【上方落語メモ第9集】その441

五郎艶笑噺集四



 学校の勉強に関して、進んで予習なんかする生徒ではありませんでした。
にもかかわらず、こと性教育に関しては教えられもしないのに(そんなカリ
キュラムは無かった)熱心に調べ、リーダーシップをとれる優秀な子ども、
早い話が早熟のガキだったんです。

 性についての情報が氾濫する現代と違い、よほど力強い意思と根気と能力
がなければ? その方面の情報を得ることができなかったけど、想像と妄想
をふくらませ、辞書をひき、百科事典を紐解き、図書館でそれらしき書物を
むさぼり見る、なんとも一途な努力でした。

 今考えると、あのときの想像と妄想は何を根拠に発生したものか? とい
う疑問が湧いてきます。上級生や近所の兄ちゃんたちに聞いたわけでもなく、
おぼろげに人間繁殖の概要はつかんでいました。で、まさかそんなことする
はずはない、という否定の気持ちもあり、正否を確かめるために研究しなけ
れば……

 あのときの、あの情熱がもっとほかの方面に向かっていれば、今頃はこん
なとこで、こんな作文書いてなかったろうに(2008/07/20)。

             * * * * *

『医者間男』
【主な登場人物】
 医者  女房  亭主

【事の成り行き】
 煩悩の犬といぅのは追えども去らぬもんでございます。さて、中にはこの
「煩悩の犬」と申しますけども、今、こないだ頃から流行いたしておりまし
た「失楽園」といぅのがありますですなぁ。

 この「不倫」といぅのは、それはそれでえぇもんやそぉですなぁ。何しろ
この、不倫といぅのは「火を吹くよぉな思い」と申します。こらもぉ、有名
な武田信玄でも、この人妻を犯すといぅのは好きやったそぉですなぁ。

 火が吹き上がるといぅ火山のよぉな、それであの武田の旗印が「不倫火山」
といぅぐらいのもん。

 で、あるお医者さん……、今日はお医者さんはお見えになってないと思う
んですが、まさかお医者さんいてはらしまへんやろなぁ? いえ、お医者は
んちゅうのは助平でんねや。もぉこのね、医者と坊主と学者ちゅうのは、こ
ら助平でんねんで。

 「医者、知者、芸者」と申しますけども、お医者さん、それから知者といぅ
のは弁護士さんとか学者さん、芸者といぅのはまぁ芸人のことでございます
なぁ、昔は武芸者、剣術使いなども芸者と呼んだよぉでございますが、そぉ
いぅ「医者、知者、芸者」といぅのはお好きな方が多い。

 あるお医者さんが人妻とできたんですなぁ。日にち毎日、嫁はんは嫁はん
のほぉで「からだの具合が悪い」と、こぉ。からだの具合が悪いと医者が来
るのは当たり前で、お医者さんが来て丁寧に診察をするといぅわけで。

 ところが、ここのこの婿はんのほぉがちょっと淡(うす)口でんねんなぁ。
せやからまぁ、淡口なりゃこそこんなことがでけたんでっしゃろけど。その
日もお医者さんが、

■ごめん、どないやいなぁ?●まぁ、先生(せんせ)、ちょ〜どえぇとこ。い
えぇ、うちの人いてしまへんねやがなハァ。出て行ってます、しばらくは帰っ
て来(け)ぇしまへんよってに■あそぉか、ほなまぁボチボチ診察にかかろか、
前を広げてな……

 「うふん、ん〜ん」と、やってるとこへ具合の悪い、ここの亭主が帰って
来よった。

▲おい、ただいま……、あぁ先生、いつもお世話になってます。嬶(かか)、
具合はどないや?●いぃえぇな、わたしな、今日はよっぽど具合悪いさかい、
先生に来てもろてん▲ほぉ……、先生、それ何してはりまんねん?

■いや、このな、子袋と言ぅてな、子どもを孕むところがある。こりゃ女ご
の体内にあって外からは見えん。今このな、指先で探ってこの塩梅(あんばい)
を診ていたところじゃ。

▲あぁさよか、こらえらい先生、妙なとこ触らしましてすんまへん、ありが
とさんでございます。もぉ、そないしていただきましたらわたしも安心で。
で、どんな具合でっしゃろなぁ?

■うん、今も探って診たところが、どぉもこの子袋の入口にな、悪性の腫も
つが出ているよぉじゃなぁ▲何でんのん?■いや「悪性の腫もつ」▲あぁ、
その「しゅもつ」ちゅうのは何でんねん? 悪声、声の悪いちゅうのは分か
りまんねん。うちの嫁はんも声は悪いんです。その声の悪いとこへ撞木が生
えてまんのん?

■いや「撞木」ではない。悪性といぅのはな、声が悪いのではない。悪性と
いぅのは質(たち)の悪い、腫もつといぅのはデキモノ。つまりこの、お宅の
な、嫁はんの体内にある子袋の入口に、質の悪いデキモンが出ておるのじゃ。

▲そんなあんた、うちの嬶わたい惚れてまんねや。そんな悪いデキモンがで
きたらどんなりまへん、どないぞしてもらえまへんやろか?■ん、それでな、
今この指先へな、薬を付けてな、で、このデキモノのところへこの薬を塗っ
ておったところじゃ。

▲あぁなるほど、先生の指先へ薬付けて、その奥へ塗っていただいてた、こ
らありがとさんでございます。妙なとこ触らして申し訳ござりまへん、どぉ
ぞひとつよろしゅ〜に■ところがな、具合の悪いことがあってなぁ▲なんぞ
具合悪い? よっぽど悪い?

■「よっぽど悪い」といぅよりな、愚老の指がな、いささか短いのじゃ。で
この、奥までは届いてないよぉでな、こら具合が悪い。なかなか治らんと思
うがなぁ▲あぁさいで。で、どないして薬を?

■ん、こら最後の手段じゃ、愚老もな、このよぉなことまではいたしたくは
ないが、幸い愚老の一物がな、かなり長い。これならば届くであろぉと思う
でな、愚老の一物の頭へ薬を付けて、これを奥へ差し込んでみよぉと思うが、
どぉじゃ?

▲恐れ入ります、えらい目に遭わします、先生。どぉぞひとつお願い申しま
す■おぉおぉ、そぉかな。でわでわ……、これッ、恐れ入るがな、愚老の一
物をちょっとこぉ触っていただきたい。そぉすると、長くなるで。長いもの
がより一層長くなる、薬が塗り易いといぅことになるで。

●さよぉでございますか、ほなあのぉ……、先生、こんな具合でどぉ?■な
かなか結構、なかなか……●まぁ先生、こない長ごなりました■長ごなった、
長ごなった。この頭のところへな、こぉ薬を付けてな、そなたの治療のこと
じゃ、思い切り広げなされ。思いッ切り、広げなされ……

■あぁ、そぉそぉ。ではボツボツ薬を塗りますぞ、よろしぃかな? よろしぃ
かな?●あのぉ、先生……、あぁ〜ッ■どぉじゃ? 痛みはせんかな?●いぃ
えぇ、痛いことございません。いや、あの、もぉちょっと奥、もぉちょっと。

■もぉちょっと奥へ? 届いておらぬか? この……、ぐらいで……、どぉ
じゃ?●あぁ〜ッ、そこ、そこ■ここか? このあたり? 薬が効ぃてくれ
ば段々と心地が良くなるが、薬は効ぃておるかな?

●効ぃてます、効ぃてます……、あぁ〜ッ、もっと、そこ、そこ■ここか?
ここが痛みどころかな? ここかな?●あぁ〜ッ、そこ……、先生、あんば
いよぉなってまいりました■そぉか、よしよし。もぉちょっと力を込めてや
る、もっと力を込めてやる。

 ネキで口開けてポカ〜ンと見てた亭主、

▲先生、先生■何じゃ?▲先生ね、これ、うちの嫁はんのあそこにデケモン
がでけてのぉて、先生のあそこに薬が塗ってなかったら……


【さげ】
▲焼けまっしゃろなぁ。


【プロパティ】
 煩悩の犬は追えども去らず、菩提の鹿は招けども来たらず=(仏教)付きま
   とって離れない犬のように、煩悩は考えまいとしても心から離れよう
   としない。それとは対照的に、いくら呼んでもなかなか近づいてこな
   い鹿のように、悟りというものは得ようと思っても容易に得られるも
   のではない。
 失楽園=日本経済新聞に掲載された渡辺淳一の小説。不倫を題材にした大
   胆な性描写が話題となる。映画化(1997年)、テレビドラマ化(1997年)
   され流行語になった。
 風林火山=甲斐(山梨県)の戦国大名・武田信玄の旗指物(軍旗)に記さ
   れた「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」疾きこと風の如く、徐
   (しず)かなること林の如く、侵掠(しんりゃく)すること火の如く、動
   かざること山の如し」の通称(Wiki)。
 助平=「好き」の転じた「すけ」を擬人化した語。「すけべ」「すけべい」
   「すけべえ」ともいう。好色な・こと(さま)。そのような人にもいう。
   助兵衛。
 嬶(かか)=もとは幼児語、父(とと)、母(かか)。近世、庶民社会で、自分
   の妻または他家の主婦を親しんで、あるいはぞんざいに呼ぶ称。かか
   あ。
 どんならん=仕方がない。どうにもならない。しょうがない。どうしよう
   もない。どうにもならぬ。ドウモナラヌ→ドモナラン→ドムナラン→
   ドンナラン。
 愚老=わたし、をへりくだっていう言葉。
 さいで=相手に同意して相づちを打つ言葉。サヨウデ→サヨデ→サイデ。
 ボツボツ=ぽつりぽつり・徐々に・ゆっくり。ボチボチ。
 音源:露の五郎(五郎兵衛) 1997/10/20/京都・川久 日本クラウン


【作成メモ】  ●参 照 演 者:main=露の五郎(五郎兵衛) sub=*  ●main高座記録日:1997/10/20  ●音  源  名:日本クラウン
『下口』 【主な登場人物】  女房のお久はん  亭主の喜ぃさん  仲人の甚兵衛さんほか 【事の成り行き】  里帰りちゅうのは、まぁ親のとこへ戻って来んのは、それはそれでえぇも んでっしゃろけども、仲人はんとこへご挨拶、昔はきっちり行ったもんです けどなぁ、この頃はあんまり仲人のとこへ挨拶に来まへんなぁ。  うちもこないだ仲人するのはしたんですけどね、まだいまだに土産持って 来まへんねや。あれどないなってんねやろ思いますけどもね。西海岸かなぁ、 なんか行きよったさかい、だいぶわたしら楽しみにしてるんですが。  まぁ、仲人といぅのもしてみりゃしてみたで気の張るもんでね、うまいこ といってくれりゃよろしぃけど、揉め事があったりなんかすると、一番に仲 人のとこへ苦情持って来るちゅうのが常套でっさかいに。  かと言ぅて「そぉか、そら悪い亭主やなぁ」ちゅうわけにもいかずね、そ ら夫婦(みょ〜と)揉めのときに相手腐してみなはれ、そらもぉたいがいしば らくすると「いぃえぇ、そない言ぅほどのことおまへんねんけどな、あの人 はあの人でえぇ人です」て、じきそないなりまっさかいね。  さっき吐いた唾が飲めんよぉなってくるといぅ、えらい目に遭うことがあ りますが。 ■あぁ、お久はん、何か用事か? 久しぶりやなぁ●へぇ、あのぉ〜、実は ご挨拶に寄せてもろてからあと、もぉ放ったらかしで気になってまして■い やいや、気にすることないがな、あないして「三日帰り」に寄ってくれただ けでもありがたいと思てんねや。あれからもぉだいぶなるなぁ。 ●へぇ、もぉあれからひと月になります■早いもんやなぁ、もぉひと月か。 仲良ぉやってるか?●へ、お陰さんでえぇ人世話してもろた思て喜んどりま す。親切やし、よぉしてくれますし、仕事も気張ってくれてます。 ■ほぉ、結構けっこぉ。そないしてな、仲良ぉしてくれてたら、あいだに立っ たわたしも気がえぇがな、そぉか。喜ぃ公あんなんでな、薄らとぼけ〜たと こがあるさかいに「うまいこといくかいな」思てちょっと気にしてたんや、 そぉか仕事も行ってるか、優しぃしてくれる、そら結構やなぁ。で、仲えぇ ねんな? ●お陰さんで仲良ぉ暮らさしてもろてまんねんけども……、一つだけ気にな りまんねん。うちのんが仲人はんとこへ何も言ぅて来てしまへんか?■いや 「何も言ぅて来てへんか」て、何の話や? ●いぃえぇな、そないしてな、しっかり働いてもくれますし、わたしにも優 しぃしてくれまんねんけども、ひょっとしたらそれ、お宅への気遣いでそな いしてくれてるだけで、ホンマはもひとつ好かれてへんねやないか知らんと 思て。 ■妙な話やなぁ、そない親切にしてくれて優しぃしてくれて、仕事もしっか り行く。で、好かれてへんとはどぉいぅこっちゃねん?●へぇ、ホンマに申 し分のない人です。えぇ人と一緒にならしてもろた思て喜んでます。せやけ ども、あないしてわたしに優しぃしてくれんのは、みなみな仲人はんへの義 理立てでしてるだけか知らん、ホンマはわたしのことあんまり好きと違うね やないか知らんと思て心配で。 ■そない言われると、わしかて気になるがな。いや「ホンマは好かれてへん のと違うか知らん」て、何ぞそんな素振りでもあんのんかいな?●素振りと 言われると、あれですねんけども……、はじめの一日二日(いちんちふつか) はまぁ、忙しぃさかいにといぅ、そんな気でまぁ……、照れ臭いのもあるや ろし……、とか思てたんですけど、もぉあれからひと月きまっしゃろ。 ■ほぉ●嫌われてんねやないか知らん……■いや、その、あのな、その奥歯 へものの挟まったと言ぃたいけど、あんたの言ぃよぉ聞ぃてたらなんや、奥 歯へ材木が挟まったみたいなながな。その、どないやて? ●いえ、あのぉ〜、優しぃしてくれますし、親切なし、仕事もよぉしてくれ まんねんけど……、嫌われてんねやないか知らん■それが分からんねや、嫌 われてるちゅな、何でやねん?●「何で」て、あのぉ〜……、わたしら夫婦 になったんでっしゃろ? ■そらお前、夫婦になったんやがな、足っても足らいでもわしゃ仲人してや で、三々九度の盃して、長屋の衆呼んで披露目の一つもしたんや、歴(れっき) とした夫婦やがな●あのぉ〜、夫婦ちゅうもんは、子ども作りまんねやろ? ■そらお前、夫婦はお前、子ども作んねや。そら「夫婦のなかの子は鎹(か すがい)」ちょっとでも早よ子どもがでけたらと、わしらでも「まだかいな」 思て待ってんねで●それが、今みたいなことやったら赤子(やや)がでけへん と思て…… ■「ヤヤがでけへんと思て」て、お前、そのどっちかが具合(ぐわい)悪いん か?●具合が悪いのんか、悪ないのんか、分からしまへん■具合がえぇも悪 いも分かれへんて、どないなったぁんねんそれわ? ヤヤがでけへんて、何 ででけへんねん? ●な「なんで」てそんな、仲人はん、察しとくなはれな■いや「察しとくな はれ」ちゅわれたかてお前、それだけでは話にならんがな、察しの付けよぉ がないがな、どないやねん? その奥歯へ材木挟んだよぉなこと言わんと、 ハッキリ言ぅてみぃな。 ●へぇ、あのぉ〜、子ども産むよぉなことせぇしまへんねん■えッ?●子ど もね、こさえるよぉなことしはらしまへん■「しはらしまへん」てお前、ほ たら何かいな、あないして大層して披露目して、それからもぉひと月くんの に、何もなしか? ●へぇ、手ぇも握らはらしまへん■手ぇも握らへんのん? ほで、仕事に行っ て帰って来て、差し向かえで飯(まま)食て、それで終いか? それで終い? 寝るだけ? ホンマに寝るだけ? はぁ〜ッ、あのアホ、なんにも?●へぇ、 せやさかいね、あないしてまぁ、優しぃ親切にはよぉしてくれますけど、ホ ンマは嫌ろてんねやないか知らん…… ■そんなことあるかいな、こないだも道で会ぉたら「あんなえぇ嫁ない、あ んなえぇ嫁ない、えぇ嫁世話してくれた」て、喜んどったんやがな。それに 何にもせぇへんて、あいつアホとちゃうかホンマに。アホやとは思たけども、 ホンマにアホやとは思わなんだから…… ■ほな、あんた帰ったらな、さり気ないよぉにして喜ぃ公な、うち寄越し、 わしがいっぺん問い詰めたる。ほんでな、話したるさかいに。たいしたこと 言わんでえぇさかい、とにかく甚兵衛が呼んでるちゅうて、うち寄越し。 ●そぉでっか、ほなすんまへんけど……、あの、なるべく嫌言(いやごと)言 わんよぉに■あぁ、嫌言言えへん。そんなもん何にもせぇへんちゅな、そん な男があるかいな、いやいや任しとき。 ▲え〜、こんにちわ。なんや知らん、うちの嬶(かか)帰って来て「呼んでは るさかいに行け」ちゅうて■あぁ、仕事に精出してるそぉななぁ?▲へぇ、 もぉあんた一人もんのときと違ごて嬶もろたんでっさかいに、一生懸命気張 らないかん思て頑張っとります■結構けっこぉ、嫁はんにも優しぃしたるちゅ うて、嫁はんが喜んどったで。 ▲おおきに、ありがとぉ。わたしもあんた、あんなえぇ嫁やさかいね、ちょっ となと気苦労ささんとこ思て気張ってまんねん■そぉか、けどお前、妙な話 やが……、女ご知ってるやろなぁ?▲へッ?■いや「女ご知ってるか?」ちゅ うねん。 ▲へぇ、女ご知ってます。女ごちゅなだいたい、男に比べると色が白ぉて髪 の毛が長ごぉて、顔の両側に目ぇがあって鼻が一つですけど、口も一つ、耳 が両方にありますヘェ。ほんであの、紅付けたりなんやして■いやその、女 の形や、それわ。せやないがな、女の体を知ってるかっちゅうねん? ▲へぇ、女の体知ってます。あの、乳が大きぃてケツが大きぃて、ほで胴の とこがくびれて、えぇ格好(かっこ)のもんです■いや、そら女の形や。女ご はんちゅうもんを……、難儀やなぁお前、女ごはんに手ぇ出したことあるかっ ちゅうねん? ▲「手ぇ出した」て、わたいずっと手ぇ出してまんねん。どっかもっとほか から、手ぇ出ますか?■脇の下覗いたかて、そんなとこから手ぇ出たりする かいな。いや、せやないがな、お前なぁ、嫁はんもろてもぉひと月なんねや ろ、な、こんなこと言ぅのあれやけど、嫁はんの乳触ったことないか? ▲へッ?■「嫁はんの乳触ったことないのんか?」っちゅうねん▲嫁はんの 乳、そんなこそばいとこ触ってあんた、怒られたらかなんがな■そんなこと 言ぅてるさかいあかんねや、乳ちゅうのは触って怒られるとこと違うねで。 ▲乳、触ったら怒りまへんか?■乳ちゅなお前、触ったほぉも、触られたほぉ も気持ちがえぇねや▲あッ、乳触ったほぉも、触られたほぉも気持ちがえぇ のん? ほたら甚兵衛はんちょっと触らして■俺のん触るなアホ、気色悪い。 俺のん触ってどないすんねん、嫁はんのん触った……、ないのん? 触った ことないぐらいやさかい、吸ぅたことないわなぁ? お前、乳吸ぅたことな いやろ? ▲いや、小さいときは吸ぅてた■それはお母んの乳や、それわ。お母んの乳 は誰でも吸ぅがな、嫁はんの乳▲嫁はんの乳? 嫁はんの乳、婿はんが吸い まんのん? あらッ、嫁はんの乳て、あら子どもに吸わすんとちゃいまんの ん? ■いや、子どもに……、アホやなぁお前は、何を考えてんねん。いえぇな、 嫁はんの乳はなるほど子どもに吸わすねや、子どもに吸わすねんけども、そ の子どもをこしらえるには婿はんちゅうもんがなかったらいかん。つまり、 お父っつぁんとお母はんが仲良ぉして、で、子どもができんねん。 ■えぇか、お父っつぁんとお母はんが協力して子どもができる。せやから、 子どもに両親、お父っつぁんとお母はんといぅものを教えてやらないかん。 けども、子どもにオッパイをやるのはお母はんの役目や。せやけど動物ちゅ うもんはえてして餌で懐くさかいな、せやからどぉしても母親がオッパイく れたら母親に懐く。 ■せやけども、お前はお父っつぁんとお母はんが協力してこしらえたんやで、 お前こないしてオッパイあげてるけども、このオッパイの元ちゅうのはお父っ つぁんが稼いでくんねんで。夫婦のなかでお前がでけたんやで、母親のわた しだけと違うで、お父っつぁんが要んねんで。といぅことをこのオッパイを 通して分からせるためにやな、子どもに吸わす母親にあっても「チチ」ちゅ うねん。 ▲あぁ、さよかぁ■何でもな、動物といぅものは乳の数だけ子どもを産むと いぅねんなぁ。せやから犬は八つ乳房があるさかいに八匹産むやろ。人間は 二つ乳があるけども、一人しか子ども産まんやろ▲へぇへぇ、けどあんた世 の中、双子ちゅうのも五つ子ちゅうのも…… ■それは別や。なぁ、普通、通常ならば乳は二つあっても子どもは一人や、 こらなんでや知ってるか?▲知りまへん■そんなこと言ぅてるさかい、お前 あかんねで。二つあるのんは、一つは子どもにやる乳、一つはお父っつぁん にやる乳。 ■えぇか、ところがやなぁ、往々にして女ごはんといぅものは母親になると、 子どもにだけかまけてしもてお父っつぁんのことを忘れる。二つあるのを二 つとも子どもにやってしまうさかい、お父っつぁんが浮気をすんねん。一つ は子ども、一つはお父っつぁんの分に置いといたらなあかんねん。 ■一つはお父っつぁんが吸ぅ権利もあり、また義務もあんねん。そのかわり、 どっちか一つに決めときや、両方あっち吸ぅたりこっち吸ぅたりしたらあか んねで。あっち吸ぅたりこっち吸ぅたりして、子どもまたあっち吸ぅたりこっ ち吸ぅたりしたらそらあかん。 ■子どもにやる乳と、お父っつぁんの乳は分けとかなんだらあかん。せやな いと、あっちこっち、あっちこっちしてたら子どもがやなぁ、乳吸ぅたとき に「あッ、おかしぃなぁ、今日の乳はえらいタバコ臭いなぁ」せやさかい決 めとかなあかん。 ▲あぁ、そぉいぅもんだっか。知らなんだなぁ■乳だけ吸ぅだけと違うねん で▲乳だけ吸ぅだけと違いまんのん?■乳吸ぅたら、ほかにもすることがあ るやろ?▲乳吸ぅて、ほかにも何ぞしまんのん? ■「しまんのん?」てお前、分からんやっちゃなぁ。乳吸ぅたらやな、嫁は んが「クン」とか「キャン」とか言ぅがな▲犬みたいでんなぁ「クン」とか 「キャン」とか言ぃまんのん?■そら言葉の綾やがな「フン」とか「ハン」 とか…… ▲ほぉ〜ッ、乳吸ぅたらそない言ぃまんのん?■たいがい言ぅがな、たいが い言ぅ▲うちのも言ぃまっしゃろか?■知らんがな、そんなもんお前。乳吸ぅ たら、たいがいほかにすることがある。だいちお前な、難儀やなぁ、乳吸ぅ だけではあかんねん男ちゅうのは、ちゃんと嫁はんがひもじないよぉにした らなあかんねや。 ▲いぃえぇ、ひもじないよぉにあんた、ちゃんと三度三度飯食わして、わた し一生懸命働いて、嫁はんにひもじぃ思いささんよぉにと思て、今までより よけ働いて……■分かってるがな、お前が食べさしてるのは上の口や■へッ? ■お前が食べさしてんのは「上の口」やなぁ。 ▲「上の口」て、ほかにも口おまんのん?■アホやなぁこいつは……、お前 が食べさしてんのは上の口、お前とこの嫁はんは「下の口が寂しぃ」言ぅて んねん▲下にも口おまんのん? 下にも口……、知らんさかいやがな、そん なこと前もって言ぅといてくれはったらよろしのに。 ▲わたし、嫁はんちゅな初めてもろたんや。女ごにあんた、二つも口がある ちゅな知らんさかい、上の口ば〜っかり食べさして、下の口てなこっから先 も考えたこともおまへんがな。で、うちの嫁がひもじがってまんのん? あ いつもあいつや、そんなもんお宅へ来て言ぅぐらいやったら、わしにちょっ と言ぅてくれたら食わしまんねやがな。 ▲知らんさかいでんがな、えらいすまんこといたしました。そらもぉ、さっ そく帰ったらひもじないよぉにちゃんと食わしまっさかいに、どぉもありが とぉ、わざわざそれで呼びはったん?■それでといぅこともないけど▲いえ いえ、どぉもありがとさんで、もぉあんさんなりゃこそ。 ▲知らなんださかい、嬶に悪いことしました。あんなえぇ嫁です、大事にし まっさかいにヘェ、ありがとぉさんでございました…… ▲知らんがな、おらそんなことホンマにもぉ、下に口があるちゅな。下の口 なら下の口と言ぅてくれたらえぇねや、知らんさかいに、帰ってさっそく。 温い飯は炊きゃえぇけども、おかずがなかったらいかんなぁ、あッ、ちょ〜 どここに魚屋がある寄っていこ…… ▲魚屋は〜ん、魚屋◆え〜、お入り、え〜、毎度▲今日はなぁ、なんぞ新しぃ 活きのえぇもんないか?◆今日は明石のタコが入って、よろしおま▲明石の タコか、えぇなぁ。ほなタコの足、ブツブツッと二、三本もらおか。コロッ と炊いたろと思うさかい。え? 新しぃさかい炊くことない? タコブツで いこか? ◆タコブツよりね、今日のは活きがよろしぃ、太いやつでっさかいに、この ままあんた、生醤油でね、ガブッとかぶりついてもろたら美味しおます▲あ そぉか、そのままガブッといったら旨いか? ほなそれ二本おくれ、その太 いやつ……、おおきに、銭置いとくで。 ▲なるほどなぁ、このままガブッといたろか。活けや言ぅとったさかいな、 早いこと飯炊いたろ…… ●まぁ、あんた帰ってくるなり何をバタバタ▲えらいすまなんだ、お前に悪 いことした。今な、仲人さんに怒られてきたんやがな、もぉひもじぃ思いさ してすまなんだ、じきに食わしたるさかいちょっと待ってて●大きな声で、 そんなこと言わんと……、近所に聞こえたらかっこが悪い。 ▲かっこ悪いことも何もあるかいなお前、亭主が嫁に飯食わすのん何がいか んねんな。ひもじぃ思いさしてすまなんだ、おかずもちゃんと買ぉてきた。 タコの足、活きのえぇ太いのん買ぉてきたさかい、これ食わしたるさかいな。 ●んもぉ、そんなおかし気な……▲お前、今日はじっとしとれ。今までの罪 滅ぼしや、俺がみなしたるさかいに。  温飯(ぬくまま)炊いてあんた、お膳こしらえて、タコの足添えて、 ▲さッ、その下の口出せ、下の口出せッ●ど、どない?●「どない」て、下 の口出せっちゅうねや。甚兵衛はんに聞ぃてきた、上の口と下の口とある、 下の口食べささないかんちゅうさかいに、下の口出せ。 ●恥ずかしぃ▲恥ずかしぃも何もあるかいな、俺が長いことご無沙汰してた 侘びや、早よ出せ早よ出せ……、おぉ、おぉ〜ッ、これか? これが? あ ホンに、長いこと構もたれへなんだんやなぁ、俺が構もたれへんとこへお前 が出さへんもんやさかい、無精髭生やして可哀相に。 ▲温飯やさかいな、あんまり熱かったら、口、火傷しよったらいかんなぁ。 ちょっと待ち、冷ましたるさかいな(フゥ〜ッ、フゥ〜ッ、フゥ〜ッ……) ほい、食え……、おぉ〜ッ、なんやモゴモゴしてるわ。箸の先でチョンチョ ンチョンとしたら、モゴモゴモゴモゴ。おぉ〜ッ、食いよる食いよる。そぉ か、ひもじかったやろなぁ、すまんなぁホンマに。 ▲(フゥ〜ッ、フゥ〜ッ、フゥ〜ッ……)ほい食べ、モゴモゴモゴモゴ、ま だ幼いとみえて歯ぁ生えてへんねんあぁこいつ。歯ぁ生えてへんでもタコ食 えるやろかなぁ? タコ、太いのんなぁ、ガブッとかぶりついたら旨い言ぅ てた……、けど結構太いなぁこれ。 ▲これちょっと、これ。歯ぁ無いでも食い切れんねやろかなぁ? グニュグ ニュ、グニュグニュ●もぉ、ちょっとあんた、そんなアホな……▲グニュグ ニュ、グニュグニュ●そんなもん、ちょっとあんた……▲グニュグニュ、グ ニュグニュ●「グニュグニュ」て、そんなもんあんた、もぉこそばい。  さぁ、嫁はんもあんた、タコの足グニュグニュグニュグニュ、こそばいや らなんやら、これどないか辛抱せないかん。グッとこらえる拍子にお腹へ力 が入ったもんでっさかいに、後ろのほぉから「プッス〜ッ」 【さげ】 ▲アホやなぁ、これは吹かんでも熱ないねん。 【プロパティ】  三日帰り=結婚後三日目に、嫁がはじめて里方へ帰ること。さとびらき。    みっかがいり。  歴(れっき)と=「れっき」は「れき」の促音添加、多く「れっきとした」    の形で用いる。疑う余地のないほど確かなさま。明白なさま。家柄・    身分などが高いさま。  鎹(かすがい)=2本の材木をつなぎとめるためのコの字形に両端の曲がっ    た大釘。ホッチキスの針の巨大なもの。  やや・ややこ=赤子・赤ん坊・乳児。ややこ。  嫌言(いやごと)=嫌味な言葉、嫌な言葉、苦言、苦情。  かなん=困惑する。適わない→適わん→かなん。  音源:露の五郎(五郎兵衛) 1997/12/21/京都・花斗 日本クラウン
【作成メモ】  ●参 照 演 者:main=露の五郎(五郎兵衛) sub=*  ●main高座記録日:1997/12/21  ●音  源  名:日本クラウン  ●ファイル公開日:2008/07/20  ●江戸落語相当:*  ●更  新  日:2014/10/05  ●リクエスト数:rakug441  ●注 意 事 項:内容を削除、追加、改訂している部分があります。           記録日のmain演者によるさげを採用しました。

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