【主な登場人物】
でば吉 小照 吾助はん 男衆(おとこし)の米どん 女将ほか
【事の成り行き】
昔々大昔、入社のための面接試験で「自己アピール、わたしはこんなこと
ができます、こんな点が優れてます」というのは割と楽に答えられたのです
が「同業他社の試験は受けておられますか？」には返答に窮しました。
質問するほうは入社意欲の高さ・忠誠心を調べようとしているのでしょう
から、最適な答えは「御社一社に絞り込みました」なのでしょう。けど、た
いてい複数受験しているのが当たり前で、正直に言うべきなのかどうか迷っ
てしまいます。
「数社受けておりますが、第一志望は御社」ならまだまし、実際には「四
社受けてる、三番目」とか言ってしまうと、心証最悪、よっぽど能力と自信
がなければ言えるものではありません。
まぁしかし「同業他社の試験は受けておられますか？」という質問の裏に
あるのは「我が社は精神的な奴隷を求めている」ですから、喜んでもらえそ
うな嘘を並べたとしても、なんら罪にはならないでしょう(2009/03/22)。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
え〜、相変わりませずお笑いを御伽(おとぎ)いたします。このお噺はごく
古ぅ〜い落語でございましてな、
■こっち入んない●こんばんわ■どしたんや？ 忙しぃか？ お前にな、話
あるちゅうのはほかでもないね、こないだ頼んであったあの無尽な●へぇ、
頼母子■ん、親掛けが六十両きたんで……●あ、ありがとぉ。
■手ぇ出しないな。あんたのお金や、けどな、締めくくりわしがせんならん。
でまぁ、このお金の使い道をちょっと聞ぃとかんとわしが渡せんが、このお
金何に使うねん？
●ホッホッホッ■笑うなバカ●それ、聞かれると辛い■ろくなこっちゃない
な？●分かりませんか？■「分からんか」とはどや●実はね、嬶(かか)もら
うん■結構じゃないか「仏壇と女房は持ち急ぎすな」と言ぅけれど、持つと
き持っとかな困るがな。で、金の要る嬶てな何じゃい？
●いえ、女ご■女ごは分かったぁる、どこの人や？●日本人■ちッ、白か黒
か？●いぃ〜ッ？■白か？ 黒か？●横町で殺されたん、あれ斑(まだら)で
すわ■犬、聞ぃてんねやないがな、素人(しろぉとぉ)か、玄人(くろぉとぉ)
か？ て……
●出て姫です■ん、玄人(くろぉと)じゃな●へぇ■品物は？●女郎(じょろ)
で■はぁ〜ッ、えらいことしよったなぁ、女郎のいい人になろと思たらお前
大変やで。で、その女ごといぅのはどこや、所は？
●ミナミで■ミナミ、偉いな。ミナミの店は？●「紀の庄」で■ん〜ん、名
前は？●え？■名前は？●ん〜ん■あれッ？ 気張ってやがら●あぁ〜たも
人が悪いねぇ、わたしにペラペラッとしゃべらしといて、今晩ちょっと馴染
みになって、わたしが女房にしてから笑おやと思て。
■バカ野郎(やろ)、んないたずらするかい。言ぅてごらん●ふふッ、小照で
んねん■げッ、小照っちゅうとお前、あら年増やで●そぉですわ■ちょっと
色が浅黒ぉい●へぇ■鼻筋の通った●ふん■ちょっと口の尋常な●ふん■眉
毛の濃い●そぉです、目が二つある■当たり前やがな……
■えらい女に惚気(のろけ)やがったなぁ、こらお前騙されてるからやめ●い
え、騙されてしまへん。わたしかてね、女に惚気るぐらいで、言ぅてやった
んや「お前、俺騙してるやろ？」と。
●こない言ぅたらな「商売やよって『騙さん』とは言わん、騙す。けど、人
は騙してもあんたは騙さん」て、よそから聞ぃたら仲人口といぅことはある
けれど、肝心本人に聞ぃてんねや、こんな確かな……
■何が「確かな」や……「人は客、われは間夫(まぶ)と思う客」騙されてる
からやめ●大丈夫です■そぉか……、言わんとこと思てんけど話するが、お
前、あれに兄があるのん知ってますか？●えぇ、知ってま知ってま、兄知っ
てま。
■さぁ、その兄といぅのが男や●さいです、兄は男です、姉は女です■いや
違うがな、その兄、兄といぅのが男や●兄は男ですがな、姉は女ごや■分か
らんかいな、兄あにといぅのが間夫じゃ●ふふッ、間夫はわたしじゃ。
■よぉノロケやがったなぁ……、よし、お前がそれぐらい信用すんのなら、
もぉわしゃ言わんわ。えぇか、けどな、わしゃお金出さんならんだけに心配
する。ひとつな、女の気を引ぃてきてみぃ。
●「女の気ぃ引く」とはノコギリで？■いや違うがな、これからな、御茶屋
行って女呼び出すねや。えぇか、女が来たら、お前常からニコニコ笑ろてる
が笑い顔じゃいかんで。えぇか、心配らしぃ顔せぇ。
●「心配らしぃ顔」といぅと？■まぁ「辛気辛労(しゅんきしゅんろぉ)、沈
(しゅ)んだ顔」じゃなぁ●「辛気辛労、沈んだ顔」て、どんな顔や？■まぁ
「キョロリが味噌舐めた」てな顔じゃ●「キョロリが味噌舐めた？」どぉいぅ
顔でんねん？ いっぺんしてみてくださいな。
■わたしができるかい●「わたしができるかい」て、あんたができな、わた
しができるかい■目ぇ剥くな、まぁ心配らしぃ顔してな、こぉ沈(しゅ)んで
行け。すと、相手は聞きよる「吉っちゃん、どぉした？」と言ぅたら「喧嘩
した」と言え。
■えぇか「傍(そば)にあった万寿鎚(ばんじゅつち)をダ〜ンと投げた。友達
は当たり所が悪かって死んでしまいやがった。人殺したら下手人や、今の時
節すぐ捕まえられる。縄付きの姿見られるのが恥ずかしぃから、常からお前
が俺に惚れてくれてる、心中してくれ、死んでくれ」とこぉ言ぅてみぃ。
●喜んで死ぬ■誰が喜んで死ぬかい●「死ぬ」ちゅうたら、どないしましょ？
■そやなぁ……、よしッ、ちょっと待ち、今わし薬飲んでな、ここに薬袋紙
(やくたいし)がある、これあんたにあげるわ。そや、灰入れといたろ灰。
■えぇか、これを「毒薬」と言ぃなはれ「なかなか手回らんねけど、わたし
のお父っつぁんが世話したお医者さんに頼んでもろた。中に金の粉ぉが入っ
たぁるで苦しまずに飲んで、苦しまずに死ねる薬やから、これ飲め」て、渡
してみ。舐めよったら「心底(しんてぇ)見えた、女房殿」と連れて帰れ。な、
中身はお前灰やがな、なんぼ舐めても毒やないがな。
●ほたらなんですか、これ舐めたらわたしの嬶ですか？■んッ●分かりまし
た■言ぅとくで、これから女のとこ行てな、女が変な気持ち出しよったら帰っ
といで。怒ったらあかんぞ、分かってるか。行といない●へッ……
羽織でも着替えまして、毒薬、灰を持ちまして花柳界へまいりますと、色
街の陽ぉ気なこと……♪
（瓢箪山、恋の辻占ぁ〜ッ）
●こんばんわ▲へぇ●わいや▲まぁ、吉っつぁん、どぉぞまぁ上がっとくな
はれ……。ちょっとオチョヤン、小照さん呼んどいなはれ「吉さん来た」て、
さぁお上がり……、なんて顔してんの？ どぉいぅ顔やの？
●俺？ 妙な顔や「辛気辛労、沈んだ顔」や▲何を言ぅてんねん、いつも面
白いこと言ぅてやのに、今日はちょっと変わってんねな、小照さんすぐ来る
とぉ●すぐ来る？ ほな二階上がるわ……、なぁ、相変わらずここの女将さ
んえぇ女ごやなぁ、気持ちのえぇやっちゃ。
●何でも「はぁえぇで、はぁえぇで」て世話してくれんねん。ここの女将さ
んのあの「はぁえぇで」嬉しぃなぁ。ちょっと小照呼びにやってんか「はぁ
えぇで」一杯呑もか？「はぁえぇで」芝居行こか？「はぁえぇで」なんでも
「はぁえぇで」勘定待ってんか「はぁえぇ……」これは言わんわ。
★こんばんわ、うちの人来てまんのん？ さよか、上げてもらいます……
段梯子トントントントン、唐紙スッと開けて、
★こんばんわ、まぁ吉っちゃん、なんて顔してんのん？●ウォッホン★妙な
顔してるわ●「キョロリが味噌舐めた顔」や★おかしなこと言ぅてな、どな
いしてたん？ 心配してたん、お腹痛た治った？ あのな、お金どぉしたん、
お金持って来てくれた？
●金な、六十両、吾助はんとこ来たぁんねん★おおきに、あれ？「来たぁる」
て、持って来ぇへなんだんか？●吾助はん、ちょっと都合あって出してくれ
へんねん★なんでやのん？●「なんでや？」て、俺、喧嘩してん。
★まぁ〜、吾助はんとか？●いや吾助はんやない、友達と喧嘩してん。傍に
あった万寿鎚をバ〜ンと投げたら、当たり所悪ぅて死んでしまいやがってん。
人殺したら下手人や、逃げ隠れしたかてすぐ捕まるやろ。縄付きの姿世間に
見られるの恥ずかしぃから、お前俺に惚れてくれてんねやろ、俺と心中して
んか、さぁ死のか。
★んまぁ〜ッ、えらいことしたんやなぁ。あんた人殺したん？●殺した。え
らいこっちゃ、俺と死のか？★ちょっと待ちぃな●死の★やかましぃ言ぃな、
心中するがな、あんたに惚れてんねやさかい。けど、先お金六十両もっとい
でぇな、持って来てから死の。
●こらッ、お前金のこと言ぅて、俺騙す……★騙せへんて、せやないの「人
は騙しても、あんたばかしは騙さん」と言ぅたやないの●そらせやと思てる
けど、お前が変なこと言ぅと、俺かて腹が立つやろ。
★どないして死ぬねん？●「どないして死ぬ」て、ここに灰……、毒薬毒薬、
中に金の粉ぉが入ったぁんねん、苦しまずに死ねる薬や、ここにある●まぁ、
えらいもん持ってんねんなぁ、ちょっとそれ、なおしときないな。
★なぁ吉っちゃん●なんや？★ここであんた死んでみないな、ここのうちの
女将さんに迷惑かけるやろ。こぉしょ〜、二人死んでも、あとで芝居でして
もらえるよぉなとこで死のやないか、有名なとこ行こいな●ほな、天満の天
神さん。
★何言ぅてんのん、お社へ行けるかいな。こぉしょ〜、あの千日前のな、三
勝(さんかつ)・半七の墓のあるとこな、向こぉ行こいな。二人死んでごらん、
芝居にしても道具立てがえぇやろ●行こ行こ、ほな早よ行こ。
★ちょっと待ちないな「早よ行こ、早よ行こ」たて、あんた死ぬ覚悟で来た
んやろ、あてな、姐さんや兄さんに暇乞いしたいよってあんた先行ててぇな。
わてすぐ行くがな●そぉか……
★あッ、何すんのん？ あんた、簪(かんざし)……●この簪、ちょっと持っ
て行く、これ持って行くねん、えぇか、千日前来たらこれ返したるよって。
もし来なんだら、これ売って一杯呑んでしまうで★んまぁ〜ッ、あんたッ！
●女将さん、ちょっと下駄貸して▲何やのん？●火事や……▲あれ？ 吉っ
ちゃん「火事や」言ぅて逃げてしもたわ……
★女将さん、ちょっと下駄貸して▲何やのん？★お母ちゃん、火事や▲小照
さんも火事……？
◆小照さん、小照さんッ！★まッ、米どんか◆なんだんねん？ えらい慌て
てなはんな★えらいことがでけたん◆どないしなはってん？★吉っちゃん来
たんやわ◆でば吉、来ましたか、ありがたいなぁ。金かね、金持って来まし
たか？
★それが手ぶらで来よったん◆バカやなぁ、今日あんた、金持ってなんだら
来られしまへんがな★あいつな、人殺しよってんと◆げッ、あいつが？ えぇ
加減にしときなはれ、関わり合いになりまっせ★なってしもたんや、あてに
「心中してくれ」と、こない言ぅのん。
◆心中？ 言ぅたんなはれ「心中する男の顔はもっと締りがある」と★そん
なこといぅてあんた……◆逃げといなはった？★逃げてきたんやないの「向
こぉの姐さんとこで死ぬのは嫌や、出替えしょ〜」言ぅてな、千日の墓原の
ほぉへやったぁんの。
◆あちゃ〜ッ、別々に心中？ バカやなぁ、そんなもん行かいでもよろしぃ
やん★そぉいぅわけにかへんのん◆なんで、何で？★わてがうかっとしてる
あいだに、こないだ買ぉた簪持って行きやがったん「あてが行たら返したろ、
来なかったら売って一杯呑んでしまう」ちゅうねん。
★わてもぉ、それが心配になってきてな、あの簪惜しぃやろ。あんた気の毒
なけどな、あてこれから千日行くよって、わたしの後ろ見え隠れに付いてき
て、あんた石塔の横っちょに隠れててぇな。で、毒飲む真似してな「南無阿
弥陀仏、えへんッ」と、こぉ言ぅよってに、あんた「小照さん、何してなは
んねんッ！」と、飛んで出てきてぇな。
★「いや、この吉っちゃんと心中……」「心中も糞もありますかいな」ちゅ
うて連れて帰ってぇな。あいつも生かしときたいわ、小遣いになるやっちゃ
よって◆よろしま。ほたらな、これ「浜の屋」へ持って行きましてな、すぐ
千日へ行きますよって★ほな、早よ来てや。
話変わって吉公、千日の墓原で、
●小照、何をしてやがんねんな？ 今頃心配しとるやろなぁ■（♪そぉ〜い
やう〜、うどんやぁ〜、そぉ〜いやう〜）●うどん屋ッ！■へぇ〜いッ、一
杯つけまひょか？●あっち行きッ！■え？●「あっち行き」ちゅうねん。
■「あっち行き」ちゅたかてあんた、わたしゃ商売●「商売」ちゅたかて、
あっち行けっちゅうねん。ここに心中があんねん心中が、心中すぎたら買ぉ
たる■ははぁ、気違いや。
●なんかしてけつかんねん……。何をしとんのやろなぁ小照？★吉っちゃ〜
ん……●ここやここや、吉っちゃんここや……★んまぁ〜、今死のいぅのに、
あんなとこで踊ってるわ。
●遅かったなぁ★「遅かった」やあらへんがな、兄さんや姐さんに話して、
ここまで時がかかるやないか。兄さん姐さんな、なんにも知らんと……●何
でもない何でもない、さッ、これ飲み。
★えらい薬持ってんねんなぁ、ほな、飲むで●飲み★顔、見せてぇな●こん
な顔や★三途の川も、手ぇ引ぃてやで●うん、深かったらオンブしたる★蓮
の台(うてな)で●早よ飲みぃな★喧し言ぃないな、飲むがな……「南無阿弥
陀仏、えへんッ！」
●どぉした？ 風邪でもひぃたか？★何言ぅてんねんな「南無阿弥陀仏、え
へんッ！」●えらい咳が出るなぁ？★あたいの病ちゅうのは死にしな咳が出
るもんやねん「えへんッ！ えへんッ！」●どぉした？
★なぁ吉っちゃん●なんや？★わたしの気持ち、これで分かったやろ●何が
い？★飲む気持ちやのん。あんたな、知ってるか知らんか知らんけど、心中
するときはな、男の足の裏十文字に切っとくねんと●え、えぇ〜ッ！★女の
浅はかな姿見ると逃げて行くねんとぉ。あんたから先飲みない。
●かせ、何でもないねや心中みたいなもん、舐めたら終いや、舐めるで★早
よ舐めんかいな●舐めるがな、舐めたらえぇねや、三途の川も手ぇ引ぃてや
「な、何妙法蓮華経」
★何言ぅてんねんな、心中はあんた「南無阿弥陀仏」や●俺とこは法華やわ
いな「南無妙法蓮華経、えへんッ！」★あれ？ あんたも咳してるなぁ●う
つったんやろ「えへんッ」
★吉っちゃん、あんた舐めたな●舐めた、舐めた★舐めたなぁ……、何とも
ないか？●何ともないがな★毒は？●ど、毒……、効く間があるやないかい
な★そない言ぅたって、どしたんや？
●い、痛たッ、痛たたッ★痛いか？ 吉っちゃん、痛いか？●痛い痛い、あ
たたたッ……★あんた、死にんかいな●せや、死ぬのん忘れてんねん。
与太な男ですわ、あんまり女が喧しぃ言ぅもんですから、口へ手ぇ持って
いってこぉ「かぁ〜ッ」つば吐くよぉな顔して「ウ〜ンッ」ドス〜ンと、死
んだ振りした。
★吉っちゃん……、吉っちゃん、堪忍してや。あんた先やってわたしも逝き
まっせ吉っちゃん……、吉っちゃん……、吉公……、でば吉。んまぁ〜ッ、
死によったわ。
★わたし惚れてると思てやがったんかいな、今の男すぐこれや、うぬぼれが
強いわぁ。ホンマに死んでしもたわ、よぉ効く薬やなぁこの薬。しかたがな
い、あした一心寺でも行て施餓鬼してやろ。
◆小照★アホ、何してんねんな◆すまん、あのな、あれ品もん届けましてな、
花屋の徳さんに会いましてんや。一杯呑まされて遅なりまして★「遅そなっ
た」やないがな、もぉ吉公死んだで。
◆え？ 死にました？ おぉおぉ、どこに？★こっち回ってみなはれ、ここ
におるわ◆目ぇ剥いてまんなぁ、あぁ恐ッ、帰りまひょ★ちょっと待ってぇ
な、帰られへんがな◆何でだ？★「何で」てあんた、簪持っとぉねん、簪取っ
て。
◆もぉそんなこと言わんと★取ってぇな、簪欲しさに来たんや◆もぉ諦めな
はれ、懐で握ってますわ。もぉ離せしまへんよって勘弁したんなはれ★「勘
弁したんなはれ」て、もぉ仏や、死んだら分かれへんねやわ、握ってる手ぇ
折ってしまいなはれ、ほたらあんた、取れるやないか。
◆手を折る？ 指折るっちゅんですか？ 指折るなんて……、おッ「指折る」
ちゅうたら手ぇ離しましたで。簪離しやがんねん……、あッ、金出てきまし
た★んまぁ〜ッ、たくさん持ってよるわ、三両ほどある……、これもろとい
たろ。さッ、これ紙入れ、あんたあげるわ。
◆そ、そんなこと言わんとあんた、一両ぐらいおくなはれな★けどあんた、
着物もろていきぃな。放ったらかしにしといたら乞食が脱がしよんねや◆あッ
さよか、ほなもろていきますわ、ちょっと待っとくなはれや……、こらあか
んわ、帯グ〜ッと手で掴んでけつかる。こらッ、帯離さんと指折るぞ……
◆あッ、離しよった離しよった。羽織もらいまっさ、帯もらいまっさ、着物
もらいまっさ、襦袢ももろて……、帰りまひょか？
「去(い)のいの」シャッシャッシャッと帰ってしまいよった。
●あぁ〜ッ、騙しやがったんや、えらいことになった……
●吾助は〜ん（ドンドンドン）吾助は〜ん（ドンドンドン）■ドンドン叩く
な、何じゃいッ？●心中の出戻り（ドンドンドン）■バカ、なんちゅうカッ
コや？●かくかく、かよぉです。
■アホッ、男衆(おとこし)が着物脱がしやがったら頭でもボンとどやしたれ
●気ぃ引ぃてた■長すぎるわい●口惜しぃ■当たり前じゃ……。心配するな、
仇討ってやるから●か、仇、仇てどないすんので？
■あしたな、俺がうまいこと都合して小照をあの墓原のとこを通らすよぉな
手段を講じてやる。白い着物借りて太鼓叩く人頼んできたるよって、お前あ
したの晩、墓原の横手からお化けに出ろ。
■「うらめしぃ」と出てみぃ、恐い恐いと思てるとこへ白い着物着てシュッ
とお前が出たら、ウ〜ンと目ぇまかしよる。な、目ぇまかしよったら小照の
羽織から帯・紐もろてこい。お前の着物より得やないか。
■今日はもぉ寝ろ●ありがとはんでやす、お休み■寝たか●お早よぉ■起き
たんか●これから行きまひょか■バカ言え、朝から幽霊に行けるかい。
世話するお方はあくまでも世話好きで、ちゃんと幽霊に出るよぉな着物を
借りてやんなすって、太鼓を叩く、ただいまで申しますチンドン屋、その時
分に東西屋と申しますか、それを頼んで墓原へ、時刻までに連れといなした。
■さッ、えぇか分かったぁんな、俺が小照ここ通るよぉにしてきたから、う
まいこと幽霊出るねんで……。東西屋はん、ひとつ太鼓どやしたっとぉくな
はれ、頼んまっせ▼へッ、よろしま。
●えらいすんまへんなぁ▼どぉいたしまして、今日は頼まれまして太鼓、お
気に召しますか召しませんか分かりませんけど、打たしていただきま●わて、
幽霊に出まんねやよって、なるだけすぐ打っとくなはれや▼へッ、よろしま。
●頼んまっせ、わたしがね「小照、うらめしぃ」言ぅたらドロドロッと頼ん
まっせ▼ほな、いっぺん稽古してみましょか？●お頼の申しまっせ、えぇか
「小照、うらめしぃ〜」
▼（テテテンテン、ドン、テテテンテン、ドン、テテドンドン、テテドンド
ン、テンドロテンドロ、テンドロテンドロ、ドン。テテツクツッテンテン）
とぉ〜ざい……
●アホか「とぉ〜ざい」で幽霊が出るかい▼「東西で幽霊が出るかい」ちゅ
たて、わたしこれよか太鼓知らんがな。わたしゃ東西屋ですがな。幽霊に雇
われたん今日初めてですがな。
●そら初めてやけどやなぁ、えぇか「うらめしぃ」言ぅたら「ドロドロドロ
ドロ」といわしてくれな、幽霊出られへんがな。分からんか間抜け▼「間抜
け」とは何やねん、間抜けとは何やねん……
■これこれこれッ、喧嘩したらあかん喧嘩したら。もぉ小照が今に来よるか
ら、ちょっと東西屋はん頼んます▼バカにしやがって■怒らんと、あとでま
たお礼しますよって、してやっとくなはれ……、これッ、入っとれ、今見つ
けられたら大騒動や。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
★どないなったんやろなぁ？◆「どないなったんやろ」て、あんたね、今日
な、心配ですよってにね、朝通ってみましたんや、たらあんた、死骸おまへ
んでしたで★そぉ……、わても心配してんねんわ。なんで今日、こんなとこ
行かんならんねん？
◆わても分からん、女将さんが「向こぉ行たら分かる」て「顔知ってる人や
から行け」と、こない言ぅんでんねん★嫌やわぁ、ほらあんた、そろそろ夕
(ゆん)べのとこへくるで◆大丈夫だいじょ〜ぶ、早よ通り抜けまひょ……
■さッ、いくで●頼んまっせ……「小照、うらめしぃ〜ッ♪」★よ、米どん、
米どん◆へッ、何でやす？★何や言ぅてるで◆神経ですて、そんなもんあれ
しまへん、お化けなんてあらしまへんて★「あれへん」言ぅたって、何や言ぅ
てるがな。
●小照ぅ〜、うらめしぃ〜ッ……、小照ぅ〜★ギャ〜ッ！
小照さん、それへド〜ンと目ぇまかした。箱屋、向こぉへ逃げて行た。
■おいッ、これ、これッ、追い掛けたらあかんがな、バカ。明るいとこへ出
てそんな形(なり)捕まえられたら滅茶苦茶やがな。こっち来いこっち、箱屋
放っとけ……。さッ、小照目ぇまかしとる、早いこともろていけ。
●畜生、よぉ俺騙しやがったな、ホンマにホンマにもぉ、俺が惚れてたと思
てやがるんかいな、こら吉公、でば吉■お前がでば吉や●ちょっと待っとく
なはれ、小照、こて公、羽織もらいまっさ、帯揚げもらいまっさ、帯止めも
ろて、帯ももろて、で、着物ももろて、襦袢ももろて……
■何をしてんねんな？●まだも一つ、もらいたいもんが……■何言ぅてんね
んアホッ、こっち来い。
ここはこれで済みましたが、済みませんのは箱屋の米どんで、一生懸命に
帰りよった。東京で申しますと検番、大阪で申しますと扱店(みせ)で、扱店
の庭へバ〜ンと腰抜かしよって、
◆ふぇ〜ッ、小照さん、ふぇ〜ッ、千日で、ふぇ〜ッ▲どしたんや？ 何？
千日で小照が？ 早よ、早よ行ったり、皆行ったりッ！
若いもんが五、六人、千日へ出てきた「小照さぁ〜ん、小照ぅ〜ッ……」
▲小照さぁ〜ん……、あッ、ここに倒れてる、目ぇまかしてる、水水みず、
さッ、しっかりせぇ、おい、小照ッ★あぁ〜▲大丈夫じゃ、扱店のもんや、
しっかりせぇ★あぁ〜ッ、で、で、で、でば吉や。
▲なに？ 出刃で切ったか？ 傷跡ないぞ★ち、違う、ドロドロや▲「とろ
ろ」や？★違うちがう、幽霊や▲「にゅ〜めん」や？ 食い気違いになった
がな★違うちがう、毒薬や……
【さげ】
▲なに？「ごくらく？」 バカ言え、ここは千日の墓原や。
【プロパティ】
入んない＝「入りなさい」が「入んな」と約訛し、強調の助詞「〜ない」
が付属したもの。
頼母子＝頼母子講：金銭の融通を目的とする相互扶助組織。鎌倉時代に信
仰集団としての講から発生。人々が寄り合って金子を出し合い、これ
を講中の困窮者に融資し救済したのが始まり。くじや入札等の方法に
よって借り受ける者を決め、それが組合員全員にいき渡るまで行う。
一度落札した者は再び入札する権利を失い、単に掛け銭の義務のみを
負担するというものであった。無尽講。
出て姫＝芸娼妓の異称。商売に出ている女の意。
ミナミ＝南地五街、花街。大阪では地名に南、北と出てきたらミナミ、キ
タの繁華街をさす。
南地＝南地五花街：宗右衛門町、九郎右衛門町、櫓町、阪町、難波新地を
総していう。
間夫(まぶ)＝遊女が商売上の利得を抜きにして真実に思う(本気で恋する)
客。
万寿鎚(ばんじゅつち)＝万寿は寿命の長いこと。金槌のことであろうか？
薬袋紙(やくたいし)＝薬袋の材料とした和紙。雁皮(がんぴ)と楮(こうぞ)
の繊維を混合した、丈夫で緻密な紙質のもの。
瓢箪山稲荷の辻占＝おみくじを引き東参道に立ち、おみくじの数字番目に
通る人の特徴を伝える。そのデータをもとに宮司が占う。
瓢箪山＝瓢箪山稲荷神社(東大阪市)が売り出した辻占で有名。瓢箪山の由
来は神社が前方後円墳の上に建つことから。
瓢箪山(ひょうたんやま)＝近鉄奈良線、難波から12駅13.1km。大阪府東大
阪市。
おちょやん＝おちょぼ：茶屋などの使い走りの少女。「ゝ」をチョボとい
い、ゝほどの小さな女中の意。
三勝(さんかつ)・半七＝「今ごろは半七さん、どこでどうしておじゃるや
ら」で有名な「艶容女舞衣(あぜすがたおんなまいぎぬ)」の美濃屋三
勝と茜屋半七。作者岩井半四郎は、千日墓地の東にあった榎木神社の
そばに墓碑を建てた。現在、三津寺墓地に移されている。
なんかしてけつかんねん＝何をぬかして＋けつかる＋ねん。ヌカスは「言
う」ケツカルは「する、いる」という意味の下品な悪態口を示す語。
ネンは助詞「〜のだ」標準語では「何をおっしゃっているのでしょう」
与太＝でたらめ。よた者。
一心寺＝坂松山高岳院一心寺(ばんしょうざんこうがくいんいっしんじ)、
浄土宗、開基1185(文治元)年、法然上人、法然上人二十五霊場第七番
札所、年中無休、宗派を問わぬ庶民の寺、大阪市天王寺区逢阪２丁目。
四天王寺、石の鳥居を西に下った左側にあります。
施餓鬼＝餓鬼の世界におちて飢餓に苦しむ亡者に食物を供えて弔う法会。
もともと時節を選ばずに行われたが、盂蘭盆会とともに行われること
が多く、両者が混同されるようになった。真宗以外の各宗派で行われ
る。施餓鬼会(せがきえ)。
神経＝外界の物事を鋭敏に感じ取って反応する心のはたらき。
箱屋＝三味線などを持って芸者に従って行く男衆。箱まわし。箱持ち。
扱店(みせ)＝東京では一花街に一検番であるが、大阪は複数の扱店が置か
れた。芸者の開廃業の手続や伎芸試験にあたるとともに、芸者の毎日
の営業を仲介した。
音源：(初代)桂小文治 1956/07/23 お好み寄席(TBS)
特別謝恩：Ｙさん、資料聴取させていただきありがとうございました。
Ｙさんのコメント＝「でば吉」と「辻占茶屋」はよく似ている噺。聞き比
べると中間が極似である。小文治師匠の「でば吉」はこの１本のみ。
【作成メモ】
●参 照 演 者：main＝(初代)桂小文治 sub＝＊
●main高座記録日：1956/07/23 ●音 源 名：お好み寄席(TBS)
●ファイル公開日：2009/03/22 ●江戸落語相当：＊
●更 新 日：2024/10/13 ●リクエスト数：
●注 意 事 項：内容を削除、追加、改訂している部分があります。
記録日のmain演者によるさげを採用しました。
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