【主な登場人物】
中学生たち 引率の先生 警察官たち 新聞記者 その他
【事の成り行き】
「ぼんさんがへをこいた」言い終わるや鬼が振り向いて「定吉っとん動い
た！」子供の頃よく遊んだのを思い出します。この「ぼんさんが……」地域
によって数え方が違うという事を以前どこかの会議室で聞いたことがありま
す。
私の住んでいる地域では「大仏が屁をこいた」と言っていましたが、どう
して「ぼんさんが……」で我慢できんのやろか？ 看板と一緒で、大きくて
派手なもん好きなのが大阪の人間なのでしょうか。
ある日の昼下がり、もう３時に近い頃、幸い大きな事件も無く早い目に夕
刊記事を締め切った社会部の部屋では、緊張がきれてダレた空気が流れてま
す。新聞記者というやつは因果な商売でして、昼飯もまともに食えん。この
時間になってようやく昼飯にありつけます。
★お待ち、きつねうんどんとお握りはどちら？●お、こっちこっち。何ぼに
なってる？★きつねが400お握りが200、しめて700万円●ズコッ、と行くと思
うやろけど……、やっぱりズコッ。けど計算が合わんやないか100万円は？
★それはデリバリーフィでんがな、毎度おおきに●ちょっと待ったぁ、出前
賃とるんかいな？ それやったら、この手紙ポストに放り込んできてぇな、
帰りしなに★えぇ？●来て帰って100万やろが★そらそうですけど、契約外の
オプションちゅうやつになりまっせ……●(ズ・ズズ・ズ〜ッ)まぁえぇがな、
ついでに頼むわ(ズ・ズズ・ズ〜ッ)
(ル・ル・ル)●ハイ、こちら社会部……ふん……ふん……な、何ぃ「大仏が
屁をこいた」？ (ゴホ・ゲボッ)
あまりに唐突な話にうどんの汁が気管に流れ込んだからたまりません。鼻
からうどんのかけらがスポンと飛んで出て、ラップトップの液晶にベチャッ
とひっつきます、ダシ汁がモニターの上をタラタラタラ……
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
■あぁ、１組２組３組はこっちに並ぶ。４組から７組はこっち。チャッチャ
とせぇよ、チャッチャと……。他にも３校ほど来てるみたいやから、わ〜っ
と散らばらんよう、ハイ整列〜っつ。木下先生、せんせ。すごいことになっ
とりますなぁ▲これは気ぃ付けんと隠れてしまいよる奴いてますで。
■ハイ、みんな注意して聞くように。ちゅ〜も〜っく。え、これから大仏殿
の中に入って行くが、他校の生徒と一緒に見学していきます。そんな奴おら
んと思うけど、他校の生徒に色目つこて付いていかんように。そこ、聞いと
るか。……では１組から２列になって、木下せんせお願いしま〜〜す。
ゾロゾロ、ゾロゾロ、金魚のウンコになって大仏殿の石段を登っていきま
すと、中はもう中学生で一杯です。一人二人熱心に大仏さんの顔を見てる奴
もいてますけど、ほとんどは無駄話で、わ〜っと響いております。３組あた
りまでは入ることができたのですが、後がつかえて動きません。
■４組スト〜ップ。つかえてるようやから、しばらく待つように★せんせ、
ぼくら中に入らんでもえぇのんとちゃいますか■そんな訳にはいかんやろが、
校外学習なんやから、校外学習。……校外学習とは学校の外で学習すると書
くなぁ★そんなん分かってます■ゴジャゴジャ言わんように、ハイ、４組、
中に入れ〜、続いて５組、６組、全員入る〜……
何とか中に入りまして案内の坊さんから説明を聞いておりますが、耳に入っ
てるような気配はございません。ザワ〜ッとざわついてるだけです。こんな
奴らには案内するのは無駄やと思ったのでしょう、いつもより短めに案内を
切り上げますというと、坊さん「全員、駆け足で退出〜っ！」号令を掛けた
ものですから、そこは半分動物の餓鬼、いや中学生ですから、ズンズンずん
ずん、走り出したのです。
ちょうどその瞬間でした。大仏さまの後ろ、尻のあたりから白い煙が「プッ
シュ〜〜〜ッ」モワもわモワ。オナラのような臭いが辺り一面立ち込めまし
て、みな咳き込みはじめたのです。
★ゲホ、ゴホ。み、見てみぃ……大仏さんの顔、赤なってるでぇ■アホ、あ
れは銅で出来てるんや、銅は赤ともいうて元々赤いもんや★せんせ、ちゃう
で。大仏さん屁ぇこいたから恥ずかしなってるんや、絶対や。
「大仏が屁ぇこいた」ワ〜ッ、パニックやありません。きょうびの餓鬼が
これぐらいのことでパニクルわけがありません。いちびっとぉるんですなぁ。
中には携帯電話取り出して110番に電話してる奴がおる。あっちにも、こっち
にもおる、見たらほとんどの生徒が一斉に携帯で110番してる。
実は、このガスは「屁」ではありません。あの大仏さんがお座りになって
る台座の前には供物が供えられています。今の時期でしたらリンゴ、ミカン、
カキなどの果物が供えられてるのですが、そのお供え物の果物が拍子の悪い
ことに大仏さんと台座の間に転がり落ち、このところの陽気でドロドロに腐っ
た液体が隙間を伝って大仏さんの下に入り込んでいたのです。
入り込んだ液体は大仏さんを作っている銅を酸化させ、酸化銅と硫化水素
ガスを発生させるという化学反応を引き起こします。まぁ、反応自体はゆっ
くりとしたものでガスが吹き出るほどの急激なものではありませんのですが、
拍子の悪いことに酸化物がガスの出口を塞いでしまって、高圧の硫化水素ガ
スを閉じ込めていたわけです。
そこへ、中学生の団体がズンズン走った振動が伝わり、裂け目が出来て一
気に噴出した。まことに化学的、理路整然とした理由でもって「大仏が屁を
こいた」わけですが、状況がそろい過ぎてたんですなぁ。吹き出たところが
大仏の尻のあたりから、「ブ〜〜ッ」という音、とどめは硫化水素の臭い。
おまけに、そばにおったんが何かおもろいことはないかと、そればっかり探
してるという中学生の集団です。
「わ〜っ……」ひとしきり騒ぎおわったら、冷めるのも早いというのか切
り替えが早い。何かあったのという顔でバスに乗り込み、帰っていきます。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
さぁ、大変なのが通報を受けた警察署の司令室でした。中学生が７クラス
約300人、そのうち携帯所持者200人が一斉に通報したものですから、40台の
電話が鳴りっぱなしです。１人５回ずつ「大仏が屁をこいた」聞かされまし
て、何が何だか分かりません。
●ハイこちら110番★大仏が屁をこいた●ハイこちら110番★大仏が屁をこい
た●ハイこちら110番★大仏が屁をこいた●ハイこちら110番★大仏が屁をこ
いた●ハイこちら110番★大仏が屁をこいた……
●署長、大仏殿に異変が起こっている模様であります■ど、どうした？ 何
が起こったんだ。おい、鈴木、山本、佐藤、……おい、どうしたというんだ。
何が起こっているんだ？ どうしてお前ら固まっているのだ？ どうして身
動きひとつしなのだ？
【さげ】
動かないはずです「だいぶつがへをこいた」
