（小佐田定雄氏作「雨乞い源兵衛」をもとに）
【主な登場人物】
田中源三（レイン・マン 35歳未婚）、三鷲町々長（庄屋徳三郎）
水道局職員（吉田）、水道局職員（鈴木）
町長の娘（庄屋美子 28歳未婚）
【事の成り行き】
最近でこそ気象衛生「ひまわり」による宇宙からの直接観測や、スーパー
コンピュータによる解析などで、天気もかなり正確に予測できるようになっ
てきましたが、それでもせまい地域、特定の場所の予測というのは難しいと
聞いています。
また、半日後や１日後の予測は素人でも感で当ててしまったりできますが、
１か月、半年の長期予測ともなりますと、プロでも殆ど当てられないのが現
実とか。先日も気象庁の職員ソフトボール大会が、雨天順延になってしまっ
たそうです。
●鈴木君、どうしたんだろうね、今日で40日間も雨が降らないよ■降りませ
んねぇ●水源もそろそろ危なくなってきているよ■そろそろねぇ●上のダム
も後わずかで貯水量が０らしい■らしいねぇ●月川の水量もこの通りだ■こ
の通りですねぇ●君は台詞がなくていいねぇ■そうですねぇ
三鷲町水道局職員吉田氏と鈴木氏が点検に回っておりますのは、この町の
上水道の水源、月川の上流です。折しも対岸を通りかかりましたのがこの町
の町長、予報ではこんなに晴天が続くはずではない、現に40キロほど下流の
隣町では昨日も夕立があったのに、これはおかしい。
この科学している世の中に非現実的とも思われましたが、町一番の神社を
訪ねまして、雨ごいの相談に行ってまいったのです。が、神社にしたところ
で今の世に雨ごいなど、マスコミ相手のパフォーマンスならいざ知らず、本
気でやるような物好きではありません。適当に町長と懇談して、倉庫に町の
古文書がある、江戸時代の中期に同じような干ばつがあったという記録を紹
介し、町長そのコピーを頂いてまいりました。
それによりますと、月川の上流、月橋のたもとに源兵衛なる人物がおり、
代々雨ごいの秘技を伝承するシャーマンで、同じような干ばつの年に、３日
をかけ祈祷を続け、ついには雨を降らせたというのです。源兵衛はそのお礼
として村からの借入金十両を猶予されたとあります。おまけに詳しく調べて
みますと、その子孫、田中源三氏が現在も同所に在住しているといいます。
せっかくここまで車を走らせたのだから、ついでに寄ってみるか、苦しい
ときの神頼み、まぁ町の職員連中には馬鹿にされるかも知れないが、話のネ
タにはなるだろう、ということで田中源三氏を訪ねることになります。
●失礼します、田中源三さんのお宅はこちらでしょうか。■ハ、ハイ。どち
ら様でしょうか●はじめまして、私この町の町長をしております庄屋と申し
ます。実は……■あぁそうなんですか、何か、ご先祖さんが水利関係の役職
をしていたというような話は聞かされていたのですが、シャーマンですか。
それで、私に頼みとは？●そういうことでして、あなたがその源兵衛さんの
血を引いておられる、ということで、一つ雨ごいを行っていただけないかと…
それにしてもナンセンス、町の行政を預かる長たるものが雨ごいなど……、
と考えましたが、そういえばこの長期間にわたる晴天、町長の心情も察する
ことができる。生返事をしまして引き取っていただきました。
＊ ＊ ＊ ＊ ＊
先にも申しましたように天気予報というのは局所的には案外と予測する技
術が未発達でして、たまたま40日間も晴天が続いていたのですが、実は今日
がその天気の変わり目だったのです。夕方になり西の空に黒い雲が湧き出た
様子でしたが、夜半本格的な降雨となりまして、乾ききっていました大地に
潤いを与えます。シャーマンの技などとは一切関係のない天の気まぐれです。
それでもわざわざ訪問して頭を下げた町長にしてみれば、非科学的と言わ
れても何かしら科学では割り切れない力を感じまして、世も明け切らないう
ちから助役、町の水道担当者など連れまして田中氏を訪れました。本日さっ
そく町から表彰状を送りたい、後ほど迎えの車を差し向けますので……、と
礼を述べ、その日は田中氏の慰労懇親会という名目で、町費を使って接待を
したということです。もちろん経費の費目は食糧費その他ということで公に
はなりません。
マスコミにもこの話が伝えられ、一般受けしそうな内容に各社こぞってレ
ポーターを差し向け、現代のシャーマン「レイン・マン田中」連日連夜の特
集番組で一躍有名人となってしまいます。
……ところが……
●鈴木君、どうしたんだろうね、今日で10日間も雨が降りっぱなしだよ■降
りっぱなしですねぇ●水源もそろそろ危なくなってきているよ■そろそろねぇ
●上のダムも後わずかで警戒水位を超えるらしい■超えるらしいねぇ●月川
の水量もこの通りだ■この通りですねぇ●君は台詞がなくていいねぇ■そう
ですねぇ
物事うまく行かないときはこんなもんで、今度は10日間にわたる集中豪雨
です。ダムは決壊寸前、月川の堤防も警戒水位をとっくに超えて、このまま
では大水害、人的被害も出かねない様子となってきました。
庄屋町長、今度は議会、町民代表、マスコミにつつかれまして、再びあの
シャーマンの後裔「レイン・マン田中」こと田中源三氏を訪ねなければなら
ない次第となってしまいます。
●田中さん、困りましたねぇ。私も現代人、あなたの祈祷が雨を降らせたな
どとは考えていませんが、こう長引くと町民の中には、気の毒ながら正常な
判断ができない方もおられる。マスコミもそういう人におもねって、視聴率
稼ぎに馬鹿騒ぎをする。
●私が言うのではありません、そういった方たち、マスコミが放っておかな
いのですょ。雨を降り止ませる祈祷とはいいません、自分の身に降りかかる
災難を避けるお祈りでもしていただかなければ。
●もし、あなたがこの豪雨を止めることができたなら、私は娘もろとも全財
産を差し上げることにしましょう。しかし、できなければ、私ごときの力で
はマスコミの馬鹿力をくい止めることなんかできやしません。その時は恨ま
ないで下さい……。
田中氏には何の落ち度もありません、もとはといえば庄屋町長が苦し紛れ
のパフォーマンスをしたばかりに……。とはいえ、少しの時間であったもの
の自分もマスコミの取材にマンザラでもなかっただけに、レイン･マン田中氏、
途方に暮れてしまうのでありました。
……ところが……
先にも申しましたように天気予報というのは局所的には案外と予測する技
術が未発達でして、たまたま10日間も豪雨が続いていたのですが、実は今日
がその天気の変わり目だったのです。夜半になり小休状態になった様子でし
たが、朝方には雨雲が切れまして、水浸しになっていました大地に久しぶり
の陽光を与えます。シャーマンの技などとは一切関係のない天の気まぐれで
す。
それでもわざわざ訪問して頭を下げた町長にしてみれば、非科学的と言わ
れても何かしら科学では割り切れない力を感じまして、世も明け切らないう
ちから娘の美子、助役、町の水害担当者など連れまして田中氏を訪れました。
●田中さん、ありがとう。私も現代人、あなたの祈祷が雨を降り止ませたな
どとは考えていませんが、一旦口に出した以上約束は守る男です。ご覧のよ
うに娘を連れてまいりました。今日からはあなたのもの、いずれ財産も引き
継ぐことになるでしょう。よろしくお願いします。
と申しまして娘を紹介します。が、が、が………。田中氏一目見るなり、
回れ右をして勝手口から逃げ出してしまいました。
▲お、お父さま。ま、また逃げてしまいましたわね。こ、これで振られるの、
な、な、何度目かしら？ ど、ど、どうして振られてばかりなのかしら？
【さげ】
●いや、相手が悪かった。田中氏はレイン・マン。降るのが当たり前なのだ。
【プロパティ】（本編中、登場人物、地名などはフィクションです）
原作の雨乞い源兵衛は上方落語作家小佐田定雄氏の新作落語です。著作権
の絡みもありそのままの形ではまずいと思い、大筋はそのままに、時代設定、
状況設定、登場人物、台詞まわしなど変更しました。原作は古典落語の趣を
残したまとまりのある好作品となっています。説明がなければ新作とは見え
ないぐらい練れています。小佐田定雄さま、改変をお許し下さい。
【作成メモ】
●参 照 演 者：main＝桂枝雀 sub＝＊
●main高座記録日：1981/04/26 ●番 組 名：枝雀寄席(ABC)
●ファイル公開日：1996/09/23 ●上方落語相当：雨乞い源兵衛
●更 新 日：2016/02/25 ●リクエスト数：
●注 意 事 項：内容を削除、追加、改訂している部分があります。
記録日のmain演者によるさげを採用しました。
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