泣かずにいら
れますかいなちゅたかて、知らんちゅたかて、下関の稲荷新地……●そぉ、
そこが不思議や。あいつどこであんなこと聞ぃてきやがったんや？
●旦那以外、一人も知りまへんねやがな■へぇ〜、そぉか●「そぉか」やお
まへんで、旦那以外、一人も知らん……、あんた？■ハッハッハッ、下関の
稲荷新地。わたし、お金やって雇とてきたんや●えぇ〜ッ！
■どや、お客に騙されたやろ●あぁ〜ッ、先ほどの復讐か、こらひどい■汚
い汚い乞食と盃しやがって、赤ん坊まで抱かされて、帰(かい)りに羽織まで
取られたな。どんなもんじゃい。
●旦那、おかしぃ具合と思いましたからな、やった羽織は■どぉしたんや？
【さげ】
●あなたのんですがな。
【プロパティ】
太鼓持ち＝宴席などに出て、客の機嫌をとり、その席のとりもちをするこ
とを職業とする男。幇間(ほうかん)。
はばかりさん＝ご苦労さん、ありがとう。
神武此の方(じんむこのかた)＝日本の国が始まって以来。程度のはなはだ
しいことや、他に例がないことなどを表す。神武以来。神武以往。
電車道＝路面電車の走る道路。
御神旗＝神道では青・赤・白・紫(黒)を青龍＝東・朱雀＝南・白虎＝西・
玄武＝北の四神に対応させ、これに黄の北辰＝中を加えた五色セット
が御神旗。
馬力＝荷馬車。
鶴の茶屋＝大阪市北区茶屋町７に「鶴の茶屋跡」の石碑が残っていた。地
上げにより移動させられたものか、現在確認できない。
チキショ〜＝畜生め：罵倒の言葉。
下関の稲荷新地(いなりじんち)＝山口県下関市稲荷町３。
グロ＝グロテスク：異様で気味の悪いさま。グロ。
柄(がら)＝その人や物の基底にあると思われる性質。
盃洗＝酒宴の席で、人に酒をさす前に杯をすすぐ器。杯洗い。
ミナミ＝南地五花街：宗右衛門町、九郎右衛門町、櫓町、阪町、難波新地
を総していう。
宗右衛門町(そえもんちょう)＝道頓堀川のすぐ北側を東西に走る道筋。
形＝借金が返せない時の保証として相手に渡す約束をした物。抵当。担保。
(初代)桂小文治(1893〜1967)＝大阪市港区出身。七代目桂文治門下。1916
(大正６)年、東京寄席演芸会社の招きで上京、そのまま東京に定住。
船遊亭志ん橋(1866〜1919)が1904年に初代桂小文治を名乗っていたこ
とがあり、２代目とする説もある。
音源：(初代)桂小文治 1962/12/20 放送演芸会(NHK)
特別謝恩：Ｙさん、資料聴取させていただきありがとうございました。
Ｙさんのコメント＝この噺は演じにくいのか珍しい噺となって演じ手が少
なくなったし、放送でも取り上げにくいのか聞く機会がない。
【作成メモ】
●参 照 演 者：main＝(初代)桂小文治 sub＝＊
●main高座記録日：1962/12/20 ●音 源 名：放送演芸会(NHK)
●ファイル公開日：2009/07/05 ●江戸落語相当：羽織の幇間
●更 新 日：2015/03/22 ●リクエスト数：
●注 意 事 項：内容を削除、追加、改訂している部分があります。
記録日のmain演者によるさげを採用しました。
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